大会期間中には当ブログにもたくさんのご訪問をいただき、ありがとうございました。
長文記事を投稿するに際しての宿命といいますか、「見るだけで精一杯」の状況が終盤に押し寄せまして、書く方が間に合わなくなってしまうということになりました。ほとんど触れずに終わってしまう種目も多々ある中で、これだけは書き残しておきたい、というものが一つ残っていましたので、今さらながらではありますが追記しておきたいと思います。(実はほとんど書き終わっていたんですが、細部を推敲しているうちに日が過ぎてしまっていたのです)
終盤8日目の最もエキサイティングだったレースが、女子3000mSC決勝です。
「展望」の⑤で書いたように、この種目は今季世界記録保持者のルース・ジェベト(BRN)とケニア勢3人による熾烈でハイレベルな大混戦、そこにアメリカの実力者エマ・コバーンが割って入るか、という展開が予想されていました。
まずは、ケニア勢の一角ベアトリス・チェプコエチの“独演会”でレースは序盤から大混乱。
第3コーナーからフィールド内に切れ込む水濠障害の1回目、余裕たっぷりに先頭を走っていたチェプコエチは何を勘違いしたか、内側に切れ込まずに通常のトラックを走り、水濠の外側を通り過ぎてしまいました。慌ててコースに戻り水濠を跳び越えた時には、集団の最後尾から30メートルほども遅れてしまっています。
TV実況では、水濠がトラックの外側にあるものと勘違いしたかのようなことを叫んでいましたが、そんな“特殊な”形状のスタジアムは日本にくらいしかありません。明らかに、水濠の存在を忘れて通常のトラックのカーブに沿って進んでしまったものです。ぼーっとしていたのか、逆に金哲彦さんの言うように走りに集中し過ぎて曲がるところを見失ってしまったものか…?
まだペースが遅かったことにも助けられて、チェプコエチは半周で早々に集団に追いつくと、先頭に近い位置を目指して猛然とスピードを上げたのですが、今度は第2コーナー過ぎの障害で足を引っ掻け転倒。数人を巻き込んだだけでなく、後方の騒ぎを察知した先頭集団がペースを上げたために、14選手の位置取りは3周目にしてバラバラになってしまいました。
この間、チェプコエチは単純なタイムロスだけでも10数秒、それでも走力にものを言わせて先頭集団に追いつくと、ラスト1周では再びトップに立つなどしてレースを大いに盛り上げます。結果的には最後の優勝争いからは脱落してしまいますが、走りの安定感やケニアらしからぬ端正なハードリングはジェベトを含む「ケニア4強」の中でも一番好調と見えていただけに、自ら大波乱の立役者となってしまった感があります。
ケニア3人、バーレーン・アメリカ各2人で形成された先頭集団は、まずウィンフレッド・ヤヴィ(BRN)が脱落。残り1周で先頭に立ったチェプコエチのペースに堪りかねて、注目の18歳・チェスポルが後退。第3コーナー手前の障害で世界記録保持者・ジェベトが、最後の水濠手前ではチェプコエチが落ちていき、と障害を迎えるたびに速くなるスピードに優勝候補が次々と音を上げていきます。
残ったのは、ハイヴィン・キエン、コバーン、コートニー・フレリクス(USA)の3人。最後の水濠のテクニック差で一気にトップに立ったコバーンがそのまま押し切り、予想だにしなかったアメリカ勢のワンツー決着となりました。
※ハイヴィン・キエン・ジェプケモイは放送では「ジェプケモイ」と紹介されていましたが、DLなどでは「キエン」で定着しているのでこちらを採用。とはいえケニア人もまた、呼称がややこしいです。ビブスに表記されている名前からして大会ごとに異なるのは、本人もしくはチームがそのように登録しているわけで、何を考えているんでしょう?男子のビダン・カロキ・ムチリなども然り
「展望」で、コバーンの勝機はケニア勢4人による消耗戦になった場合だけ、と予想しましたが、序盤の失策で熱くなったチェプコエチの独り相撲が、どうやらそうした展開を作り出してしまったようです。とはいえ、これまでケニア勢のハイペースに付いていけず、追走集団で我慢するレースを続けていたコバーンが、ここへ来て9分02秒58(大会新)の大幅自己ベストで走った上に、ただ一人冷静にレースを進めていたキエンをねじ伏せたわけですから、今回は文句なしの実力勝ちと言えるでしょう。
まして、全米2位のフレリクスはPBを20秒も縮める快走、これには「アメリカ中長距離勢躍進の不思議」を感じないわけにはいきません。
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リオ五輪では男女中長距離種目のほとんどで決勝進出を果たし、1500m金のマシュー・セントロウィッツをはじめクレイトン・マーフィー、ポール・チェリモ、エヴァン・ジャガー、ゲーレン・ラップ、ジェニー・シンプソン、コバーンと数多くのメダリストを輩出したアメリカは、今大会でもケニア・エチオピア・ウガンダのアフリカ3強と遜色のない長距離王国ぶりを示しました。ケニア出身のチェリモはともかく、多くが白人選手による活躍です。
アメリカ中長距離チームの特徴は、アフリカ勢のようにペースの乱高下を演出したり最後の直線に猛烈なダッシュ力を武器にするというのとは一線を画し、激しいレースの流れを集団の前方でじっと我慢しつつ食い下がった上で、なおゴール前の最終局面に脚を残しているというしたたかさにあります。
長距離ニッポンが奔放なアフリカ勢の長距離戦術に対抗するにはこういうレースをしなければならない、しかしそれを実現するには今に倍する走力の養成が必要…それを実現しつつあるのが、現在のアメリカ長距離軍団だと言えるでしょう。
なぜ、そういうことができるようになったのか、アメリカ長距離界のおそらくは構造や育成法に起因するこれらの躍進の理由には、とても興味があります。
また、こと3000mSCに関して言えば、コバーンにしろ男子のジャガーにしろ、そのハードリングの技術には見るべきものがあります。
日本選手の場合、ハードルを無理してノータッチで跳び越すよりは、むしろいったん足を掛けたほうがスピードを殺さずにいいと思われるケースが目立つのですが、アメリカ勢のハードリングは見た目にも美しく、その上に着実に相手よりもタイムを稼ぐ、優れたものに見受けられます。
水濠障害では、ノータッチで跳び越すケニア勢のハードリングを「すごい!」と讃嘆する向きがあります。私は、そんな跳び方で水濠の深みに着水するよりも、ワンタッチで浅場に降りる方が絶対にいいと思っています。どの障害でも、一つ越すたびにアフリカ勢との差を詰め、あるいは拡げていくアメリカ選手を見習うべきだと思うのです。
一方のケニアにとっては、「国技」とも言える男女の3000mSCで、今大会は「王国崩壊」の危機に瀕する結果となりました。
幸い男子では、現在の絶対王者コンセスラス・キプルトが懸念された脚の故障の影響もなく快勝しましたが、彼がもし3週間前のDLモナコの状態ならば、ケニア男子は「メダルなし」の惨敗に終わっているところでした。1991年東京大会以来、自国出身のサイフ・サイド・シャヒーン(QAT)以外に譲ったことのない王座は、今やキプルト1人が支えている状態です。
女子は意外なことに2013年モスクワ大会のミルカ・チェモス・チェイワが初優勝で15年北京大会のキエンに続き、今大会でようやく国技としての威容を発揮できるかというところでしたが、この種目における想像を上回るレベルアップの前に目論見が崩れた感があります。
昨シーズンはジェベトとキエンによる単調なレースが続いた女子3000mSCは、今季に入ってチェスポルの台頭、チェプコエチの成長で俄然、面白さが倍増してきたところへ、アメリカ勢の強烈な殴り込みです。
24日に行われるDL最終戦チューリッヒ大会では、ポイントのないフレリクスを除いた「5強」による年間ツアー・チャンピオン争いが期待されます。(現状コバーンはポイント9位で、この種目の最終戦出場者が8名なのか12名なのか不明なため、出否は微妙なところですが)
これは必見です!