豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

Onyourmarks

<連載>100m競走を語ろう ⑤~ドッキドキのスタート・アクション



◆「イチニツイテ」「ヨーイ!」

短距離競走では、号砲によるスタート合図の前に、発走の合図をする「スターター(正しくは出発係)」という競技役員によって発せられる、「位置について=On your marks」と「用意=Set」という、二段階の「コール」があります。スタンディングスタートの中長距離走では、「位置について」の一回のみです。(陸上競技にあまり詳しくないと、これを知らない方が
意外に多くて、市井のマラソン大会などで「位置について……ヨーイ!」とやってしまいランナーをずっこけさせる、ということがあります)
以前はこのスタートコールは、「開催国の言語で行う」というルールだったのですが、2007年のルール改正で英語の「On your marks」「Set」に統一され、日本国内でも日本陸連が関与する規模の大会では、すべて英語でコールされることになっています。
スターター
  ※「セイコー陸上競技システム総合カタログ」より

短距離走で「位置について」のコールを受けたら、選手はスタートラインの手前ぎりぎりの所に(ラインに触れないように)両手を着き、あらかじめセットしたスターティングブロックに足を乗せて構えます。この構えで静止した状態が、「位置についた」と判断される体勢です。
スターターは、選手全員が「位置についた」ことを確認した上で、「用意」のコールをします。この合図で選手は腰を上げて体の重心を前に移動させることによって、すぐに全力ダッシュが始められる体勢をとります。
この姿勢を長時間続けることは体力的にも精神的にも困難で、1964年東京オリンピックの男子100m決勝でスターターを務めた故・佐々木吉蔵さんによれば、「『用意のヨ』から『ドン!』までは1.6秒から1.8秒が理想」とのことで、選手によっては「2秒を超えると眠くなる」と言う人もいるそうです。選手はそれほどに極限にまで張り詰めた精神状態に置かれるわけですが、近年はより正確で公平なスタートを期するあまりに少々この「間」が長くなる傾向があるように見受けられます。いずれにしろ、短距離走のスタートを取り仕切るスターターの仕事は、極めて繊細で熟練を要するものであることは確かです。

「位置について」の構えは、「用意」で腰を上げた時に最大限の爆発力が得られるよう、体格や体の使い方に合せた姿勢をそれぞれの選手が身に着けていて、それを実現するための手の開き具合と足の位置を決める必要があります。スタートの準備をする選手たちをよく観察していると、スタブロ本体を置く位置、左右の足を置く位置などを慎重に測りながら決めていく人もいれば、大ざっぱに位置決めしてから足を乗せてみて微調整していく人もいるなど、いろいろな流儀があるようです。

たとえば、往年の日本のエース・飯島秀雄さんやドーピングで偉業を台無しにしたベン・ジョンソンが得意にしていた「ロケットスタート」と呼ばれるスタイルでは、両手を大きく開き、足もできるだけ遠めに置いて、まるで地面に這いつくばるような低い体勢からスタートします。よほどの筋力と速いピッチがないと前には進めず倒れてしまったり空転してしまう、極端な前傾スタートです。通常は両手は「肩幅より少し広く」、前足は「ラインから1.5~2足長(「足長」は靴のサイズ)」、後ろ足は「前足から1~1.5足長」といったあたりが標準でしょうか。100m競走のスタート位置に並んだ全選手のスタブロの位置を見比べてみると、人によってかなり足の位置が異なることに驚かれるかもしれません。

エバニュー(Evernew) スターティングブロック 平行連結式スタブロRST EGA017
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ジョンソン
  ベン・ジョンソンのロケットスタートの構え。

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細かいルールになりますが、「位置について」では「少なくとも片方の膝が地面に着いていること」を規定しています。このルールを曲解した審判員によって、2003年のパリ世界選手権でちょっとした「事件」がありました。
この大会で日本人として初めて短距離種目(ハードルを除く)のメダルを獲得することになる末續慎吾選手が、その200m決勝のスタートの際に、「位置についての姿勢がルールに抵触する」と指摘されて注意を受けたのです。末續選手の「位置について」は、左右の足の前後間隔が極端に少ない(つまり前足を極端に後ろに引いている)独特の構えで、このため「位置について」では両脚の膝が地面に着く体勢になります。前記のルールを生半可に理解していた審判が「両膝を着いてはいけない」と勘違いして注意を与えたというアクシデントでした。幸い末續選手は動ずることなく言われたとおりに姿勢を修正し、その慣れないスタートにも関わらず3着に食い込んで銅メダルを獲得しましたが、結果が悪ければ大問題にもなりかねない審判のミステークでした。
末次慎吾
  「なんば」と言われる末續慎吾選手のスタート独特の構え

◆永遠の課題「フライング」の判定
スタートのピストル音(「号砲」と言います)が鳴る前に走者がスタート動作を開始してしまうと、不正スタートとなる……これは常識ですね。
こうした不正スタートは通常「フライング」と呼ばれて、日常会話の中でも、ちょっと逸って行動を起こしたりする場合などに使われる言葉です。ただしこれは和製英語で、自転車競技やモータースポーツ、ヨット競技などの「助走をつけてスタートラインを通過するスタート方式」を表す「フライング・スタート」に由来しています。英語では「false start(フォールス・スタート)」と言うのが一般的で、これにはいわゆるフライング以外の不正スタートの意味も含まれます。

次回はこのフライング=不正スタートについて、ちょっと掘り下げてみましょう。

 

<連載>100m競走を語ろう ③~レースの戦場を明確に

 
前回は、100m競走のスタートとゴールについて、その「とりあえず」の定義についてお話ししました。その続き、もう少し細かいお話です。

◆線に触れたらダメ!
100mの走者たちは、スタートのファーストコール「On your marks/位置について」という合図によって、スタートの構えをとります。この時、クラウチングスタートの姿勢によって、走者の体の部分で最もスタートラインに近い位置で接地するのが、上半身を支える手指の先、ということになります。
ルールをちゃんと知らないとしても、「スタートではラインから前へ出て構えてはいけない」ぐらいのことは、子供でも理解しているでしょう。さらにルールブックには、「走者はスタートラインに触れてはならない」ということが明記されています。
これはどういうことか?…ちょっと前回の「どこから」のお話を思い出していただきたいのですが、「スタートラインの手前側の縁から」ということは、ラインそのものに手を載せた状態では明らかに「手前側の縁を越えている」ということになりますし、「それじゃ、触れる程度ならいいのか?」というと、これもまた同様なのです。手前側の縁に触れるということは、顕微鏡的な細かさで言うと、やはり「縁を越えてしまっている」ことになるからです。ですから、スタートの構えをとった時は、たとえ0.1ミリであっても、明確に「手指がスタートラインから離れていること」が求められます。

もちろんこれは、100mに限らずすべての陸上競技のレースでの共通ルールです。ただ、中長距離走やロードレースなどの場合、100mほどに厳密にチェックされないのが通例で、そのためよく見ると明らかにラインを踏んで構えている選手がいるのを見過ごしてスタートが切られてしまうようなことが、しばしばあります。

◆ゴールは「線」ではなくて「面」??
さて、「どこから」の定義がかなり細かく分かってきたところで、次は「どこまで」です。
ここで、ようやく「とりあえず」の意味を含めて、ご説明することにしましょう。

100メートルのゴールが、ゴールラインの手前側の縁の直線」というのは、実は正確な言い方ではないのです。なぜなら、陸上競技のゴールの瞬間というのは、「四肢および頭部を除く胴体の部分(これを「トルソー」と呼びます)が、決勝線上の空間に到達した時」と定められているからです。つまり、ランナーにとってのゴールは地上にある「直線」ではなくて、その直線上に垂直に立ち上がった目に見えない「平面」であり、しかもそこにトルソーの一部が触れた瞬間が、「ゴールインの瞬間」と見なされるわけです。
この「トルソーの到達」という考え方は、あらゆる競走競技(競泳、自転車競技、漕艇、競馬、スキー、スピードスケートなど)を通じて、陸上競技にしか採用されていない、独特の「フィニッシュ(ゴールイン)についての考え方」と言ってよいかと思います。

たとえば、競泳ではゴールとなる「プールの終点=壁」で競技者が止まることができるため、その壁にタッチした瞬間(厳密には一定以上の圧力が壁に加わってそれにより計時が止まった瞬間)が、フィニッシュとなります。ゴール面(壁)にタッチするのは、自由形におけるターンの場合を除けばほぼ例外なく手指の先端、ということになります。
その他の多くの競走競技では、競技者がかなりのスピードでゴール地点(ゴール面)を「通過する」ことになるため、いったいどの部分がゴール面に達した時をフィニッシュとするのか、という課題が生じます。
自転車や競馬などでは、「乗り物」である自転車の先端や馬の鼻面が到達した瞬間、スピードスケートではブレードの先端、スキーのクロスカントリー競技ではスキー板ではなくブーツの先端、同じスキーでもスキークロスやスノーボードのレースでは、体の一部がゴール面に到達した瞬間、というように、競技によってフィニッシュの解釈は実にさまざまです。

これは、移動の「主体」が選手自身の肉体なのか乗り物や用具なのか、また選手自身だとしてもとにかく体のどこでもいいからゴール面に触れれば勝ちとするのか、それとも体全体の体勢を見るのか、その考え方が競技によって異なるからだと思われます。言うなれば、それぞれの分野で議論され尽し伝統的に培われてきたきわめて哲学的な領域の話ですので、第三者がその是非をとやかく言うことではありません。
で、陸上競技では「トルソーがゴール面に到達した瞬間」を「ゴールイン」と定めているのです。

考えてみれば、陸上競技のスタートでは「手や足の一部たりともスタート・ラインに触れてはならない」のですが、頭や胴体の一部がスタート線上の空間(スタート面)よりも前に出て構えることは、いっこうに差し支えありません。短距離走での「用意!」の姿勢でも、中長距離走の「位置について!」の姿勢でも、ほとんどすべてのランナーの肩、つまりトルソーの一部はスタート面よりも前に出る形になるのです。つまり、接地した身体の部分がスタート・ラインより手前にあることが、スタートの構えの絶対条件で、その上の空間上のことは、何ら問われません。
ところがゴールの判定は、あくまでも「手足や頭」は認められず「トルソー」で、しかも体の接地はまったく関係なく、空中にあるトルソーの先端がゴール面に触れた時、それが「ゴールイン」なのです。
ということはまた、トルソーの「スタートからゴールまでの移動距離」は、その種目の距離に達していないこともあるわけですね。
このあたりの割り切り方が不思議と言えば言えるのですが、まあそこを追求するのはあまり意味がありませんから、このあたりで話を先に進めることにいたしましょう。

以上で100m競走の「始点」と「終点」が細かいところまで明確になりましたが、これだけではありません。

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◆“自分専用”レーンの定義
陸上競技では400メートル以下のレースを「短距離」と呼び、これに出場するランナーは、自分に割り振られたレーンだけを走ることができます。これを、「セパレート・レーン」といいます。(400メートルを超えるレースでは、どのレーンを走ってもよい「オープン・レーン」またはスタートから一定距離のみセパレート・レーンを走ります)

このセパレート・レーン一人分の境界は、どこからどこまでになるでしょうか?

正解は、「内側(ゴールに向かって左側)のラインの外側の縁から、外側(同じく右側)のラインの外側の縁まで」の、1.22メートルの幅です。
ややこしくてすみませんね。言い換えれば、「内側(左側)のラインには触れてはいけない。外側(右側)のラインは、踏んでもよいが踏み越してはいけない」ということになります。これに違反することを「レーン侵害」と呼びます。
ただし、即座にレーン侵害が反則を取られるのは、「レーンの内側を侵害することによってショートカットをしたことになる」曲走路の場合くらいで、それ以外は多少の「はみ出し」があったとしても、他の競技者を妨害する形にならない限りはおおむね見過ごされます。人間には目に見えるラインに沿って走ったり歩いたりする習性があるので、ついついラインぎりぎりのところを走るクセのあるランナーは少なくなく、また高速走行の際中にちょっとしたバランスの崩れがあっても体は大きく想定したラインを逸れてしまうことがあります。正面からスプリンターを捉えた映像では、しばしばラインを踏んでしまっているような光景も、見られます。
そうは言っても、接戦になった際にもしレーン侵害をしていれば、たとえ実害がなかったとしてもそれを理由に相手選手から抗議を受けることがあり得ますから、しないに越したことはないのは言うまでもないことです。

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スタート・ラインとゴール・ライン、そしてレーンを区分するラインによって、100メートル競走を走る選手の「戦場」が明確になりました。選手は、この平面上を何秒で走るか、誰が一番早く駆け抜けるかで、100メートルというレースを競うことになるわけです。

 
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