オリンピックの翌年シーズンというのは、どの競技でも「新旧交代」が話題になるものです。
リオでの栄光や挫折そのものを機にシューズを壁に吊るす選手もいれば、もう1シーズンを花道に選び引退や転身を決めている選手も。前者の代表と言えば十種競技のアシュトン・イートン(USA)であり、後者は言わずと知れたウサイン・ボルト(JAM)やトラック撤退を明言しているモー・ファラー(GBR)が好例。
また、ビッグネームの中では“産休”を宣言している100m銅のシェリー‐アン・フレイザー‐プライス(JAM)、抜き打ちドーピング検査のための所在報告義務を怠ったために1年間資格停止となってしまった100mH金のブライアナ・ローリンズ(USA)、また五輪後の抜き打ち検査で違反が発覚したマラソン金のジェミマ・スムゴング(KEN…五輪成績には影響なし)など、引退こそしていないものの今季は活躍が見られない、というアスリートもいます。
そもそもリオ五輪の陸上競技には、大会3連覇の資格を有していた選手が5人(6種目)もおり、2種目でこれを達成したボルトを筆頭に、5人全員が出場して入賞を果たす(男子砲丸投のマイエフスキー以外の4人はメダル獲得)という、あまり記事にならなかったトピックがありました。3連覇を目指すというのは少なくとも8年以上世界の第一線で戦い続けているということで、これらの選手もまだまだ引退を表明したわけではないにしても、そろそろ一時代の変わり目を象徴する存在になりつつあることは、確かです。
一方で、昨年来急速に力をつけ、世界の陸上界でニューリーダーの役割を感じさせる選手たちがいます。私の情報収集力では、現時点でまったく無名の“超新星”を紹介するということは無理ですので、今回はこうした「ここ1年前後での上昇株」を何人かピックアップして、今季の世界選手権やDLでの活躍を展望してみましょう。
◆実現するのか、ハードル女王対決?
昨シーズン最も輝いた陸上アスリートは、100mHのケンドラ・ハリソン(USA)。長距離のアルマズ・アヤナ(ETH)も甲乙つけがたい実績ながら、リオ・オリンピック出場を逃した悲劇の直後に劇的な世界新記録を達成したドラマ性がひときわ光っていたと思います。
5月28日のDL第4戦ユージーン大会『プレフォンテイン・クラシック』で行われた女子100mHのDL初戦。ズラリと顔を揃えたアメリカ勢の中で、この時点でDL未勝利、身長163㎝の小柄なK.ハリソンは決して目立つ存在ではありませんでした。それが、2着以下に大差をつける圧巻のハードリングで初優勝。タイムは世界歴代2位の12秒24(+0.7)。4月にシーズンに入ってから12秒36、12秒56、12秒42と好記録を連発していたK.ハリソンが、ここしばらく混戦模様が続いていたこの種目のリーダーに躍り出た瞬間でした。
続く第6戦バーミンガム、第9戦ストックホルムでも圧勝を続けたK.ハリソンは、3枚の切符を巡る激戦が予想された全米選考会に“大本命”として乗り込みますが、快記録を出した同じオレゴンのトラックでまさかの6着敗退。しかしすぐに失意から立ち直ると目標を「DL総合優勝」に切り替え、その2週間後、ロンドンで行われた第10戦で12秒20(+0.3)をマーク、1988年以来28年間難攻不落を続けていたヨルダンカ・ドンコワ(BUL)の記録を破りました。
オリンピックに出場できなかった世界記録保持者として、結局DLではオスロ大会を欠場した以外は予選・ポイント対象外レースを含めて8戦全勝のツアー・チャンピオン。どのレースでも正確無比なハードリングで2着以下に大差をつけ、オリンピック・チャンピオンのブライアナ・ローリンズにも3タテを浴びせました。
リオでは表彰台を独占してのけたアメリカ勢の中にあっても、その強さと安定感は図抜けていました。たった一度の失敗レース(全米選考会決勝)を除けば、です。
K.ハリソンはDL制覇によってすでに今年の世界選手権ワイルドカードを手中にしており、今度こそ「大本命」としての力を如何なく発揮しての金メダルが期待されますが、もう一つの興味として、前例のない「400mHとの2冠への挑戦」が果たして試みられるのかどうか、ということがあります。
2015年にはシーズン5位となる54秒09というタイムを出しており、その後の100mHでの成長度を考えると、優に53秒台前半では行ける力があるものと思われます。
もしそれが実現したとして、その前に立ち塞がるのが、オリンピックを53秒13で制したダリラ・ムハマド(USA)です。
ムハマド自身も、昨年の全米選考会で突如52秒台に突入して混戦の種目を抜け出した急成長株。前年までのPBが55秒76、400mのPBが昨年4月の52秒64というのですから、その急成長ぶりが伺えます。細身の体形と長い黒髪をなびかせて疾走する姿は、アリソン・フェリックスに代わるスター性も十分です。
今季は5月27日のDL第3戦・ユージーン大会に登場。早くもZ.ヘイノヴァ(CZE)、S.ペターセン(DEN)、A.スペンサーといった強豪とぶつかる予定になっています。
いっぽうのK.ハリソンは、5月20日にジャマイカで行われるワールド・チャレンジ・ミーティングに出場予定。今年もすでに室内レースで順調なところを見せており、アウトドアでの世界記録更新にも十分期待が持てそうです。
K.ハリソンとムハマドの400mH対決…ぜひとも実現してもらいたいものですね。
◆直接対決も、世界記録先陣争いも
「新世代どうしの対決」という図式で楽しみな種目は、他にもあります。
一つはA.アヤナとゲンゼベ・ディババ(ともにETH)による5000m、3000mの世界記録争い。
2015年はゲンゼベが1500mで22年ぶりに世界新記録を出し、5000mでもあと4秒少々のところへ迫りましたが、世界選手権ではアヤナがDLパリ大会の雪辱を果たして金メダル、記録ランキングでも僅かにゲンゼベを上回りました。
昨年はゲンゼベが故障でオリンピック間際での復帰となったこともあって、5000mのレースには1回も出場せず、逆にアヤナはリオの10000mで驚異的な世界新記録を叩き出し、5000でもDLローマ大会で世界記録まであと1秒44と迫りました。
一昨年のDLチューリッヒ大会3000m以来、両者の直接対決はありませんが、ともに順調ならば嫌でもロンドン世界選手権では相まみえることになるでしょう。現状ではアヤナの勢いが一歩リードしている感があるとはいえ、ともにラスト勝負よりはロングスパートで決着をつけたい同タイプどうし。10000m29分17秒を誇るアヤナのスタミナが勝るか、1500を3分50秒で走るゲンゼベのスピードが勝つか、5000mはその時のコンディションによって勝敗が決しそうです。
同時に、DLで5000m種目の一つとして数回行われる3000mでも、レコードブックに唯一残った中国「マー軍団」の記録、1993年にワン・ジュンシャが出した8分06秒11への2人のチャレンジを期待したいところです。
価格:13,400円 |
◆華やか艶やか“空中決戦”
もう一つの注目種目は、女子棒高跳です。
かつてエレーナ・イシンバエワ(RUS)が華やかに彩ったこの種目も、世代交代を象徴する2人の選手、オリンピック&DLチャンピオンのエカテリニ・ステファニディ(GRE)とランキング1位の5m00を跳んだサンディ・モリス(USA)の“対決”が注目を集めます。
ステファニディは昨年のシーズンイン時点では、同国の2015年DLチャンピオン、ニコレッタ・キリアポウロウの陰に隠れた無名の存在でした。インドアで4m90を跳んで躍進の予兆は見せていましたが、アウトドアでは4m71がPBだったのです。この種目では1月に室内で5m03を跳び3月の世界室内を4m90で制したジェニファー・サー(USA)がまだまだ健在で、世界室内前哨戦で4m95を跳び本番でも2位に食い下がったモリスがこれに続いていました。
DL第1戦のドーハはモリスが4m83で勝ち、ステファニディは3位。しかし4m73は2年ぶりの屋外PBで、ここから彼女の快進撃が始まります。
ドーハ以降はDLに姿を見せなかったモリスと対照的に、オリンピックまでのDL5大会で4勝、記録も4m75から75、77、81、80と、無類の安定感で着実に伸ばし、自国選手権でPBを4m86にまで引き上げました。その勢いのまま、リオでは4m85の同記録でモリスを振り切り金メダル。DLも最終戦を待たずにツアー優勝を確定させ、その飛躍ぶりはまさに2016年の新人賞ものでした。
モリスはDL初戦の後に負傷して全米選考会にギリギリ間に合わせ、ここでもサーに次ぐ2位でオリンピック出場権を獲得。本番で早々に姿を消したサーに代わって、ステファニディとの一騎討ちに惜敗すると、DL最終戦では逆にステファニディを圧倒、史上3人目の5mヴォルターとなりました。
元来、非常に多くの試合に出場するタイプで、今年はすでに室内4戦に出場。うち1回はステファニディとのリマッチとなり、今度はステファニディが4m82で雪辱しています。
ともに順調ならば、DLでも頻繁にマッチアップが見られそうな両者の対決。“安定感”のステファニディ(27)か、“一発5m”のモリス(24)か、はたまた“旧勢力”サー(35)やキリアポウロウ(31)、ヤリスレイ・シルヴァ(CUB=29)らの巻き返しか、もともと予断を許さない種目だけに楽しみ…もちろん、私はモリスの応援です!
https://www.iaaf.org/news/preview/iaaf-world-indoor-tour-dusseldorf-preview
またまた女子の話題ばっかりですみませんね。他にも注目の「対決」はいろいろとあるんですけど、記録レベルが高い選手どうしの決戦が昨年までは見られそうでなかなか見られなかった、今年は見られるかな?…という意味で今回この3種目を取り上げた次第です。
間もなく『ワールド・リレーズ』が始まりますね。
国内では『ぎふ清流ハーフマラソン』に『兵庫RC』『出雲陸上』、それから混成競技後半。今日の日曜日は忙しくなりそうです。