遅ればせながら…ですが。
『第37回大阪国際女子マラソン』、松田瑞生(ダイハツ)の見事な初陣でした。
私がそれ以上に驚いたのは、『北海道マラソン』優勝がホンモノであったことを証明した前田穂南(天満屋)の走りっぷり。さすが天満屋・武富監督は、マラソンに特化した逸材をきちんと見極め、作ってきますよねえ。
昨年『名古屋ウィメンズ』で衝撃のデビューを飾った安藤友香(スズキ浜松AC)に続いて、ワールドクラスの若手有望選手が今後も次々と現れてくる、そんな楽しい期待を感じてしまう、「大阪薫英女学院OG」二人の活躍だったと思います。

松田選手が全国レベルで名を挙げた最初のレースは、おそらく2015年の『都道府県対抗全国女子駅伝』だったでしょう。
アンカー区間の10㎞のうち5㎞以上を、京都の奥野有紀子とビッシリ肩を並べてトップ争いを繰り広げ、トラック勝負最後の直線で鮮やかに抜け出して大阪を初優勝に導いたレースです。
この大会は、大阪と京都が鍔迫り合いをする間に後方から兵庫(林田みさき)と愛知(鈴木亜由子)がヒタヒタと追い上げ、結果的には4チームが1秒おきにゴールするという史上最高の大激戦でした。


そんな中で優勝をさらった大阪府は、9区間のうち8区間が薫英女学院(中学・高校)の現役またはそのOGという、まさに“オール薫女”チーム。大森菜月(立命館大2→ダイハツ)・嵯峨山佳菜未(高1→第一生命G.)・高松智美ムセンビ(中3→高校3在学中)・高松望ムセンビ(高2→東京陸協)・加賀山実里(高3→立命館大3)・前田梨乃(高2→豊田自動織機)・加賀山恵奈(高3→立命館大3)そして前年に卒業して唯一の実業団ランナーとなっていた松田…当時大学2年の大森が最年長という顔ぶれです。高校生だった5人は、全員が前月の『全国高校駅伝』で初優勝した時のメンバーでした。
ちなみに、松田は1年時から3年連続で『高校駅伝』に出場しており、2年時には2区で区間賞を獲得、トップで次走者(加賀山実里)にタスキを渡しています。
松田の1年後輩になる前田穂南は、『高校駅伝』初優勝時は3年生で補欠。それどころか実に高校3年間、すべて補欠登録されていた日陰の実力者でした。

松田は実業団3年目の2016年に、『全日本実業団選手権』10000mで優勝と初の32分切りを達成してトップランカーへと成長し、昨年の日本選手権優勝、世界選手権出場という大活躍を経て、今回の華々しいマラソン・デビューへと繋げました。まさしく順風満帆な躍進ぶりと言えます。
高校時代に表舞台に立つことのなかった前田(穂)は、天満屋で駅伝レギュラーの地位は確保していますが、北海道で脚光を浴びるまでの2年半は、高校時代同様にこれといった実績はありませんでした。


薫英女学院が高校駅伝界の「強豪」にのし上がってきたのはここ数年のことで、『全国』には2006年以来連続出場、2012年以降は6年連続入賞、そして2014年と16年に優勝を飾っています。初入賞の2012年は大森菜月(当時3年)と松田(2年)が1・2区を2位~1位で快走し最終5位、2014年は前述の5選手で立命館宇治とのマッチレースを制した年でした。
薫英躍進の旗頭であり、卒業後は学生長距離界のヒロインとまで言われた大森菜月は、大学1・2年時の活躍ぶりからするとその後ややスローダウン、実業団ルーキーイヤーの今年度も故障がちで、パッとした成績は残せていません。
2度の優勝の中心メンバーだった嵯峨山佳菜未は、実業団ルーキーの今季は『実業団駅伝』の1区でまずまずの走りを見せたものの、期待ほどの成長ぶりは見られていません。
中学時代からその類まれな素質を嘱望されていた高松ムセンビ姉妹も、ここへ来てやや伸び悩みの気配を伺わせています。


消長が激しい女子の勢力図は、今後どのように変化していくのでしょうか?…これを「薫女」の面々だけにスポットを当てて見ていっても、なかなか面白い相関図を描いていけそうです。

現時点でトップを独走するのは言うまでもなく松田です。ただ、大阪のレースは彼女のポテンシャルを十二分に引き出させる条件に恵まれていたことは、注意しておく必要があります。
何と言っても、『大阪』の陰の功労者は、ハーフまでペースメーカーを務めたイロイズ・ウェリングス(AUS)でした。大阪や名古屋ではお馴染みとなっている、ペースメイクの職人です。
ほぼすべての1㎞ラップを3分25秒の安定したペースで先頭を引っ張り続けたこと、さらにはその直後を任されたケニアのペースメーカーがバテてしまいペースダウンしかかったところで前田がスピードアップしたことが、特に初マラソンの松田にとっては絶妙の展開となった事実は見逃せません。

そこへ行くと、松田や、本来ならもっと速いペースが望むところながら今回は調整不十分でちょうどいいペースにハマっていた安藤友香らを相手に、「このままでは勝てない」と自らレースを動かしに行った前田穂南の状況判断は見事でした。惜しむらくは、その戦術を支える地力がまだ今一つ足りなかったということでしょう。
在学時代は日陰者だった前田穂南のさらなるジャンプアップには、私は大いに期待します。トラックレースの実績も5000m15分51秒83、10000m32分43秒42とまだまだですが、北海道・大阪ともに、マラソンの距離をトータルに捉えて戦術につなげるクレバーさを発揮していたように思えます。(インタビューを聞いてると、とてもクレバーには見えませんがね…福島千里以上の話下手)
今後、スピードに磨きをかけていくことにより、変幻自在のレース巧者へと成長していく可能性を持っていますね。
従来、トラックの実績はなくともマラソンでトップランナーの地位を築いた山口衛里や松尾和美、坂本直子、森本友、重友梨佐などのランナーを育て上げた天満屋の選手だという点が、この期待をさらに膨らませます。


次に待ち望むのは、「薫女OG」のリーダー格・大森の巻き返しです。リーダーと言ったって、まだ今年で24歳。ここ3シーズンばかりの不振が故障に起因するのだとすれば、潜在能力と「駅伝1区のスペシャリスト」の名にふさわしい勝負師ぶりはピカイチですから、何とか早く立て直して欲しいものだと思います。“ダイハツ再生工場”に期待ですね。(久馬姉妹のようになかなか再生しない選手もいますけど)
そして高松ムセンビ姉妹。妹・智美はゴールデンアスリートの名に賭けても、名城大への進学が噂される今季は大きな勝負の年としなければなりません。NIKEオレゴンプロジェクトへのテスト参加に挫折した姉・望は、実業団チームに加入しての巻き返しが、あるのでしょうか?
実業団2年目となる嵯峨山にも、立命館大の新たな主軸となる加賀山姉妹にも、また「強い方の前田」と言われた前田梨乃にも、奮起を願ってやみません。

もちろん、女子長距離界は「薫女」だけの世界ではありません。今回は不発に終わった安藤友香の「豊川OG」という最大勢力がありますし、有森裕子さんや高橋尚子さんのように無名校の無名ランナーから立身出世を遂げるケースも少なくなく、そのバックグラウンドは多種多様。
しかし今回のように、同じ学校の先輩・後輩が揃って活躍するようなことがあると、ついつい在学当時の、まだ顔の区別もついていない頃の記録や映像を引っ張り出してきて「ふむふむ」と独り得心する…陸上競技ヲタクには、こんな楽しみ方もあるのですよ。