10日間の2017IAAF世界選手権が終って、私のブログもすっかり静かになりました。終盤、無駄に長すぎるTV放映時間(おそらく男子400mリレーのVTRが10回は流れたでしょうね)と仕事と飲み会が錯綜した結果、更新が滞ってしまいましてすみません。
日本にとっては、400mRの銅メダル、男子50km競歩の銀・銅メダル、さらにはDay7の男子200m7位入賞と、終盤にいいところが集中した結果となったわけですけれども、全般的にはメダル3個はよしとして、入賞5名、ほか決勝進出者なし(一発決勝種目除く)という成果は、目標達成には程遠いものだったと思われます。
今回の世界選手権は、事前に何度か触れましたように、世界の陸上界がオリンピック翌年ということもあってか、やや停滞気味な中で行われました。ダイヤモンドリーグなどを見ていても、トップレベルの競争が、実は意外に日本記録などと近いレベルのところで行われている、ということがままあったのです。
典型的だったのが男子の100m、200mで、あのボルトをはじめとする別世界にいたスプリンターたちが、日本選手が手を伸ばせば届くような距離にいた、というところがありました。
ただ、世界の停滞に輪をかけて、日本選手の多くが実力を発揮できませんでした。100mのサニブラウンと400mHの安部孝駿は「ああっ!」の瞬間がなければあるいは、という惜しさはありましたが、その他はほぼ壊滅状態。地区インカレ・レベルの記録に終始した男子400m、4×400mRをはじめ、箸にも棒にも掛からない結果が多過ぎたようです。「なぜそうなったのか」を、単に「実力不足」の一言で片づけずに研究することは、とても重要な課題です。
逆に、そうした研究が積み重ねられ、チームで総力を挙げる結果が実を結んだ種目が、400mリレーと競歩だった、ということが言えるかもしれません。
典型的な個人スポーツである陸上競技に、チームとしての戦いを取り込んでいくことは、リレーに限らず今後の大きなテーマとなっていくことでしょう。
同じ個人スポーツの競泳では、早くからそうした意識が浸透し、「トビウオJAPAN」というチーム名称も定着しています。
種目は違えど同じプールで競技をし、一人がさまざまな種目を掛け持ちすることも多い競泳は、陸上に比べて仲間意識・共有意識が容易に形成される、ということはあるでしょう。ですが、個人競技と言っても一人だけの力で強くなることには限界がある、コーチや仲間や裏方の人々とのコミュニケーションが、個人の成長を大いにサポートするということに早くから着目してきたのが日本の競泳界です。選手選考にまつわる悶着を一掃するなど周辺の環境を整備し、チーム意識を高めることでこんにちの「世界と戦う」日本競泳陣を作り上げてきたことは、ひところ競泳が陸上競技と同じく1個のメダル獲得に四苦八苦するような日本スポーツ界の“お荷物”であったことを思い返せば、その努力と成果は明らかなのです。
激しい競争を経て同じチームになったからには、先輩が後輩の面倒を見たり、後輩がサポートに奔走し力いっぱいの応援に声を涸らしたり、叱咤激励し合うことの効果は計り知れないと思います。そうしたチーム精神は、チームJAPANの大先達である古橋廣之進氏のニックネームから採った「トビウオ」のチーム名と、国際大会ではおなじみとなった士気鼓舞のパフォーマンス「ワンパ」に象徴されています。
陸上競技も競泳と同じように、ということはなかなか難しいかもしれません。短距離、中長距離、ハードル、跳躍、投擲、混成、競歩といった種目ブロックの隔たりがあり、またたった一人で海外遠征に出向くこともままある陸上で、どうやって仲間意識を醸成していけというのか?…まあ、方法はいくらでもあります。基本的な考え方としては、チームJAPANがあくまでも一つの「陸上部」である意識を共有すること、そして一人では強くなれない、みんなであいつを強くしようという意識を共有すること、それでスタートすればよいのです。もちろんそれは、チームの指導者たる立場の人々が率先して持たなければならない意識です。
同時に、種目ブロックごとのチーム体制にも、いっそうの工夫と努力が傾けられなければなりません。
競歩ブロックにチーム意識が強くてマラソンにはそれが欠けている…それは明らかに、実業団という日本の長距離・ロードレース界を支配する構造に起因している弊害です。もちろん、企業のバックアップに支えられた実業団は、個々の競技環境や実力養成に大いに貢献しているのも事実です。実業団どうしの競争と協力、そこのところを大人の話し合いをじっくり重ねてうまくやってもらえたら、頓挫した「日本マラソン・ナショナルチーム」の構想も再び日の目を見ることができるのではないでしょうか。
そしてまた、競泳の平井伯昌氏のような指導力と統率力、政治力を兼ね備えたリーダーシップを、瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーに、そんな長ったらしい肩書はやめて「瀬古ヘッドコーチ」として発揮してもらいたいものだと思います。
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チームJAPANといえば、リオ五輪に続いて今回も、400mリレーをメダルに導いた短距離ブロックのチーム戦略が大きくクローズアップされています。
今回、400mリレー・チームは選手6人。コーチ陣は短距離・リレー担当オリンピック強化コーチの苅部俊二氏に、土江寛裕・小島茂之の両コーチ。
ご存知のように、陸上競技のリレーでは最大6人を1チームとしてエントリーし、そのうちの4人を予選・決勝のメンバーとして出場させることができます。したがって、予選から決勝に向けて、2人までを入れ替えることが可能となります。
従来、戦力に余裕のない日本チームは、予選からその時点でベストと考えられるオーダーで戦うことが当たり前となっていました。現在でも、同じです。
ところが今回、個々の走力においては現状ナンバーワンと目されるまでに成長したサニブラウン・ハキームが200m決勝でハムストリングスに軽い故障を発生し、当初計画されていた1走での起用を見送られることになりました。代役として起用されたのが、今大会の100mでスタートダッシュの鋭さを世界に印象付けた多田修平です。
予選を6番目のタイムで無事通過した後、今度は従前から脚部に不安を抱えていたケンブリッジ飛鳥に代わって、今回個人種目では標準記録に到達できなかった藤光謙司が投入されることになりました。
期せずして、日本チームは6枚のカードをすべて使う総動員体制でリレーの決勝に臨むことになったわけです。
400mリレーリレーのメンバーは、単純に100mの走力の優れた者が選ばれる、というわけではありません。私があえて「4×100mリレー」ではなく「400mリレー」と表記し続けているのは、「400mリレーは4人が100mずつ走る競走ではない」というかねてからの考えによるものなのです。
(このあたりの論証は、1年前に投稿した以下の記事をご参照ください)
http://www.hohdaisense-athletics.com/archives/6261252.html
多田はスタートの鋭さは世界でも一流であることを示したとはいえ、その分100mないし110mの距離における終盤のスピードには不安があり、それは彼が200mではほとんど試合経験のない100mに特化したスプリンターだということにも表れています。多田が当初から本番メンバー入りの構想に入っていなかったのは、当然と言えば当然だと私には思えましたが、走力の調子は上々と見られます。
また藤光は、6人の中で唯一100mのベストが10秒23と見劣りがするものの、引退した朝原宣治の後任として2009年にアンカーに抜擢されて以来、2015年のワールドリレーズ銅メダル・メンバーでは2走を務めるなど、代表経験は豊富で最も信頼されるバトンワークの持ち主です。
バトンワークの習得に不安の残るサニブラウン、調子の上がらないケンブリッジ、2人に代えて総合的に遜色のない2人のサブを投入できたというのが、日本のチーム力の現れ、その1でした。
その2は、予選通過したとはいえ日本記録からは大きく遅れる38秒21というタイムをいかに修正してメダル圏内まで押し上げるか、というチーム戦略に発揮されました。(結果的には予選のタイムでも同じ着順に入れたのですが、あくまでも結果論です)
リオでも、実は2走から3走、3走から4走のバトンパスは詰まり気味、つまり受け手のスタートが若干遅れ気味でテイクオーバーゾーンの半ばでバトンを受ける形になっていたのが、同じメンバーによる今回も課題として残っていました。1走の多田も、初代表だけに予選のままでよいのか疑問が残ります。このタイミングはスタートマークを変えることで調整するわけですが、一歩間違えると今度はバトンが届かないというミスのリスクが高まります。話し合いの結果、3走までは予選より半足長マークを遠ざけ、4走の藤光は練習時よりも1足長伸ばしたのだそうです。これを躊躇なくやってのけたのが、年間何十日もの合宿を重ね、経験と情報を集積した成果であったことは間違いありません。
実業団や大学といった本来の属性を超えて、チームJAPANとして普段から行動することによって培ってきた日本ヨンケイ・チームの強さが、改めて浮き彫りになった今回の世界選手権でした。
ちなみに、私は当日前々から約束があった宴席に出ていまして、ライブで見られないリレーの結果にソワソワと気を揉んでいたんですけど、そこは陸上観戦半世紀のキャリアにモノを言わせ、
「イギリスが優勝するであろう」
と大胆な予言をカマしていました。
今回のイギリス・チームはチジンドゥ・ウジャをはじめとして戦力は充実、特に200m4位のネザニール・ミッチェル‐ブレイクとサニブラウンより速いタイムながら準決勝敗退したダニエル・タルボットを投入してきたことで、リオ五輪以降、地元開催の今回に向けてヨンケイの本格的強化と研究に取り組んでいることが伺えたからです。(ヨンケイにロングスプリンターを投入するのは、日本の“隠し玉”的な高等戦略なのです)
100mの金・銀を擁するアメリカは例によってバトンワークの成否は五分五分、ボルト・ブレイクがもはや「超人」ではなくなったジャマイカは、日本にとっても与しやすい相手に思えました。いちばんの強敵はイギリスだろう、と思ったわけです。
今や超人不在となった短距離界、「チームのチカラ」は、ますます日本が頂点に駆け上がる可能性を大きくしていくことになるでしょう。その一方でイギリスのように、他の国々もこうしたことに少しずつ目覚めてくるに決まっています。
来年5月の「ワールドリレーズ」では、ますます面白いヨンケイが見られることを楽しみにしています。蛇足ながら、日本ヨンケイの「韋駄天スプリンターズ」という愛称は、さすがにTBSでも一言も使いませんでしたが、もう少しどうにかならないものですかね?