豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

新谷仁美

田中希実がまた魅せた…14分台は惜しくも逃す~ホクレンDC第3戦・続報



前々回の記事で、田中希実選手(豊田自動織機TC)のハードワークぶりについて触れましたが、今日の実況を聞いていると、「11日には兵庫選手権の1500mが中止になったので、別の所へ行って4分15秒で走った」という話が出て、またまたビックリ!
するてえと、今日の5000mは7月に入って半月で5レース目!

結果は …

◇女子5000mA
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2020071505

期待どおりにスタートから先頭を譲らず、ラストの強烈なスプリントでエカラレを捻じ伏せる。記録を狙うには1000m以降のペースダウンが惜しまれますが、まあ、過密スケジュールのせい、と言っておきましょう。新谷もスピード練習がしたかったんなら、このレースでPMやればよかったのに!
レースがトレーニングを兼ねるのだとすれば、この2週間で彼女はまた恐ろしく強くなってしまったかもしれません。
ラスト1000mが2分50秒、400mが64秒。日本新を出した先日の3000mの上がりと遜色ないです。記録絶対ではなく、「勝てる」ペース配分を貫いた結果ですから、評価できますね。
常に田中の後塵を拝してはいますけど、萩谷楓の大PB(これまでは15分28秒13)も見事。
最終戦・千歳大会では、田中、萩谷ともに、3000mAに出場します。

※前回で速報したレースのリザルトを掲載しておきます。

◇女子3000mA
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◇女子1500m
2020071503

前田穂南快走!~続報・ホクレンDC第2戦


今回も、女子のことしか書きません。悪しからず。
女子3000m・田中希実選手の快挙については既報のとおりですが、その他の女子3種目に於いても、好記録・好レースが続出しています。
LIVE配信は前回に引き続き河野匡・大塚製薬監督による実況、場内MCをその他の関係者が交代で務めています。女性の声は、ダイハツの山中美和子監督のようです。河野監督のコメントはよりこなれて滑らかになり、チャットに寄せられたコメントにも時々反応していただけるなど、聴きやすさ・親しみやすさ倍増。ただ、マイク周辺の雑音はほとんど拾わなくなって、ちょっと寂しい。ハード上のトラブルも前回より少なかったみたいです。

◇3000mSC

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今季初となるこの種目のレース。参加は5名と少ないながらも、吉村玲美、石澤ゆかり、藪田裕衣と昨年の日本選手権上位3名、元日本選手権覇者の森智香子が参戦。ただ昨年の趨勢としては世界選手権にまで駒を進めた吉村が、現状の実力、将来性ともに群を抜く感があります。
果たして、序盤から日本記録ペースで主導権をとった吉村が一人、また一人とライバルを振り落として、後半はもはや独擅場。1000mを過ぎてからペースが思うように上がらなかったようですが、最後をまとめて8分53秒50は、気象条件を考えればまずまずのところでしょう。(気温が23度くらいありました)

吉村選手は平地のスピードも一段上ですが、それ以上に障害で着地してからのスピードの乗せ方が、日本のトップクラスの中では上手ですね。石澤選手などは長身で飛越の仕方もスムーズに見えますが、着地してからの1歩、2歩でスッと吉村選手の方が前に出ます。特に水濠障害でその差が顕著に出ます。吉村にとっては大学の大先輩にあたる森選手は、(今回は走りそのものがまったく不調でしたが)相変わらず“垂直落下式”の着地で、障害のたびに止まってしまいます。女子の場合、無理に飛び越そうとしないで軽く足をかける式の飛越にした方が、着地でスピードを乗せられる場合もあるようです。この種目に本腰を入れるのならば、その辺をもっともっと研究していただきたいものです。

◇5000m
2020070804

注目は、士別大会の3000mを快勝した佐藤早也伽。ところがローズマリー・ワンジル・モニカが猛然と飛び出し、ペースメーカーのジェロティチ・ウィニー(九電工)のはるか前をスイスイと飛ばしていきます。1000mを2分57秒という、“14分台ペース”で通過すると、あとは1周72秒のラップを着々と刻んで独走態勢。
佐藤は、ターゲットタイムに即した75秒ペースをきっちり刻むPMの背後をピタリ追走して、その後に清水真帆、田村紀薫、大西ひかり、川口桃佳、薮下明音らが差なく追いかける展開。かつての実力者・西原加純は真っ先に集団からこぼれ、調子の上がらない堀優花と最下位争いです。
快調に独走するモニカの優勝は確定的となり、フィニッシュタイムの15分03秒49は彼女のPB。日本勢1番手の座を巡っては75秒ペースにしっかりハマった佐藤と川口の一騎討ち状態から、定評のある佐藤の切り替えが功を奏して、15分26秒66で2着フィニッシュ。士別の3000に続いて日本人のワンツーとなった佐藤、川口ともに、PBです。

佐藤は東洋大1年の頃から、そのベビーフェイスで一部マニアックな向きから人気を得ていた選手ですが、大学時代は鳴かず飛ばず。社会人となって2年目あたりから急速に成長を見せ、今年は初マラソンで2時間23分台と、一躍日本のホープとして注目を集めています。ひょっとすると、オリンピック戦線にまで絡んでくるダークホースとなるやもしれません。
上位陣がまずまず、実力どおりの着順となった一方で、西原・堀に代表されるヤマダ電機勢、パナソニック勢の、特に主力選手の不振ぶりが気がかりです。


◇10000m

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福士加代子(ワコール)こそDNSでしたが、前田穂南・一山麻緒・安藤友香のマラソン3人娘がさながら「3強」の様相。マータ・モカヤ(キヤノンAC九州)とジョアン・キプケモイ(九電工)のダブルPMが作るペースは3分10秒/㎞、76秒/周で、ターゲットタイムは31分40秒。3人にとっては格好の標的です。ただし、暮色に包まれてもなお20度を超える気温と、小雨もパラつく高い湿度が敵となります。
3000mを過ぎて早くも先頭はPMキプケモイと3強の4人に絞られ、ペースは設定どおりから若干アップ気味に推移して、5000mは15分49秒と期待に違わぬ展開に。カメラがしばらく下位グループを追っている間に安藤が遅れ始めて勝負は前田か、一山か?…そして今度は追走する安藤を写したりラップを記入したボードを見せたりしてるうちに、一山が脱落。(カメラワークまったく戦況を読まず)
PMが仕事を終えた8000mからは文字通り一人旅となった前田は、特にビルドアップを図るでもなく、ラストで切り替えるでもなく、まるでマラソンの最初の10㎞地点を通過するような雰囲気のまま、美しい安定したフォームでゴールを駆け抜けました。タイムはPBを39秒も更新するもので、これはまあ、従来のPBが遅すぎたというところでしょうけど、他の選手の出来具合と比較すると、好条件の下であれば31分そこそこが聞かれてもおかしくはないパフォーマンスだったと思われます。

私は、今年東京オリンピックが行われたとしても、前田選手は有力な金メダル候補だったと思っています。(もちろん、高温のレースに滅法強いという得手も考慮に入れて)ですが、MGC以降のロードシーズン、さらにこのホクレン・シリーズを見る限り、その進化ぶりはさらに続いているように見えてなりません。機会にさえ恵まれれば、世界最強の女子マラソンランナーと評価を得る日も、夢ではないのではないでしょうか。
なお、前田の優勝記録31分34秒94は、10000mのレースがまだほとんど行われていない中ではありますが、今季の世界最高記録です!
ちなみに今季第2位は、ノルディックスキー選手のテレーセ・ヨハウグ(NOR)です。(オスロDLの記事参照)
2020070806

さて次戦は7月15日の網走大会。いよいよ真打登場ということで、新谷仁美(積水化学)が同僚にして日本チャンピオンの卜部蘭とともに、1500mに出場予定!…あれ、5000に出る田中希実との対決を避けましたかね?そうだとしても、新谷の1500mというのはこれはこれで楽しみ。
他に、3000mには鍋島莉奈(JP日本郵政G.)、5000mには好調の萩谷、10000mにはワコール・トリオに加えて佐藤早也伽、川口桃佳、松田瑞生(ダイハツ)、萩原歩美(豊田自動織機)などが参戦予定です。


今日は書かずにいられない…新谷、世界へ躍り出す!!



本ブログをご訪問いただく方々には、長期にわたりさっぱり更新の痕跡がない体たらくに何度もご迷惑をおかけしてるかと思います。まことに申し訳ございません。
何かと多忙で、ご覧のような長文記事をアップする時間がまるで取れない、というのが苦しい言い訳になりますが、それにしてもサボり過ぎました。自ら「陸上競技の中でも最も愛するカテゴリー」と公言する女子長距離関連ですら、実業団女子駅伝が終わっても、富士山駅伝が終わっても、都道府県対抗全国女子駅伝が終わっても、感想の一つも書かないのは如何なものかと自責の念に駆られておりましたが、今日だけは、書かねばなりますまい。

「新谷仁美、日本新記録でヒューストン・ハーフマラソンに圧勝!」
Niiya at Houston HM


ただの日本新記録じゃありません。世界の錚々たるビッグネームが顔を揃えたメジャー大会で、2位以下をぶっちぎっての堂々たる優勝です!
あああ、5年間、彼女の復帰を信じてきて良かった!

どんなレースだったのか?…久々に、世界陸連(サボってる期間中に、国際陸連から名称変更)のHPに掲載された記事を、拙い訳文でご紹介することにしましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かれこれ10年以上も個人ロードレースから遠ざかっていた31歳の新谷仁美だが、『アラムコ・ヒューストン・ハーフマラソン』で驚きの快走を演じ、ゴールド・レーベル・レースを1時間06分38秒の日本新記録で制した。

フルマラソン2時間18分34秒の記録を持つルティ・アガ(ETH)、ハーフ1時間05分07秒のキャロライン・キプキルイ(KEN)、あるいは2015年世界選手権の10000m銀メダリスト、ゲレテ・ブルカ(ETH)といった強豪を向こうに回して、新谷は何ら臆することなく序盤から先頭に立ってレースを進めた。5㎞を15分37秒でカバーすると、中間点までペースを落とすことなく、10㎞は31分11秒で通過。この時、10人以上の追走集団に対して77秒のリードを築き上げる。※15㎞は47分03秒=筆者註
後半に入ってややペースは落ちるも、2位以下との差はさらに広がった。20㎞を1時間03分13秒で通過した時には、その差は1分37秒。そのアドバンテージは、1時間06分38秒でゴールテープを切るまで、とうとう変わることはなかった。

ケニアのブリリアン・ジェプコリルが、キプキルイを5秒上回って1時間08分08秒で2位に飛び込んできた。
マラソンの世界記録保持者ブリジッド・コスゲイ(ハーフ1時間05分50秒=KEN)と世界ハーフマラソン選手権で2度のメダルに輝いているマーシー・ヴァセラ(1時間06分29秒=KEN)は、早々に戦線から姿を消した。

ジュニア時代から将来を嘱望された新谷は、長らく日本の長距離をトップで牽引してきた。2011年の世界選手権では5000mでファイナリストとなり、また10000mでは2012年のロンドンオリンピックで9位と健闘している。
だが、2013年世界選手権10000mで30分56秒70のPBをマークして5位入賞を果たした後、新谷は力を出し尽くしてなお世界のメダルに手が届かないことに懊悩して、競技の第一線から退いてしまう。
しかしながら、2018年になると、2020年東京五輪を見据えて復帰を果たすや、彼女はトラックレースと駅伝で次々と目覚ましいパフォーマンスを叩き出した。昨年はアジア選手権の10000mで銀メダルを獲得し、またドーハの世界選手権では11位となっている。
この日が来るまで、最後に走った個人のロードレースは、2009年の名古屋国際女子マラソン(現・名古屋ウィメンズマラソン=筆者註)で、この時21歳だった新谷は2時間30分58秒のPBを記録している。前週には京都で行われた全国女子駅伝のアンカーとして、10㎞を30分57秒で走っており、さらに来週には大阪国際女子マラソンで12㎞までのペースメーカーを務めることになっている。

(以下、他種目の記事へ続く)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どーぉですか?
先週の『全国女子駅伝』でも、放送席で東京のアンカー新谷をさんざん化け物扱いしてたのが、今思えばあながち誇張でもなかったですね。その駅伝での爆走から1週間後のこの大爆走。言うべき言葉が見つかりません。
この記事には名前が出ていませんが、20位までのリザルトを眺め渡すと、9位にサラ・ホール、12位にモリー・ハドルと、今やケニア・エチオピアに次ぐ女子長距離大国をもって任ずるアメリカのエース級の名前があります。優勝候補の一角だったブルカは、途中まで追走集団を引っ張っていましたが結局10位でした。
並み居る強豪を撃破しての独走優勝…まさに、世界が認める偉業を達成したと言っていいでしょう。
ちなみに、このレースではあの宇賀地強が、ペースメーカーを務めていたんだそうです。ゴール写真にもチラ写りしてます。感謝、感謝ですね。
快記録の陰にはすっかりお馴染みとなったNIKEヴェイパーフライの存在があることは否定しようもありませんが、今回はそれよりも、新谷がぶっちぎって見せた顔ぶれにこそ、ニュース価値があります。コーチの横田真人氏も、Twitterで同様のことをつぶやいていますよ。


なお、ご存じの方も多いでしょうが、新谷は所属していたNIKE TOKYO A.C.がスポンサーの支援打ち切りによって昨年末をもって解散となり、チームメイトの卜部蘭、横田コーチとともに今年から積水化学(フェアリーズ)に加入しています。今回はSEKISUIのユニフォームを着用しての初レースでこの快挙となりました。
積水化学と言えば、かつての恩師であった故小出義男監督が率いたチームでもあり、何となく縁を感じるものがありますね。

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感想(1件)


<速報>新谷仁美、豪州勢をぶっちぎり!


 10000mのオーストラリア選手権を兼ねた『ザトペック10』が今日、メルボルンで行われ、今季電撃復帰した新谷仁美(NIKE TOKYO TC)が単身参戦、独走状態の快走でドーハ世界選手権の参加標準記録を悠々破る31分32秒45(速報タイム)で1着を占めました。(優勝なのかオープン参加扱いなのか、ちょっとまだ判りません)
Hitomi Niiya 01


新谷にとっての10000mは、2013年のモスクワ世界選手権、つまり“引退”前のラストレースとなったあの1戦以来。そのターゲットは、とうぜん5日前にマークされたばかりの今季トップランキング、31分16秒48(山ノ内みなみ/京セラ)だったでしょう。
レースは最初の周回から76秒のスローペースで始まり、黒のレーシングスーツを纏った新谷は先頭から3番目でやや外側をまわり様子伺い。1000mを3分11秒、2000mを6分24秒で通過したところで一気にフルスロットル。見事なピッチアップで次の1周を73秒でカバーして、タイム狙いのレースに持ち込みます。オーストラリア勢は1人も追走できず、あっという間に2位以下との差が開きました。
しかし、この時期のオーストラリアはもう夏。気温等のコンディションは定かではありませんが、発汗量の多さから見てかなりの高温だったのかもしれません。スパートをかけた1周以降はペースが上がらず、1周75秒、後半は76秒から77秒での推移となりました。
新谷が記録を強烈に意識していたことは、ペースが落ちかかるたびに何とか引き上げようとする挙動で伺えましたが、結局2000mから3000mまでの3分05秒というのがベストラップとなり、ラスト1000mも3分10秒かかって31分32秒台でのゴール。ただ、世界選手権標準記録の31分50秒を余裕でクリアしてみせたのは、さすがでした。

実は密かに「30分台で今季日本最高」を期待していたので少々アテが外れたとはいえ、復帰1年目のラストを飾るレースとしては、十分でしょう。
いよいよ来年の日本選手権が楽しみになってきました!



Hitomi Niiya 02
「オーストラリア人1位」の選手が「ナショナル・チャンピオン」と、
新谷は「ザトペック・チャンピオン」と紹介され、2人が1位の表彰台
に上がりました。

<2018豊大先生特別講演採録>その① 平昌五輪を振り返って



先週土曜日の10日、私は人生2度目の<講演>なるものを1年ぶりにぶちかましてまいりました。

ま、講演といったって、出身校の陸上部OB会という、ごくごく内輪の集まりでのものなんですけど、とにもかくにも陸上競技をやってた方々、それも過半数は大先輩方を相手に陸上競技のお話をするのですから、そりゃもう緊張もんです。
今回の記事は、その講演内容について、その場では話しそびれたことも含めて、忘れないうちに文章でまとめておこうというのが趣旨です。

今年の講演は2部構成。というか、落語で言うところの「マクラ」があって「本編」があるという感じ。参照資料としてはパワーポイント文書を作るのが面倒だったので、映像1本のみで押し通しました。

まず、「マクラ」としてお話ししたのが『ピョンチャン五輪における日本選手の活躍』
…??陸上の講演のはずなのに何じゃそりゃ?
実はこれには伏線がありまして、前年の講演のテーマであった「日本の400mリレー・強さのヒミツ」の結びで、私は「男子ヨンケイと同じように、チーム・レースとしてぜひ注目してもらいたいのがピョンチャン五輪での女子パシュート!」と大胆な予言をカマしていたのです。それを受けて、という形です。
なお、実際の講演ではこのパート、10分程度の時間でしたが、かなり端折ったところがありますので、ここでは「実はもっと言いたかった」を含めて記述いたします。

<平昌五輪・スピードスケートの映像を見せながら>
ピョンチャン14

今回の五輪ほど「風圧・空気抵抗・空力」といったことが注目されたことはかつてありませんでした。スピードスケートの女子チーム・パシュート然り、マススタート然り、ノルディック複合での渡部暁人包囲網然り、はたまたスキージャンプは言うに及ばず…。
特に従来基本的には単独走(2人1組ながら選手どうしが相前後して滑るというシーンがほとんどない)で行われてきたスピードスケートでは、チーム・パシュート(2010年大会から)、マススタートという2つの新種目において、「空気抵抗との戦い」なる新たな局面が発生。これにいち早く着目して戦略・戦術・技術を磨いてきた日本チームの活躍が期待され、その期待どおりの結果となったわけです。

<自転車チーム・パシュートの映像>
チームパシュート自転車

これらの新種目は本来、自転車競技で行われている種目を参考にしたものです。ご承知のように、自転車競技ではケイリンなどのスプリント種目から、チーム・パシュートなどの中距離種目、ロードレースなどの長距離種目に至るまで、ほとんどのレースでこの「空気抵抗」を前提とした戦略・戦術によりレースが進行します。(日本の競輪における「ライン」戦略やツール・ド・フランスに代表されるロードレースでのアシストの役割など、本気で説明するとたいへん長くなります)

その自転車競技でも同様に、日本チームは近年、というより昨年あたりから着々と実力を向上させています。そのきっかけとなったのは、ブノワ・ベトゥ(短距離担当=FRA)、イアン・メルヴィン(中長距離担当=NZL)という2人の外国人コーチの招聘で、彼らの先進的指導によって、フィジカル面とともに戦術面で日本のナショナルチームが大改造を施された結果だと言えます。

自転車やスピードスケートに比べて競技者の速度がかなり落ちるとはいえ、我らが陸上競技において、この「空気抵抗にどう対処するか」ということが、これまであまり論議されてこなかったのは、不思議なことです。



<ジャカルタ・アジア大会男子4×400m決勝の映像>

一つは戦術面。
陸上の場合、短距離種目はセパレート・レーンで行われますからそうしたことは関係ありませんが、オープン・レーンで競う種目、たとえば4×400mリレーのことを考えてみましょう。
ライバル・チームから少し遅れてバトンを受け取った選手が、そのライバル・チームの自分とほぼ同等の力関係にある選手を追ってスタートしたとします。闘志満々で猛然と追いかけ、バックストレートで一気に追い抜いたはいいが、抜いた相手にピタリと背後に食い下がられて、結局ホームで再逆転される…こんな光景をよく見ませんかね?
むろん、前半のオーバーペースが祟って失速、ということも考えられますが、そもそも戦術として相手の直前で風を切って走るということのデメリットを全く意識していない、としか思えないケースが多いようです。

より走行速度の遅い種目、たとえばマラソンなどでも、意外にこのことは意識されていません。
ロードレースを走ったことのある方なら、人の背後について走ることがどれだけ物理的にメリットがあるか、身体が実感しているはずなのですが、どうかするとこれは「人に引っ張ってもらうことの気楽さ」という精神面の問題にすり替えられて意識されがちです。
また1人でランニングをしている時でも、風の向きや強さによってどれだけ走りに影響があるか、誰でも感じているはずなのですが、では追風の時、向い風の時、横風の時、どういうふうに走りをそれらに即応して調整するのか、そういうことを深く追求する議論というのはほとんど行われていないように思われます。
マラソンのように長い距離を苦痛とともに走り切るレースをする場合、いかに気持ちよくレースを進めるかという精神的な戦術は非常に大切なこと、これは否定できません。前が開けた状態で走らないと気分がよくない、つまり率先してフロント・ランナーになるという志向の人も少なくないでしょう。それはそれで選手としての個性でよいですし、前回の記事で新谷仁美選手について取り上げたように、私はこういうレースをする選手が大好きです。
ですが、生き物のように様相を変化させるレースにおいて、「人の背後について走ることは物理的にメリットがある」ということは、常に念頭に置かなければなりません。フロント・ランナーは、背後のライバルにそのメリットを供給しているのだという事実を認識し続け、変化するレース展開の中で自身の戦術を組み立てるべきなのです。
かつて「世界最強のマラソンランナー」の名を欲しいままにした瀬古利彦は、このメリットを最大限に活かした選手であり、そのライバルの一人として42.1㎞にわたりフロントを走り続けた(1983年福岡国際マラソン)ジュマ・イカンガー(TAN)こそは、当時マラソンの走力という意味では世界一のランナーだったかもしれません。
Fukuoka Marathon 1983
 錚々たる強豪を従えてトップを走り続けるJ.イカンガー

もう一つは、用具面。
たとえば空気抵抗以上に目に見える上に実感できる「水の抵抗」を軽減するため、競泳では2009年までいわゆる「高速水着」というものが一世を風靡しました。2010年から水着の材質・形状は厳格な規制のもとに統一されたのですが、現在でもなお、2009年に生まれた世界記録・日本記録が破られていない種目は少なくありません。(陸上競技よりも遥かに短いサイクルで記録が更新される競泳では、稀有なことと言えます)

とうぜん、陸上競技でもウェアの材質・形状は記録面に少なからず影響するはずだと思われます。
素材は昔と比べると随分進化したものだと思わされますが、フローレンス・グリフィス(後のフローレンス・ジョイナー)やキャシー・フリーマン(2000年シドニー五輪女子400m優勝&聖火最終点灯者)などが着用して一時期話題を呼んだ「全身スーツ型」のものは結局普及することなく、現在に至っています。(「全身スーツ型」は、競泳の高速水着化がピークに達した時にまさに行き着いた形状です)
ここでも、物理的なメリットよりも精神面での「着やすさ」「装着感」が重視されていることは疑いようがなく、最近スプリント種目での主流になっている半袖タイプのウェアでも、胸元のファスナーを開けてレースに臨んでいる選手を見るたびに「アホだなあ…」と思ってしまいます。
現在ではもちろん、競泳のような規格制限はないわけですから、このあたりは日本の技術力を傾注するチャンスではないか、と思うのですけど、さてどうでしょうか?
Cathy Freeman
 全身スーツ・スタイルでシドニー400mを快勝したC.フリーマン

さらに一つ、今後もしかしたら出て来るかもしれないテーマが技術面での空気抵抗対策。
これについては、講演本編の「オチ」としてご紹介した、私オリジナルの少々突飛な考えを一例としていますので、詳しくは次回に。

(つづく)

ギャラリー
  • 『第42回全日本実業団対抗女子駅伝』大胆展望
  • <再掲載>連載「懐かしVHS時代の陸上競技」#3 ~1987年/第22回福岡国際マラソン
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  • 『第105回日本陸上競技選手権』観戦記+α その⑤⑥
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