IAAFダイヤモンドリーグ第10戦・ロンドン大会Ⅰで、女子100mHに待望の世界新記録が誕生しました。
DLレースでは珍しく2組の予選から行われ、決勝にはアメリカからDLトップのケンドラ・ハリソン、リオ代表の3人(ブレアナ・ローリンズ、クリスティ・キャストリン、ニア・アリ)に昨年前半のエースだったジャスミン・ストワーズ、地元イギリスからは第一人者のティファニー・ポーターと七種競技のスーパースター、ジェシカ・エニス・ヒルなど、名だたるメンバーが9人並びました。
序盤に少しもたついた感のあったハリソンですが、中盤からはいつものように独擅場。5~6台目あたりでは一人だけ1メートル以上抜け出す圧倒的な速さとその後も崩れない安定感で、全米女王のローリンズ以下をぶっちぎってゴールを駆け抜けました。
この時、ハプニングがありました。
世界中の注目を集める画面上のタイマーが、明らかにハリソンのゴールの瞬間から少し遅れて「12:58」という数字で停止したのです。
ということは、フィールド内に置かれた電光表示板にも同じ数字が表れているわけで、好記録の感触を体感していたであろうハリソンは、しばらく「あら?」という感じで少し浮かない表情をしていました。
数秒後、場内に大きなどよめきが起こり、先に正式タイムを知ったアリに教えられて、ハリソンの顔が歓喜のそれに一変しました。やがて画面に出た数字は「WR 12:20」!風は+0.3、世界新記録です。
今年の陸上界、これまで記録面での話題の中心はクリスチャン・テイラーでもアルマズ・アヤナでもなく、何といってもケンドラ・ハリソンでした。
5月28日にユージーンのDL第4戦で叩き出した12秒24は、1988年ソウル・オリンピックの直前に、そのオリンピックでも金メダリストとなるヨルダンカ・ドンコワ(BUL)が出した世界記録12秒21に0.03秒と迫るものでした。
女子100mHはここ数年、絶対女王と呼べる存在がなく、一時期その座に近づきかけたサリー・ピアソン(AUS)も故障で戦線を去って、次から次へと女王が移り変わる状況が続いてきました。その中で、今年に限ってはハリソンの速さと安定感は図抜けており、ダイヤモンドリーグでは出場全レースを圧倒的な大差で勝ってきています。
この先のDLレースで、あるいはリオ・オリンピックで、いよいよ28年間破られなかった大記録が破られるかもしれない…それは、あまり言いたくはないですが、当時の東欧選手によって打ち立てられたスプリント系・パワー系の種目の記録について回る「疑惑」を記録ごと洗い流してもらいたいという、陸上界の抱える悲願が一つ実現することへの期待感でした。
そのハリソンが、同じユージーンで行われた全米選手権でまさかまさかの6位に敗れてオリンピック出場権を失い、失意からの復帰戦として登場したのがこのロンドン大会。おそらく、このまま今年のDL戦線を独走状態で制することになるでしょう。
「実力ナンバーワンと衆人が認め、しかも世界記録を出したばかりの選手がオリンピックに出られない」
このことは、今後のアメリカの代表選考方式に論議の一石を投ずることになるかもしれません。「全米3着以外は問答無用」だったことが、将来もしかしたら変わることがあるかもしれない…それほどに大きな大きな出来事が、今日の世界新記録だったと言ってもよいでしょう。
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さて、今回のロンドン大会1日目の最大の注目は、ウサイン・ボルトの復帰レースとなる男子200mでした。
ジャマイカ選手権で100m決勝と200m予選をキャンセルし、こちらもハリソン同様本来なら「問答無用」に代表にはなれないはずのボルト。その実績により救済されたことは周知のとおりですが、今回のレースで万一故障再発、あるいは凡走に終わった場合にはその代表権を取り消される可能性もあるということ、そして何よりも本番での「2種目3連覇」へ向けて、状態はどうなのかを世界中が見守ったレースになったのです。
結果は19秒89で差をつけての優勝。
ゴール前は余裕というよりは、少し息の上がったようなところも感じられましたが、昨年の世界選手権と同様、どうやら本番のスタートラインには間に合うというところへたどり着いたようです。
もちろん、相変わらず猛獣ジャスティン・ガトリン(USA)が牙を研いで待ち構えていますし、今年は最大の難敵ともいえる同僚ヨハン・ブレイク(JAM)が戻ってきています。ボルトにとって、競技人生最大のピンチであることに変わりはなく、その答えの出るリオの100m決勝までは、あと3週間となっています。