昨日は『第31回北海道マラソン』が行われ、男子で村澤明伸(日清食品G.)、女子で前田穂南(天満屋)が、それぞれ日本陸連が設定したMGC出場資格記録を突破して優勝、話題沸騰の東京オリンピック・マラソン代表へ向けて有資格者第1号としての名乗りを上げました。

女子の前田は、序盤の解説にあったとおり、「キロ3分30秒のペースをずっと続けていける強さがある」という武富豊監督の言葉を見事に実践。途中先頭集団から抜け出した野上恵子(十八銀行)のペースアップにも冷静に対処してイーブンペースを守り、夏の北海道では好記録と言える2時間28分48秒でのフィニッシュとなりました。
北海道マラソンと天満屋と言えば、1997年に優勝してブレイクした山口衛里さん(2000年シドニー五輪7位)を思い出しますが、天満屋はその翌年にも松尾和美さんが、また2011年には森本友さんが、タイトルホルダーになっています。まさに、相性抜群の大会と言えるでしょう。
前田選手は、薫英女学院高校が全国高校駅伝を初制覇した2014年の補欠。1年先輩には世界選手権代表となった松田瑞生、2年先輩には学生長距離界のヒロインだった大森菜月(ともにダイハツ)がいます。
比べてこれといって実績のなかった前田がマラソンの英才教育を施され、チームにとってゲンのいい北海道を制したあたりは、4回連続してオリンピックのマラソン代表を送り出したマジシャン武富監督の手腕未だ衰えず、といったところでしょう。山口さんや坂本直子さんがブレイクした時の状況に通じるものがありますし、長身・脚長の体形は小原怜選手を彷彿とさせます。
私にとっても好きなタイプのランナーとなるかもしれません。安藤友香・清田真央に続くニューカマーとして、大いに注目していこうと思います。

村澤は3月の『びわ湖毎日』で、ハイペースの中、日本人トップを引っ張りながらも撃沈してから約半年。思い知らされたマラソンの怖さを十分な教訓として、この日のレースプランにつなげました。
自身が語っていたように、彼がレースで1着になったというのは、本当に久しぶりのことです。おそらく東海大学1年時の箱根駅伝予選会以来ではないでしょうか。 駅伝男としての活躍ぶりは数々印象に残っている一方で、跳びの大きい走法のためラストにスプリントを利かせられないことが、ヨーイドンのレースになかなか勝てない理由でしょう。その意味では、マラソンは彼にとって最適な種目であり、潜在能力からすれば冬場のレースで2時間6分、7分といったタイムで走る可能性は十分だと考えられます。
なかなかマラソンで芽が出ない「箱根のスター」が多い中で、ようやく期待の星が1人、「夢の東京オリンピック代表」を目指して羽ばたこうとしています。

さて、ここまでは前置きです。


同じ日の夜、TBSテレビで放送された『消えた天才』という番組、ゴールデンタイムの放送でしたからご覧になった方も多いかと思います。
「箱根のスター」と言えば、近年では1、2を争う大スターでありながら、実業団・富士通に入社後は鳴かず飛ばずに終わり、今春27歳の若さで陸上界に別れを告げた柏原竜二さんの近況が紹介されました。
富士通陸上競技部を退部した今、柏原さんは驚いたことにアメリカンフットボール部「富士通フロンティアーズ」のマネジャーとして、一生懸命にスポーツの裏方に励んでいました。(私はまったく知りませんでした)

番組自体は、低俗バラエティそのものの作りでせっかくのイイ話を台無しにしていました(なんで、ああいう無駄な時間ばかりかける演出で視る者をイライラさせるんでしょうかね?特にこの局は『世界陸上』の中継同様ヒドイです)けど、柏原さんのひたむきな仕事ぶりと明るい言動、チームで一番の有名人がマネジャーという状況をプラスの方向に発散している様子などはよく窺い知ることができました。
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「ランナーの将来を潰す」とまで極論する「箱根駅伝有害論」を再燃させるきっかけともなってしまった、柏原さんの引退劇。
事実、「山の神」というビッグネームが途轍もない重圧になっていたことは彼自身も認めていましたが、低迷から引退へと流れるプロセスには、「4年間箱根を走ったから」という因果関係はまったく認められないと思います。あくまでも、柏原さん自身のアスリートとしての幸運が学生時代に集約され、卒業後にお釣りがくるほどの不運に揺り戻された、というよくある事象なのだと思います。
「有害論」を唱える人々は、オリンピックや世界選手権のマラソン・長距離代表選手が、学生時代はスターと呼ばれる存在でなかったにしろ大部分「箱根」出身者であることを、どう説明するんでしょうか?
「箱根」や「都大路」があるから、男子の長距離界には次から次へと有望なジュニア選手たちがその場所を目指して健脚を磨き、スターとしての名乗りを挙げていく、そのどこが「有害」なのか、私には理解できません。
標高864メートルの「箱根」を征服し、さらに高みを目指そうとした選手が、過度のトレーニングに挫折して心身の故障を抱えてしまうことは、「箱根」の存在とはまったく別の問題です。柏原さんやかつての渡辺康幸さんのように挫折のまま無念の終局を迎えるランナーもいれば、村澤選手や大迫傑選手のように再び大輪の花を咲かせようとする選手もいる。それこそ、選手の数だけいろいろな紆余曲折がある。当たり前のことです。

そんなことを考えさせてくれた、久々にTVを通じて見た柏原さんの笑顔。過ぎ去った陸上人生にさまざまな思いはあるでしょうが、溌溂とした現在の境遇を経て、彼ならではの大輪の花を目指してもらいたいものです。

なお、この番組は数名の「天才アスリート」の現在を追いかけた特集番組で、陸上界からはもう一人の「消えた天才」が紹介されていました。そちらについては、また次回<第4弾!>でということで。
(「元陸上競技王者の、いま」は不定期ながらシリーズ読み物として、新たにカテゴリーを設定しました。)

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