『炎のランナー』には、陸上競技モンとして語るべきことがいっぱい詰まっているとは前々から思っていましたが、いざやってみてこんなに時間を要するものだとは、想像以上でした。そして、陸上競技というスポーツあるいはエンターテインメントにも深い歴史があり、歴史を知ることが未来につながるという、そんなことを教えてくれる作品です。
では、後半を見ていきましょう。
シーン⑧<開会式>

1924年パリ・オリンピック開幕!しかし、これだけレトロで立派なスタンドを備え、なおかつトラックが土という競技場が、映画製作当時(1980年ごろ)にまだあったんでしょうか?それともスタンドはこの部分だけ、映画用に仮設で作ったんですかね?
「選手入場」に先駆けて、オリンピック旗が入場。しかも、選手団の先頭はお馴染みのギリシャではなくアメリカです。(フランス語では、アメリカはEで始まる国名になります)
☆オリンピック旗が『オリンピック讃歌』の演奏・合唱とともに入場するようになったのは、1960年のスクォーバレー冬季大会からのことです。これは日本が東京オリンピック(1964年)に向けての準備の過程で、第1回アテネ大会で歌われて以降埋もれてしまっていたこの曲を“発掘”し、あの大作曲家・古閑裕而氏の手でアレンジを施されて、NHK交響楽団の演奏により「復活」したことからです。
なお、ギリシャが選手団の先頭に立つようになったのはいつの大会からのことか、まだ正確なところを調べ切れていません。

シーン⑨<重要会議>

エイブラハムズとリデルが出場するはずの100m予選は、日曜日に行われる…イギリスからの出航間際にそれを聞かされたリデルは、競技と信仰の板挟みに懊悩しますが、結論はただ一つ「安息日には走らない」…この緊急事態を打開しようと、イギリス陸連会長や理事、さらには皇太子(後の国王エドワード7世)まで加わって、リデルに翻意を促します。
そこへ颯爽と現れたリンゼイが、「僕はもう400mHでメダルを獲ったから、400mの出場をリデルに譲る」と八方丸く収まるナイスな提案、リデルも快く了承します。
☆何度も言うようですが、リンゼイは架空の登場人物、したがってこのエピソードもまた作り話です。逆に言えば、この展開を盛り込みたかったが故に、リンゼイという「若き高級貴族にして快速ロング・スプリンター」のキャラクターを創り出したのかもしれません。
いくら100年近く前の物語だからといって、オリンピックの、自分が出る種目の日程を船に乗るまで知らなかった、などということがあるはずないでしょう。確かにパリ五輪の100m1次・2次予選は7月6日の日曜日にスケジュールされていて、そのことは何カ月も前から分かっていたはずです。リデルがそれゆえに100mの出場を断念したのは本当かもしれませんが、少なくとも現地でこんな騒動が起こるはずはないのです。
☆実際のパリ五輪のスケジュールでは、7月6・7日に100m、8・9日に200m、10・11日に400mが行われています。しかもリデルは400mで金メダルを獲る前に、既に200mで銅メダルを獲得しています。
また映画のエイブラハムズは200mで一敗地にまみれた後にマサビーニに叱咤され、100mで雪辱を果たすということになっていますが、これもまた虚構であることが分かります。

シーン⑩<そして100m決勝!>

いよいよ大会の華、男子(当時はまだ女子はありません)100m決勝を迎えます。決勝のスタートに並ぶのはパドック、ショルツらアメリカ勢4人にイギリスのエイブラハムズとニュージーランド(当時は「国」ではなくイギリス支配下の「地域」)という「米英決戦」。
史実では、エイブラハムズが10秒6のオリンピック・レコードでショルツを破り優勝、連覇を狙ったパドックは最下位の6位に沈み、ニュージーランドのアーサー・ポリットが3位に食い込んでいます。
☆英国皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)がレース直前に出場選手を激励するシーンでは、ニュージーランドの選手は「トム・ワトソン」と紹介されますが、実際には上記のポリットという選手。
エイブラハムズとポリットはこの翌年から実に40年以上にわたって、決勝レースが行われた7月7日午後7時に夕食を共にするという「男同士の七夕」みたいなことを続けました。エイブラハムズの親友はオーブリーではなく、ポリットだったのです。(オーブリーとも仲良かったのかもしれませんがね)
☆スタート地点に就いた各選手。めいめいが銀色に輝く何かを手にしています。左官屋さんが使うコテみたいに見えるこの道具、地面にスパイクを入れるための穴を掘るスコップであることがやがて分かります。ちなみに、スターティング・ブロックが世に現れるのは1948年のことです。
※関連記事 →連載「100m競走を語ろう」④

☆エイブラハムズ、歓喜の金メダル!…100mという僅か10秒のレースを映画のクライマックスとして表現するのは本当に難しいと思いますが、スローモーションを幾重にも重ねることでちょうどいい量感を創り出していると思います。
また、プロのコーチゆえにスタジアムに入場することすら許されなかったマサビーニが、ホテルの窓からイギリスの国旗が上がるのを見、『God Save The King』が流れてくるのを聞いてエイブラハムズの勝利を知る場面、私は大好きです。
☆1964年東京オリンピック当時のIOC会長エイヴリー・ブランデージ(通称“ミスター・アマチュアリズム”)の事績を知る世代としては、こうした徹底的なプロ排斥の気分は何となく理解できるのですが、今の人たちにとってはちょっとピンと来ないかもしれませんね。
マイナーリーグの試合にアルバイトで1、2度出たことがあるというだけの理由で、2種目制覇の金メダルを没収された陸上選手もいたんですぞ。(ジム・ソープ事件)
シーン⑪<リデル金メダルで大団円!>

すでに金メダリストとなったエイブラハムズもスタンドから見つめる中、400m決勝に進出したリデルは下馬評こそ低かったものの、圧倒的なロング・スプリントの強さを見せつけ快勝します。そのタイムは47秒6。今でこそ日本の高校生レベルのタイムながら、堂々たる世界新記録でした。
☆作中、リデルがトラック1周のレースをする場面はこのクライマックスを含めて3回ありますが、いずれのレースでも彼はゴール間近になると極端に顎が上がって苦しそうに口を開き、そしてまるで水を掻くように両手をグルグルと回しながら走ります。そういう、走法上の著しい特徴を印象付けるキャラクターに設定されているのです。(実際のリデルがどうだったのかは、残念ながら判りません)
で!ここでマクラとも言うべき講演の前半部分でお話しした「空気抵抗」のお話にちょっと戻って…。

競走スポーツにおける空気の存在が、水泳における水と同じようなものだとするならば、手で水を掻いて水中を速く進もうとする技術が確立されているのですから、これを陸上競技に応用し得るのでは?…もしかして、そういう突飛な発想をするスプリンターが現れてもいいんじゃないか、と私は思うわけです。
苦し紛れの本能的な動きに見えるとはいえ、リデルの腕振りはまさにそれを求めているように映ります。
大昔、古代オリンピックを戦っていた陸上選手は、手にアイロンみたいな形のオモリを持って、ジャンプなどをしていた様子が絵に残っています。(オモリの反動でより遠くへ跳べると考えたのでしょう)
短距離を走る際にちょうどいい力加減で拳を丸めるために、ワインボトルのコルクを握って走ることを考えついた日本人選手がいて、それを実践していたら、海外のスポーツ雑誌にすでに商品化されている広告を見つけて驚いた、なんていう話もあります。(映画のリデルはレース直前にショルツから渡された激励のメッセージを手に走るのですが、これもマクナブならではの「コルクの代わり」だったのかもしれません)
そして、先述した100mの「フライング・フィニッシュ」というおバカな必殺技。
陸上競技という一見単純なスポーツで、単純であるがゆえに思いもかけない発想の転換が新技術を生み出すということは、これだけ情報や科学的知見が発達した現代にあっても、十分起こり得るのではないか…それがたとえフライング・フィニッシュのように結果的に間違っていたとしても、走高跳のフォスベリー・フロップ(背面跳び)のように歴史を変えてしまうほどのものだったとしても、人より100分の1秒でも、1㎝でも先んじるために考えたり試してみたりすることは、まだまだたくさんあるんじゃないかな…それが、陸上競技の持つ無限のロマンだと思います。
果たしてマクナブ先生がそこまで問題提起していたのかどうかは知る由もありませんが、私はリデルの走法に、そんなスプリンターの未来を感じてしまったのでした。
いやー、うまくつながったでしょう?
「平昌五輪」も「炎のランナー」も、本当はただ喋りたい話題だったというだけなんですけどね。
お後がよろしいようで。
(このシリーズおしまい)