豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

箱根駅伝

箱根駅伝のミカタ ⑤~豪快なダウンヒルがカギ握る


いやっははは、2018年は初っ端から赤っ恥続きです。
展望の片隅にも触れなかった東洋大が往路優勝、そーっとイチオシの順天堂大は主砲コンビがズッコケて8位折り返し。
いやね、1~3区の顔ぶれを見たら、東洋は挙げておくべきでしたね。昨年も往路が終った段階で「復路はシード権争いに汲々としそう」だなんて書いたのに総合2位。今回の往路1位もそうですが、どこか地味~で華のなさを感じさせる、それでいてスキを作らない全員駅伝がいちばん強いってことなんですよね。それを実践した4・5区の1年生が想定以上でした。
まあ、駅伝の予想と結果なんて、こんなもんでしょう。(と開き直る)
神奈川が15位、東海が9位だなんて、誰が予想できますか?

まあ、青山学院大に関して言えば、往路の結果はいろいろな想定のちょうど真ん中あたりに来たなという感じがします。4連覇は、見通しが立ったんじゃないでしょうか?
何と言っても、復路の口火となる山下りに、最高のスペシャリスト・小野田勇次がいますからね。

◇新春のスペクタクル・6区の面白さ
標高差800m以上を一気に駆け下る…陸上ロードレースで、こんなダウンヒル・ゲームは他に類を見ません。山登りレースというのは稀にありますから、その意味では5区以上に特殊なコースが6区の山下りということになります。
下りの走りというのは一見ラクそうですが、普通の人が普通に走ると重心を後ろにして踏み出す脚を突っ張るような姿勢になり、知らず知らずのうちにブレーキをかけながら走ることになります。これを長い距離続けると、脚の筋肉といい、膝などの関節といい、さらに足裏の皮膚といい、ことごとく重大なダメージを被ってしまいます。
私のような素人ランナーの場合、「坂をボールが転がり落ちるように、力を使わずに走る」という意識を持つことくらいしかできませんが、プロの走り屋たちはさらに細かいフォームや適切なストライドとピッチに気を配り、「転がり落ちる」走りを具現化していきます。
それでも、上手な人とそうでない人とではスピードも下りの持久力も大きな差が生じやすく、上りの5区ほどではないにしろ、意外なほどのタイム差になりがちです。区間上位でゴールした選手であっても、ひとたび控えテントに入ってみると足裏の皮がベロリと剝けている、なんていう様子が時折後日談的に紹介されたりします。

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◇濃霧を突き破った仲村明(前順大監督)
「山下り名人」についてまとめてみようか…と考えていたら、年末の日テレG+でちょうど同じような企画で過去の大会ダイジェストを再放送してまして、「山の神」と称された3人のクライマーとともに、「下りの名人」として仲村明(第64回大会・順天堂大)、川島伸次(第65回・日本体育大)、金子宣隆(第77回・大東文化大)といったダウンヒラーが区間賞を獲得した大会が放映されていました。

私が当時強烈な印象で記憶していたのが、1988年第64回大会の仲村明(一昨年までの順大監督)です。
この時の箱根は、すっぽりと厚い雲の中に閉ざされたような天候で、スタートから恵明学園付近あたりまで、選手は視界のほとんど利かない濃霧の中を次々と駆け降りていきます。霧の中に監督が乗るジープのヘッドライトが黄色くぼうっと浮かび上がり、その光に照らされた選手の姿が辛うじて見えるという状態がしばらく続きました。中でも2位に6分以上の大差をつけてスタートした小柄な仲村が、ただ一人で、まさにコロコロと転がり落ちるように、脚をもの凄いスピードで回転させながら走る姿が非常に印象的でした。
当時は往路・復路とも、芦ノ湖と元箱根を結ぶ経路が現在とは異なるものの距離は大差なく、仲村は第62回大会で若干のコース変更があってから初めての60分切りとなる59分26秒の区間新記録で駆け抜け、2位との差をさらに1分42秒も拡げました。
途中、箱根登山鉄道の踏切では、仲村の通過時にちょうど遮断機が降りるというアクシデントが発生し、仲村だけが素早くこれをかいくぐったものの中継車、先導の白バイなどが立ち往生するということが起こりました。このため、テレビの映像には先行する仲村を白バイが猛スピードで追いかけ、これをさらに追走する中継車が前向きに走者を捉えるという珍しい光景が映し出されました。

私がテレビを通じて見た中では最も印象深い山下り名人が、この時の仲村でした。同時に、この時以来6区という区間が大好きになりました。
ただ、6区で「史上最強のダウンヒラー」と言えば、第57回から3年連続で区間賞を獲得し、59回には57分47秒という驚異的なレコードで駆け降りた谷口浩美(日本体育大)ということになります。
(詳細は不明ですが、6区のスタート地点または小田原中継点、もしくは道路の形状に微細な変更があったようで、62回大会から新たな区間記録が認定されました)
後年、男子マラソンでは日本人選手唯一の世界チャンピオン(91年・東京大会)となる谷口のダウンヒラーぶりは、日テレによるTV中継がない時代のことで、何かのダイジェスト映像でちらりと見た記憶があるだけですが、回転するというよりは「地を這う」ような、猛烈なピッチ走法が印象に残っています。


◇死闘制した高野寛基のガッツ
仲村と同じくG+で取り上げられた金子宣隆が、コース変更のあった第75回以降の区間記録を塗り替えたのが第77回(2001年)。この時の58分21秒は千葉健太(駒澤大)が破るまで、10年という時間を要しました。
その2011年・第87回大会の熾烈なダウンヒル・バトルもまた、強烈な印象を残しています。それは、区間賞の千葉の遥か前方で、総合3連覇を狙う東洋大・市川孝徳(現・日立物流)と千載一遇の3冠のチャンスをものにしようとする早稲田・高野寛基の間で繰り広げられました。

3回目となった「山の神・柏原劇場」で往路優勝を遂げた東洋はしかし、早稲田の5区・猪俣英希の踏ん張りによって、アドバンテージは僅かに27秒。復路がスタートすると猛然と差を詰めた高野が追い付き、小涌園前から抜きつ抜かれつの激しいバトルが始まりました。
4年生ながら駅伝でも個人レースでも全くと言ってよいほど実績のなかった高野。しかし、4年連続6区を務めることになるスペシャリスト・市川の度重なるスパートをそのつど凌いでは逆襲に転じる、闘志をむき出しに走るその姿は、見る者の心を震わせるに十分なものでした。寒さに凍結した路面に足を滑らせ激しく横倒しに転倒した時も、素早く立ち上がるとすぐに先行する市川の前に出るという、鬼気迫るようなガッツに魅了されたものです。
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結局高野は箱根湯本を過ぎた平坦部分で渾身のスパートを放って市川をねじ伏せ、逆に36秒のリードを奪って早稲田を再びトップに押し上げました。
最終的に21秒差で早稲田が東洋を振り切ったこのレース、直接的には1区・大迫傑の果敢なロケットスタートで築いた貯金が大きくモノを言った一方、勝敗を決めたMVPは山で奮闘した猪俣・高野の、ともにこれが引退レースとなった4年生コンビだったと言えるでしょう。
特に高野は、記録には残らない、しかし私の記憶の中では稀代の名ダウンヒラーとして残り続けます。

◇寝坊厳禁!6区の逆転劇を見逃すな
函嶺洞門バイパスができて距離が約40m長くなったのが3年前。一昨年、昨年と、2年続けて秋山清仁(日本体育大)によって区間記録は58分01秒にまで高められ、おそらく現行コースよりも距離が短かったであろう時代に唯一人、谷口だけが記録した57分台の世界も間近に見えてきました。
秋山が新時代のダウンヒラーとして名を馳せたここ2年で、いずれも区間2位の好走を見せているのが、青学復路の切り札・小野田勇次です。

小野田のダウンヒルは、高速回転のハイピッチ走法というよりは、脚の長さと柔軟さを活かしたソフトタッチのストライド走法です。1・2年時に見せたパフォーマンスからすれば、58分31秒という1年時のタイムをさらに大きく縮める可能性は、十分にありそうです。
受けて立つ東洋は2年生の今西駿介をエントリー。下りの実力は未知数ですが、東洋は市川の卒業以降、6区が一つの弱点となっているのが気がかりなところでしょう。
7年前の高野だけでなく、その前にいた加藤創太、現行コース最初の区間賞・三浦雅裕と、意外に6区に好選手を輩出しているのが近年の早稲田。ノウハウは持っています。
優勝候補から一転シード権獲りに奔走しなければならなくなった神奈川大は、前回6区4位の鈴木祐希を10区にエントリーしてしまったため、どういう人材を持ってくるか?
首位・東洋から2位・青学までは僅か36秒。3位・早稲田までは1分56秒。
スピード感あふれる逆転劇が見られそうな予感がします。
1区同様、復路の戦いもまた、寝坊は許されませんよ!

箱根駅伝のミカタ ④~混戦第94回は予測不能


◇その前に、『実業団』を振り返り…
『第62回全日本実業団対抗駅伝』は、大方の予想どおりに旭化成・Honda・トヨタ自動車のいわゆる「3強」による優勝争いとなり、充実したメンバーを揃えた旭化成が2年連続23回目の優勝を果たしました。

大物新人が大量加入した一昨年シーズン以来、戦力的には文句なしのナンバーワンと目されてきた旭化成が、今回は創部以来初の2区外国人選手の起用もプラス材料となり、その2区以降一度も首位を明け渡すことのない快勝ぶりとなりました。
逆に言えば、従来同様「純血主義」で臨んでいたとしたら、あるいは当のケニア人ランナー、アブラハム・キプヤティチが平凡な実力であったら2区での“急降下”は免れず、今回の連覇は危うかったかもしれません。近年の駅伝は各チームとも選手の力が拮抗しており、強力メンバーを揃えた旭化成といえども全員が100に近いパフォーマンスを示さなければ、また序盤の1区・2区で後手を踏まないようにしなければ、頂点に立つのは難しいということです。 これは、『箱根』にも通じることですね。

東日本では勝ててもなかなか本戦での栄冠に届かないHondaは、設楽悠太が期待どおりにゲームチェンジャーとしての仕事をやってのけましたが、勝負どころの6区に38歳の石川末廣を起用せざるを得なかった点に、「あと1枚」のコマ不足を印象付けました。

トヨタ自動車はメンバー構成としては万全と思われたにも関わらず、3区・田中、6区窪田の仕上がり具合が今一つだったのが響いたようです。

相変わらず予想よりは上位に来るのがトヨタ自動車九州。今井正人以外にビッグネームのいないチームが毎回この位置前後でゴールするのが、駅伝の不思議なところです。その今井、年齢的にもピークは過ぎていると思われるのに、闘将としての存在感は抜群。7区でコニカミノルタを入賞圏内に引き上げた神野大地にも言えることですが、これが「山の神」の真骨頂=ハートの強さではないかと思わされます。

日清食品グループの凋落ぶりは、村澤明伸をはじめとする中軸選手の区間成績が軒並みあの体たらくでは何とも言いようがありません。7区で区間3位と気を吐いた佐藤悠基には、ぜひとももう一花をと、期待してしまいます。

1区・遠藤日向の「殊勲賞」で波に乗り、目標を大きく上回る11位に来たのが渡辺康幸率いる住友電工。それにしても、インカレで外国人ランナーをも振り切った服部弾馬(トーエネック)のラストスパートに競り勝った遠藤の強さが見られたのは、今大会最大の収穫でした。

そして、私にとって新年最初の「大恥」は、日立物流の撃沈。日本人エース・浅岡満憲の故障欠場で前半の好位置を4区で失うことになり、田口・市川・設楽兄と並べた後半も音沙汰なしのままということになりました。

◇「予想」はしないけど、往路展望
そしていよいよ、『箱根』が間もなくスタートします。もう大手町では、観戦スペースの陣取り合戦が激しくなっている頃でしょう。
こちらの下馬評は、
「青学の4連覇なるか?阻むのは東海か神奈川か?…他にもいろいろいるぞ」
の「3強+6校」説。(6校は、東洋・早稲田・順天堂・中央学院・日体・駒澤)
その実態は、圧倒的な布陣で3連覇を飾った青学の戦力がやや低下し、各チームが拮抗した戦国模様です。

メンバー表だけ見れば、「黄金世代」が2年生となった東海大の層の厚さが群を抜いていますが、このチームは伝統的にスピード駅伝の出雲には強くても、箱根のタフさをクリアすることには疑問符が付きまといます。
もちろん、それぞれがハーフマラソンでも実績を残し、62~63分台をズラリと並べたオーダーは圧巻の趣があります。ですが、その走力が、前に指摘したような各区間の細かいタフさに通用するものなのかどうか、そこが問題なのです。独自のクロスカントリーコースを備え、また佐久長聖高での指導で実績のある両角監督に率いられるチームに、タフなコースへの対策は遺漏ないはずなのに、これまで何度も優勝候補に挙げられながら総合優勝の経験がないということが、どうしても引っ掛かります。
勝つとすれば11時間を切る圧勝、しかし…?というのが私の見立てです。

昨年大会で突如予想外のブレイクを果たした神奈川は、どうでしょう?昨年同様に1・2区の先手必勝作戦が決まれば、昨年以上に厚みを増した戦力でそのまま突っ走る可能性がありますが、どこか1区間でも想定が狂えばガラガラと崩壊する、そうしたギリギリの陣容だという気がします。
連覇を果たした1998年には、横浜高校が春秋の甲子園を連覇し、秋には横浜ベイスターズが日本一になった「横浜の年」。今回はといえば、横浜DeNAは野球で「準日本一」、ニューイヤー駅伝では激戦の入賞争いを制して6位、そして横浜F.マリノスも「準日本一」と、「今一歩」の成績が続いています。果たして『箱根』は…?

対抗格の2校にそれぞれ不安要素があるのに比べると、青学には選手層の厚さと田村・下田・小野田といった切り札の存在、加えてここ数年間で培った箱根を走る経験の強みがあります。往復総合で11時間前後の勝負になるとすれば、やはり「本命」はここではないでしょうか。
今や『箱根』の広報担当となった感のある原監督のコメントを総合すると、往路優勝はせずともよいと考えているような印象を受けます。3区の田村で傷を最小限に抑え、首位から1~2分差で折り返せば、6区・小野田で優勝戦線に復帰し、後半投入が予想される下田で一気に決着させる…やはり復路にコマを持っている強みが、こうした計算を可能にするわけです。


「打倒青学」の芽は、意外に「6校」の中から現れてくるかもしれません。比較的新興勢力と言える中央学院を除いては、いずれも『箱根』の戦い方・勝ち方を熟知する伝統校ばかりです。
中で、私が特別に「ヒイキ」するのは順天堂大。1区・栃木渡(当日エントリー変更で投入されると言われています)、2区・塩尻和也で目論むロケットスタートは、同じ作戦の神奈川の出鼻を挫く可能性を十分に感じさせ、それがハマったほうのチームが、一気に突っ走ることになるような気がします。5区に実績のある山田攻を擁しているのも強みで、ここまで青写真どおりに進めばあとは「復路の順大」の底力で押し切ることもあるのではないか、というのが私の初夢、というか初妄想。

まあとにかく、見ましょう!今年も箱根までのテレビでの旅を、存分に楽しみたいと思います。

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箱根駅伝のミカタ ③~駅伝中継の楽しミカタ


あけましておめでとうございます。
このブログも足掛け3年目を迎えることになりました。ここんとこは投稿の頻度が下がって覗きに来ていただいている方々にはご迷惑をおかけしますが、何とか時間を作って続けていきたいと思っていますので、本年も変わらずよろしくお願い申し上げます。

さて、「箱根のミカタ」の構想に時間かけてるうちに、2回書いたところで年が明けちゃいました。もう間もなく、『全日本実業団対抗駅伝』がスタートを迎えてしまいます。こっちの方も何かと展望記事を書きたかったところですが、ちょっと時間的にムリ。
チーム・オーダーを見る限り、昨年の1・2位、旭化成とトヨタ自動車が一歩抜けてるかな、という感じはします。特に旭化成は伝統の純血主義を遂に放棄し、2区に外国人ランナーを起用したことで、「弱点」がなくなりました。日本記録保持者の村山紘太やオリンピック・ランナーの佐々木悟が補欠に回らざるを得ないという贅沢なメンバーで、「補欠」の5人にキャプテン丸山文裕、出口和也、有村優樹あたりを加えれば、優勝候補チームがもう一つ組めそうです。
しかし、意外に駅伝で個々の実力が発揮できていないのがこのチームの本当の「弱点」。同じような豪華メンバーだった前々回やここ数年の九州地区大会(毎日駅伝)など、勝って当たり前のレースで敗れ続けています。やってみないと分かりませんね。

ナンバー10くらいまでのチームは、どこが勝ってもおかしくないと思われます。私が今回「ひょっとしたら3位くらいまで?」と特に注目するのは、前回10位・予選会4位の日立物流。設楽啓太が加入したというだけでなく、メンバーそれぞれが実力をアップさせてきています。1区の栁利幸が、早稲田時代のようにポカをやらかさないかどうかです。
その1区には、旭化成の茂木圭次郎、トヨタの藤本拓はもとより、DeNA上野裕一郎、Honda田口雅也あたりが虎視眈々と区間賞を狙います。下位チームにも、服部弾馬(トーエネック)や遠藤日向(住友電工)といった区間賞候補がいます。面白そうですね。

あ、結局『実業団』の展望に触れちゃいました。
『箱根』については、<すべてがエース区間><クライマー/ダウンヒラー烈伝><出でよスーパールーキー>といったテーマの文章を構想してたんですけど、今回はちょっと角度を変えて、「駅伝TV観戦の楽しみ方」について、私なりの考えを披露させていただくことにします。

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◇駅伝TV中継のありがたみ

駅伝に限らずロードレース全般を、「テレビで存分に楽しむ」という文化が根付いているのは、おそらく日本だけではないか、と察します。
50年以上も前にヘリコプターを移動中継局とすることで「マラソン完全生中継」を実践している日本では、当初から「選手に先行する移動中継車から後ろ向きにカメラを据え、選手グループの正面映像をつぶさに撮影する」という独自の手法を編み出しており、これがレース全体の流れを把握するのに大いに寄与しているのです。
オリンピックのマラソン中継でさえ、1964年の東京でこの手法で中継されてから後、続くメキシコシティやミュンヘンでは要所に設置された固定カメラからの中継のみ、(次のモントリオールは記憶にない)84年のロサンゼルスは完全中継でしたが、バイクをメインとしたカメラのアングルは斜め前方や横から、あるいはヘリコプターによる上空からというものが主体でした。
また海外の中継では、レースの全容を伝える「引き」よりも選手の表情を中心とした「寄り」の映像が多く、それはそれで近年のカメラの精度をアピールするには結構なんですが、いかんせん競技の趨勢がなかなか伝わってこないのでもどかしい。また、スプリットタイムやラップタイムなどのデータ紹介も、遥かに雑です。
2台から3台の中継車を駆使し、加えてバイクからの寄り映像を交えて送り届けられる群馬や箱根路からの中継は、ロードレースが大好きな日本ならではの、創意と技術の粋が尽くされた素晴らしいTV番組だと言えます。

2時間なり5時間なりのレースの中には、じっと見ていれば素人でもそれと気づくような「変化」が次々と、予期せぬタイミングで現れます。それはアクシデントのような顕著な形をとらなくとも、ランナーの動作や表情だったり、途中のタイムに見出せる微細な合図だったり、天候の急変や沿道の観客のざわめきだったり、さまざまです。
中継車が映し出す複数の選手の動きの中から、そうしたちょっとした変化を見つけては、次の展開を想像し、結末を思い描く…駅伝の面白さの一つは、そうした楽しみが区間の数だけ繰り返されることでしょう。退屈などするはずがありません。
それを余すことなく伝えてくれる、テレビ業界の技術というものを、まずは堪能していただきたいものです。

◇ツッコミどころ満載、それもお楽しみ
いっぽうで、野球やサッカーの中継と違って、現場が少ないゆえになかなかスタッフやアナウンサーの技量が向上しないのがロードレースの難しいところで、したがって制作クルーとしては経験を積んだベテランほど貴重な戦力となるのですが、そこは会社組織の悲しさでなかなか都合よくは機能しないということになります。
バラエティ番組の感覚で妙な演出を施したり、血気に逸った若手アナウンサーの絶叫によってぶち壊しになりがちなのが、この手の中継の陥りがちな、視る側をイラっとさせるところです。
『箱根』を中継する日テレの場合、アナウンサー自身による取材体制が徹底されている社風があるのでまだ救いがある一方、『ニューイヤー』のTBSは世界選手権のレギュラーBSでありながら、いつまでたっても進歩しないところが見受けられます。

ロードレース中継を実況したり、あるいは私たちが観戦する上で最も肝要なのは、「タイムと距離」の感覚が身についているかどうかです。
たとえば、「1kmを3分ちょうどのペースで走っている」…これは、ペースとして速いか、遅いか?…
この「3分/km」というのはちょうど「60分/20km」、つまり時速20kmというスピードになるため計算がしやすく、また男子マラソンを2時間6分台で走るための平均ペースということになるので、いろいろな状況を想定しやすいんですね。100mあたりでいえば18秒ちょうどです。
「速いか遅いか?」でいえば、「条件やランナーの走力によって異なる」のが正解。
マラソンで「3分/km」であれば、上記のように日本人選手全般にとってはまずまずの好ペースながら、世界のトップランナーにとっては「遅すぎる」と感じられるでしょう。
走破距離が20km程度であれば、大学生のトップクラスにとっても「遅い」となりますが、これが箱根の山中に挑む場面であれば「あり得ないほど速い」ということになります。むろん、気温や風向き・風力などによっても大きく変わります。
このように、距離とタイムと条件とランナーの関係は常に相対的なものであり、同じコースを走ったとしても、過去のコースレコードと比べて単純に「速い」「遅い」を論ずることはまことにナンセンスな話なのです。

また、仮にある選手がある区間をコースレコードよりも早いスプリットタイムで途中地点を通過したとしても、そこからゴールタイムを予測することは、これまたナンセンス。いくらハイペースを刻もうが、いやハイペースであればあるほど、終盤にバテてしまえば簡単にkmあたり3分30秒とか4分とかに失速してしまう可能性は大きくなるのです。
こんなことは、レース経験者ならずとも分かりそうな話なのですが、どうも畑違いの場所から陸上競技の中継現場へと駆り出されたばかりの若手アナなど、その辺の感覚がまったく理解できずに「区間新は間違いありません!」などと暴走してしまうケースが、ままあります。10年ちょっと前の箱根で、
「空前絶後の区間新記録が、いま達成されようとしております!」
とアオった直後にタスキリレーが完了して、
「区間タイムは、なんとっ!…歴代7位の好タイム!」
なーんて実況をやらかした当時の若手アナがいましたっけ。

大震災このかた、「真実を報道しないマスコミ」という話題が取りざたされることが多くなりましたが、一見事実を正確に報道することが使命であるかのようなスポーツ中継でも、実は多くのウソやデマがまかり通っていますし、それが政治的トピックのようには問題視されないために、結構野放しになっていたりします。
それは送り手側の未熟さに起因するものもあれば、小さいものを少しでも大きく見せようという卑俗な意図からのものもあり、またたとえば先の見えた勝負を「まだまだ分かりません!」と実況するような、「お願いだからチャンネル変えないで」の目的から発せられるウソも数多くあります。
まあ言ってみれば、ウソをこくのは必ずしも悪意や官邸の圧力によるだけではなく、未熟な若手に経験を踏ませなければならなかったり視聴率至上命題を抱えていたりする会社組織としてはごくごく自然な成り行きと割り切って、付き合ってあげることだろうと思います。

マラソン中継などでも途中の通過時間から「ゴール予測タイム」などというものが画面に表示されることがいまだに行われていますが、あくまで目安の計算で合って、それを既定の事実のごとくにコメントするのは、時にはコメンテーターの無知なるがゆえ、また時にはこうした意図的な「ウソ」である場合もあります。
まして、毎シーズン必ず一度や二度は聞かれるのですが、「〇時間△分…」と言うべきタイムを「〇分△秒…」と単位を間違えてしばらく気付かずにいるなどというのは、スポーツ競技における計測タイムというものが脳に浸み付いていない証拠でしょう。

などなど、何かとTVから発せられる「余計なメッセージ」にいちいちツッコミを入れながら長時間の観戦を楽しむというのも、また一興です。
ウソが嫌いな陸上ファンは、常にタイムを意識しつつ選手の状態を観察することをお勧めします。画面上のタイマーを利用して(あるいはストップウォッチを手にして)後続の選手とのタイム差を測りながら見ていくと、本当のレースの動きというものが自分なりに見えてくるものですよ。

箱根駅伝のミカタ ②~横浜の熱きエース対決


『第94回箱根駅伝』の区間エントリーが発表されました。
この大会ならでは、当日のエントリー変更が1日2名まで可能というルールがあるため、戦略的に有力選手をあえて「補欠」としてエントリーし、他チームの動向や気象コンディションを睨み合わせてここぞという区間に投入してくるケースが多々あります。今回も有力校では下田裕太(青山学院大4)、山本修二(東洋大3)、栃木渡(順天堂大4)、館澤亨次(東海大2)といったあたりが“ジョーカー”の役割を担うことになりそうです。
ただ、毎回各チームともこの手法に頼らず正攻法のエントリーをしてくることが多いのが、ご存知「花の2区」。 エース・エース候補生に“影武者”は不要、というわけです。

◇“坂の街”を走り抜ける
『箱根』の2区がエース区間と呼ばれる所以は、距離の長さや良い流れを造る序盤の重要区間、といったことだけではありません。
鶴見から戸塚まで、横浜市内を西下するコースが、真の実力者にしか務まらないとんでもない難コースだというのも大きな要因になっているのです。
2区の「難所」としてしばしば名前が挙がるのが、中盤過ぎに立ちはだかる高低差20m以上の権太坂、そして国道1号が横浜新道に合流してから中継所までの約3㎞、大きくうねるように設けられた「戸塚の壁」と呼ばれる急坂です。
しかし、ランナーの脚力を苛む坂は、これだけに留まりません。

実は茨城在住の私は、現在仕事の関係で、週のうちの半分以上を横浜市で「暮らして」います。おまけに、ここ1カ月ほどは毎日のように、国道1号にある「戸塚中継所」の前を車で通っています。
茨城県民であり、またそれ以上に東京都民としての時期が長い私にとって、横浜は比較的近くても今まであまり馴染みのない土地だったのが、今年になって急に身近な場所になったのです。

「住んで」みて、また仕事上市内のあちこちに出向いてみて一番びっくりしたのが、坂道の多いことでした。東京にもあちこちに坂道はありますが、横浜はこの点、「異常」という言葉を使いたくなるくらいに、街の景観はまるきし異なります。
とにかく、平坦な道がしばらく続く場所など、滅多にお目にかかれません。街全体が関東平野の端っこにできたシワの塊といってよく、幹線道路などはまだ谷間を縫うようにして比較的平坦に通されていますが、ひとたび住宅地に入ればそりゃもう、坂だらけ。小さな丘の斜面に拓いたと思しき宅地ばかりで、面した道路から玄関まで30段以上の階段を登らなければならない住宅などが、当たり前のように建っています。距離は短いとはいえ「箱根」級の急坂も、あちこちにあります。お年寄りはさぞ苦労されていることと察します。
長年東京に住んでいて、横浜には横浜駅周辺や中華街、あるいは横浜アリーナや日産スタジアムなどに何度か出向いた経験しかなかった身としては、このことは驚き以外の何物でもありませんでした。地元暮らしが長い友人や知り合いはあまりそのことを意識していないらしいのが、不思議なくらいです。
こんな坂道だらけ、元をただせば大小の丘陵が連なる立地にあれほどの大都市が発達したのは、ちょっとした奇跡だと思います。東海道という「道」が育んだ街であり、すなわち箱根とともに『箱根駅伝』を象徴する一画と言ってよいでしょう。


そういう街を横断するのが、「花の2区」。テレビでは分かりづらくても、権太坂や戸塚の壁以外にも、小さな大地のうねりは至る所に、23㎞のコースを通して断続しています。力不足のランナーには、とても対処しきれません。過去に、今井正人(順天堂大)、伊達秀晃(東海大)、設楽啓太(東洋大)、神野大地(青山学院大)等々、2区での経験を踏まえて5区山登り担当へと“転向”したエース・ランナーが数多いのも、なるほどと頷かされるのです。
まあそういう意味では、海が近付くまで同じようにアップダウンが続く3区や細かい起伏の多い4区、これらの区間の裏返しである7・8・9区なども、すべてタフなコースではあります。『箱根』には、生易しい区間など一つもないということですね。



◇思い出の超エースたち

エースが集結する2区で、歴代名を馳せた「エース・オブ・エーセズ」と言えば、まず真っ先に瀬古利彦(早稲田大)の名前が浮かびます。私が初めて『箱根』を知った頃には、当時新記録となる11人抜きで話題となった服部誠(東京農業大)がいました。この両者ともに、4年連続して2区を走り、3・4年時に2年連続区間新を記録していること、1度も総合優勝を味わっていないことが共通しています。
残念ながら、当時はTV生中継がありませんでした。

少し時代が下ってからは、やはり渡辺康幸(早稲田大)とその同学年ライバルだったステファン・マヤカ(山梨学院大)でしょうか。
二人の2区での戦いは、1年時がマヤカ、2年時は渡辺が1区に回ったためマヤカの“不戦勝”(ただし渡辺は1区で佐藤悠基に破られるまでの区間記録を樹立)、3・4年時は渡辺が、いずれも当時では驚異的と言われた1時間06分台のタイムで走破してマヤカを抑えました。マヤカのベストは、3年時の1時間7分20秒でした。
結果の記録を見ては熾烈なライバル関係に胸を躍らせたものですが、当時(1990年代)私はイベント仕事の最前線にいたものですから、世間がお休みの正月はビッシリ現場業務。『箱根』をリアルタイムで観戦する時間がなかったのが、悔やまれます。

私が直接(ではないですがTVでリアルタイムに)見た中で最も強烈な印象を残したのは、何と言っても4年連続2区を走り区間賞3回、最終的に区間記録を1時間06分04秒にまで高めたメクボ・ジョブ・モグス(山梨学院大)でしょう。
ジョゼフ・オツオリに始まる海外留学生ランナーの中で「歴代最強」と言われ、また佐藤悠基(東海大)・竹澤健介(早稲田大)・佐藤秀和(順天堂大)・木原真佐人(中央学院大)・大西一輝、智也(東洋大)、また川内優輝(学習院大)などもいた「黄金世代」の中でも別格の存在でした。

「怪物」の評価が相応しい走りっぷりでしたが、1年時は前半のハイペースで終盤の急坂に失速して記録を阻まれ(それでも1時間7分29秒で区間賞)。この経験にも関わらず2年時はさらに無謀な突っ込みで終盤バッタリと止まってしまい(1区・佐藤の快走により首位と大きく差がついていたことが暴走につながったようです)、9人を抜きながら4人に抜き返されて区間6位にまで沈み、戸塚中継点で号泣しながら仲間に抱えられる姿が映し出されました。
3・4年時の連続区間新は、こうした苦い経験に基づいた冷静なレース運びの結果でしたが、それにしても学生時代にあれほどに強かったモグスが、その後の実業団選手としてのキャリアに何の勲章も付け加えられなかったのは、不可思議ではあります。現時点では留学生ランナーすべてに同じことが言えるのは残念な傾向で、いつか『箱根』からケニア、エチオピアなどを代表するランナーが育ってほしいものだと思います。



◇もう一つのお楽しみ「ゴボウ抜き」

序盤戦に位置付けられる2区では、しばしば「ゴボウ抜き」の記録もまた、話題に上ります。
言うまでもなくこの記録は、どんなに実力があっても狙って達成することはできません。中継した時点でチームが下位にいること、その割には上位とのタイム差が少ないことが、絶対条件となるからです。
その歴代記録は、モグスが今も残る区間記録を達成した第85回大会(2009年)で区間2位となったギタウ・ダニエル(日大)の20人抜き。
この大会は5年ごとの記念大会ということで学連選抜を含む23チームが出場しており、日大は1区で区間22位と出遅れながらもトップとは1分46秒差、この条件でモグス以外全員の前走者を追い抜いたダニエルによって達成されたものです。その区間タイムは、ちょうどモグスから1分遅れの1時間07分04秒でした。
出場校が多く、下位発進・僅差スタート、そして本人の実力とあらゆる条件が揃って出されたこの記録は、今後もう破られないかもしれません。

レギュラーの20チーム出場では、87回大会の村澤明伸(東海大→現・日清食品G.)の17人抜き。1区2分31秒差の最下位から、区間日本人歴代3位となる1時間06分52秒の爆走で3位にまで上り詰めました。その走法ゆえに個人レースでは今年の北海道マラソンまでなかなか“1等賞”がとれなかった村澤ですが、前を追う単独走では滅法強い本領を発揮したレースでした。

◇今回の「花の2区」は?
学生ランナーの頂点を競うエースが集まる『箱根』の2区。
今回の大本命は、『全日本』を制し優勝候補の呼び声もある神奈川大の主砲・鈴木健吾。対抗に挙げられるのは唯一のオリンピアンとしての意地がある塩尻和也(順天堂大3)。さらに、東海大最強世代の一角に名乗り出た阪口竜平の名前も挙がります。
決して総合優勝争いの決め手となる区間ではないのですが、ここで序盤の流れを確かなものにする重要区間であることは、前回区間賞の鈴木健が証明しています。
ライバル校が送り込んでくる強力なスナイパーたちを相手に、森田歩希を投入した青山学院大がいかに序盤をしのぐのか、今回もやはり「花の2区」は激動の予感がします。

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箱根駅伝のミカタ ①~ロケットスタートかG前叩き合いか…スリリングな1区の戦いを見逃すな


いよいよ2017年も押し詰まり、年が明けたと思ったら陸上ファンにとっては至福の三が日、“16時間駅伝漬け”の正月を迎えることになります。
いやあ、駅伝の大会がこんなにも国民的行事になるなんて、私が若い頃には考えられなかったですよ。

私が子供のころから、マラソンは人気スポーツの片隅にありましたけど、それが銭になるスポーツビジネスに発展したのは、ひとえに瀬古利彦さんというスーパーヒーローが現れたからこそ。その瀬古さんの存在をもってしても、当時の箱根駅伝は地味な学生スポーツ・イベントの域を出ないものでした。
1987年に日本テレビが全国中継を始めてから、状況は一変、さらにメディアの多様化や市民マラソンの普及が急速に進むにつれ、『箱根』の人気は加速しました。
まったく、サッポロビールさんのお陰、としか言いようがないですね。

綿密な取材をもとに編成された日テレの番組制作姿勢にも、いつも感心させられます。(日テレのアナウンサー自身による事前取材の緻密さは、『世界陸上』を放映していた頃からの伝統とも言うべきもので、それゆえ「細かすぎる解説」の増田明美さんの出番がないんだそうです)たまに未熟な若手アナウンサーによる空気を読まない暴走実況が水を差しますが、『ニューイヤー駅伝』と比較すると、局としてのスポーツ放送の実力差は明らかだと思います。

その『ニューイヤー』…正式名『全日本実業団対抗駅伝競走大会』もまた、『箱根』と同様に正月の風物詩として定着しました。
こちらは、文字どおり日本の男子トップランナーの大多数が一堂に会するオールスター戦の趣と、『箱根』を熱狂させたスター選手の“その後”を見られるところが人気の理由です。サッポロビールさん同様、山崎製パンさんにも感謝・感謝です。

さて、そんな国民的行事の一つ、『箱根駅伝』について、私なりの見どころ・感じどころを、大会まであと1週間と迫ったこの期に及んで、何回かに分けて記してみたいと思います。ただ現時点でもまだ多忙な仕事の真っ最中ですんで、どこまで書けますやら…ま、書き切れなかったテーマについては、また来年の同時期に続く、ということでよろしく。
初回のお題は、「1区のミカタ」です。

◇1区のスペシャリスト「ロケットスタートの鷲見知彦」
どの駅伝にも言えることですが、1区だけは「ヨーイ、ドン!」あいや、「On your marks、Don!」の一斉スタート。つまりは一般の個人レースと同じです。違うのは、ランナー全員が汗ひとつ浸みていない折り目のついたタスキを背負っていること、すなわち「ただ勝てばいい」のではなくて、レースの流れを作るオープニング区間の担当者として、チームのためにどんな勝ち方、どんな順位の取り方をすればいいかを考えなければいけないことです。
このことは、レース展開に非常にデリケートな、しかし決して小さくはない影響を与えると思います。「ただ勝てばいい」と思って走れば余裕で勝てる力を持った選手が惨敗したり、「勝てないにしてもトップとの差を最小限に」ということだけを考えて追走した選手が意外な好成績を収めたり、ということが頻繁に起こるのです。

多くの場合、駅伝1区のランナーは、力の差が多少あっても大集団が牽制し合いながらスローペースで進行するという展開になります。「区間賞でチームに勢いを」「遅れても何秒以内に」という思惑に囚われる選手がほとんどですから、この展開は必然と言えるでしょう。
稀に、スタートからポンと飛び出し、後続を引き離す独走態勢に持ち込んで、2位以下に大差をつけて2区に貯金を残そうというレースを試みる走者がいます。
あるいは、チームのためというよりも、自身の記録を狙っての(達成できればそれがチームのためにもなる)ハイペース作り、という場合もあります。過日の『女子全国高校駅伝』の田中希実選手(西脇工)がまさにそれでした。田中選手は後続集団に吸収されてからも実力者に相応しい粘りを見せて区間3位に食い込んだのはむしろ見事でしたが、この戦法はまかり間違うと、終盤の大失速を招いてチームに取り返しのつかないダメージを与えてしまうこともあります。
いずれにしろ、1区に起用される選手は「勝負強いこと」「そのためのスピード切り替えができること」「特にラストで他者に対して数秒を稼ぎ出すスパート力を持っていること」などの条件を基準に、選ばれているものと思います。その上で、どんな展開にも対応できる勝負勘・物怖じしないハートといった要素が重要になってきます。
こうした諸条件を兼ね備えるがゆえに、多くの駅伝で1区に起用される「スペシャリスト」と呼ばれる選手も、数多くいます。

私が『箱根』1区のスペシャリストで強く印象に残っている選手の一人が、第80回大会(2004年・1年生時)から3年続けて起用された鷲見知彦(日本体育大)です。
人呼んで「ロケットスタートの鷲見」。
1区を走った3回とも、午前8時の号砲が鳴るや猛然とダッシュして日比谷通りへ左折し、独りポーンと先頭に立った鮮やかなスタート。2年目以降は、これを見るだけでもドキドキしたものでした。
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 3年にわたって見られた鷲見(日体大)のロケットスタート

実は日体大にはそれより27年も前の第53回大会で、中距離のトップランナーだった石井隆士さんが同じようなロケットスタートを決め、そのまま独走に持ち込んで後続を1分以上ぶっちぎり、チームはそのまま1度も首位を譲ることなく完全優勝を決めたという歴史があります。
1年生の鷲見が放った27年ぶりのロケットスタート(ちなみに石井さんがその年に作った1500mの日本記録は、奇遇なことに27年後の2004年にようやく小林史和さんによって破られました)はしかし、そのまま独走とはならず、いったん集団に吸収されるや、今度は区間賞候補の筆頭と言われていた橋ノ口滝一(山梨学院大)が独り飛び出し、鷲見は追走集団を先頭で引っ張る形でレースは推移しました。
橋ノ口は六郷橋付近で力尽き、集団から抜け出した鷲見が太田貴之(駒澤大)とのデッドヒートを制して、みごとルーキーながら区間賞を獲得したのでした。
解説の瀬古さんが何度も「鷲見のラストは強いですよ、見ててください」と言ったとおりの素晴らしい瞬発力。果敢にして状況判断の確かなこと。まさに、1区のスペシャリスト現る、という感じだったのを覚えています。
この時、鷲見の心中には、
「今回はまだ力不足だったけど、いつかは石井先輩のように、スタートしてそのままぶっちぎるレースをしてみたい」
という気持ちが強く残ったのではないでしょうか。

2年目もロケットスタートから同じようなレース展開になったものの、この年の鷲見はいまいちキレが悪く、終盤のトップ争いにはついて行けなくなり区間3位。
そして3年生となった第82回大会、今度こそ正真正銘のロケットスタートが炸裂しました。スタートでいつものように一気に先頭に立つと、スピードを緩めることなく後続との差を開く、開く…。
一時は2位以下に1分以上の大差をつけ、いよいよ石井隆士さんの再現かと期待された鷲見はしかし、六郷橋を前にして急激にペースダウン。「1区は俺のもの」という自信がなせる先行逃げ切り策だったのでしょうが、完全なオーバーペースでした。
翌年、最後の『箱根』となった大会の1区に鷲見の姿はなく、7区に起用されて2度目の区間賞を獲得。類まれな実力を証明してくれはしたものの、走り終えた鷲見の表情には、どこか「やり残した感」が漂っているような気がしたものです。



◇痙攣しながら区間新!“怪物”佐藤悠基

鷲見が1区から姿を消した第83回大会、とんでもないロケットスタートを見せる選手が現れました。「天才ランナー」と言われ、ルーキーだった前年に3区で区間新記録を叩き出していた佐藤悠基(東海大→現・日清食品G.)です。


この年、大手町のスタートを最初に飛び出したのは同じ2年生の大西智也(東洋大→現・旭化成)でしたが、すぐに佐藤がとって代わると、1㎞を2分50秒前後という猛烈なハイペースで引っ張り始めました。通常3分程度のスローペースで進む区間で、このペースはないだろうということで、ピタリと追走した大西以外の選手はまったく反応しません。
やがて大西をも振り切った佐藤は、10㎞を28分台で通過。無駄のない柔らかなフォームからはそんなスピードが出ているようには見えないのですが、涼しい顔のまま後続を引き離し続けます。
ところが16㎞付近で突如、脚を叩き、腕をさするという異常な動きを見せました。後々佐藤の大成にブレーキをかけ続けることになった、痙攣の発症です。
ゲスト解説を務めていた徳本一善(法政大→当時日清食品G.)によれば、「調子が良すぎて筋肉の負荷が大きくなり過ぎた結果」とのことで、人間の身体の不思議さを見る思いがしたものです。
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 ハムストリングスに痙攣を起こし苦痛に顔を歪める佐藤(東海大)

それでも佐藤は大きくペースダウンすることなく神奈川県に入り、19㎞付近で再び襲った痙攣の発作にも怯まず、ハーフマラソンを超える21.3㎞(当時の計測では21.4㎞)を、1時間1分06秒という区間新記録で走り切り、区間2位に粘った大西に4分ちょうど、3位の髙橋優太(城西大→現DeNA)には4分12秒という空前の大差を造り上げました。痙攣さえなければ、あるいはもう少し距離を踏んでからの発症であれば、60分台は確実、ひょっとしたら59分台という途轍もない記録が生まれていたかもしれません。
この大会は5区で今井正人が3年連続区間賞を獲得し「山の神」の称号を得たレースでしたが、佐藤悠基の圧巻の走り、鷲見の7区での区間賞など、印象深い名シーンが数多く見られたものでした。

◇現王者・大迫傑の『箱根』1区
佐久長聖高校で佐藤の後輩にあたる大迫傑(早稲田大→現NIKE O.P.)も、1年、2年と2度にわたって見事なロケットスタートを決め、大器の片鱗を見せました。特にルーキー・イヤーの2011年・第87回大会では、ここでライバル東洋大学につけた約2分の差が決定的なものとなり、最終的に早稲田は僅か21秒という僅差で東洋を抑え、10年ぶりとなる三冠を達成することになります。
どちらかというと後方から次々と追い抜いていくというレースが似合わない大迫もまた、1区に起用されることの多かったスペシャリストと言ってよいでしょう。


3年時は3区にまわって区間2位となった大迫は、4年時にはみたび1区にエントリー。しかしこの年の1区には山中秀仁(日体大→現Honda)、中村匠吾(駒澤大→現・富士通)、田口雅也(東洋大→現Honda)、文元慧(明治大→現カネボウ)、一色恭志(青山学院大→現GMO)、市田宏(大東文化大→現・旭化成)、松村優樹(順天堂大→現Honda)、潰滝大記(中央学院大→現・富士通)といった錚々たる顔ぶれが揃い、しかもこの年は総合優勝の大本命と呼ばれるチームがいない大混戦の様相を呈していた(結果的には東洋大の圧勝)ために、さしもの大迫も簡単には勝てないだろうと、号砲が鳴る前から実にドキドキするレースが期待されていました。

第90回の記念大会を飾った1区の戦いは、実力者が揃ったレースにふさわしく、例によってハイペースで飛び出した大迫が独走を許してはもらえない展開となりました。
結局序盤に自力を使いすぎた大迫が、六郷橋以降の勝負どころに差し掛かって先頭集団から脱落したのを尻目に、山中、中村、田口、文元が熾烈なデッドヒートを繰り広げた末、山中が区間賞をもぎ取りました。区間タイムは1時間1分25秒と、当時歴代3位になる好記録で、5位に沈んだ大迫も1年時のタイムを上回るパフォーマンスでした。
近年では、最もスリリングで見ごたえのあった1区の戦いだったと言っていいでしょう。

さて、今回の1区では、ロケットスタートを決める選手がいるでしょうか、それとも大集団からスパートの機を伺う展開となるのでしょうか。
どちらにしても、正月だからといって寝坊を決め込んで、8時スタートの1区を見逃しました、なんてことのないように、観る方としてもしっかりとコンディションを整えて臨みたいものです。

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