
陸上競技専門ブログを始めて間もないタイミングで日本選手権を迎えたものですから、ついついはしゃぎ過ぎて大量の投稿をしてしまいました。ま、私の勝手なんですが。
ここからリオ五輪に向けては、いろいろと私なりの陸上雑感や思い出話などをご紹介してみたいなと思いますが、ジジイの昔話に興味はないという若い方は、どうぞスルーしてください。(呵々)
その前に…
記事を書き散らしていますと、陸上競技の用語をどういうふうに使って書いたら適切なのかな、ということが気になりました。このブログにお越しになるような方々は(私の個人的知り合いは別として)、ほぼほぼ陸上競技ファン、その多くはご自身が現役あるいは元アスリートでいらっしゃるような、陸上競技には詳しい方だと思います。なので、今さらこんな話は釈迦に説法もいいところなんですが、ちょっと整理してみたくなったので、基礎的な「陸上用語」についてまとめてみたいと思います。
「そんな細かい話はいいよ」と思われるでしょうが、私は携わっている仕事の関係もあって、結構「ことば」にはこだわるタチなもんですから、ご容赦ください。
まず、種目名の表記について。
これは、日本陸連が採用している表記法が「正式」なものと考えるべきだと思います。
つまり、
100m/200m/400m/800m/1500m/5000m/10000m
100mH/110mH/400mH/3000mSC(これらについては、この表記では一般的に伝わらないので、100mハードル・3000m障害物といった表記も可)
4×100m(または4×100mR、4×100mリレー)/4×400m(同様)
走高跳/棒高跳/走幅跳/三段跳
砲丸投/円盤投/ハンマー投/やり投
十種競技/七種競技
※言うまでもないですが、「3000mSC」のSCとはSteeplechaseの略語です。steepleとは教会の尖塔のことで、イギリスでの原始的な長距離走の形態が、教会をゴールに見立て敷地の柵などを跳び越えながら行われたことに由来するのだそうです。陸上競技映画の最高峰『炎のランナー』の冒頭で、砂浜を走る若い選手たちの一群(1924年パリ・オリンピックのイギリス陸上代表チームが合宿中という設定)が、やがて教会ではありませんが尖塔のあるカールトン・ホテルを目指して白い柵を次々に超えていく、という印象深いシーンがあります。
いっぽう、前々回の記事に掲載した日刊スポーツのWEB記事をご覧いただくとお分かりいただけるかと思いますが、新聞などの表記では必ずしもこれに準拠していなくて、「走り幅跳び」「3段跳び」「やり投げ」「10種競技」といった表記が用いられています。
新聞の場合は「正しい(とされる)日本語」について非常に厳格な基準を持っていて、私なども新聞の採用している日本語の表記法を参考にすることはよくあります。この場合も正しい送り仮名を用いるべきだという判断がもとになっているのだと思われますが、これには一言申し上げましょう。
スポーツ競技の種目名というのは固有名詞みたいなもので、極端な例としては「競輪」と「KEIRINもしくはケイリン」では、似て非なる種目であることがよく知られています。そう考えれば、その競技の統括団体が採用している表記法をみだりに変更すべきではない、というのが私の考えです。したがって、私の記事では意識して、(私の使っているパソコンの変換では「走幅跳」と「ハンマー投」「やり投」が出てこないんですが)「正式表記」を用いています。
ちなみに、現在TVでトラック&フィールドを扱っているのはNHK(日本選手権、IH、国体など)、TBS(世界選手権、ゴールデングランプリ、実業団選手権など)、NTV(ダイヤモンドリーグ、関東インカレなど)の3局くらいですが、正しい日本語にウルサイNHKではやはり新聞方式(ただし「3段跳び」とか「10種競技」なんて表記はしていないと思います。日刊スポーツでも、このあたりはWEBでなく紙面になれば「三段跳び」「十種競技」に改めていると思いますが、確認はしていません)。
TBSは基本的に陸連方式ですが、たまに「送り仮名つき」のテロップが入ることがありますので、分かってる人とそうでない人が混在して制作にあたっていて、局として特に統制はしていないことが伺えます。分かってない人の一人が長年世界選手権のメインキャスターを務める某スチャラカ俳優氏で、しきりに4×100mリレーのことを「ヨンカケ ヒャク…」と言うのがとても耳障りだったりします。
日テレはほぼ、陸連方式に則って表記しています。また陸上競技専門誌でも、とうぜん陸連方式の表記です。

さて、正式名称があれば俗称=スラングというものが派生するのも当たり前のことで、特に“陸上仲間”の間で交わされる会話の中ではいちいち「ヨンカケルヒャクメートルリレー」なんて言ってられないので、「ヨンケイ」などの略語を使うわけですね。ご存じとは思いますが、「ヨンケイ」とは4×100mリレーの古い言い方である「400メートル継走(けいそう)」の略です。競泳でも「ヨンケイ=400m継泳」「ハチケイ=800m継泳」という言い方をします。
ヨンケイに対して4×400mリレーは「センロッケイ」と言うのももどかしいので、「マイル(平板読み)」なんて言いますね。日本では1マイル(1609.344メートル)のレースが行われることはあまりないので、「マイル」といったら1600mリレーのこと、という認識が一般的です。
なお、個人的にですが私は4×100mリレーという言い方・表記のしかたが好きではありません。あえて「400mリレー」という言い方を多用します。
なぜかというと、400mリレーは他のリレー種目(駅伝や競泳なども含め)と異なり、「4人が100mずつをつなぐ競走ではない」と考えるからです。100m走力の4人分にプラスされる要素が、あまりにも大きな比重を占める種目だと考えているのです。実際、ヨンケイのメンバーは全員が100メートルをかなり超える距離を全力疾走する必要があるのですから、これを「4×100m」としてしまうのはおかしいだろう、と。
まあ、陸連やIAAFが定めた種目名をないがしろにする気はありません。あくまでも個人的な気持ちとして、です。
このほか、400mHを「ヨンパー」と言ったり、走高跳を「ハイジャン」と言ったり、陸上仲間どうしの話の中では略語はいろいろとありますし、それぞれの学校独自の伝統的な呼び方もあるかと思います。
いっぽうで、会話の中ではあまり使わないものの、 表記上少々面倒くさいな、という場合に使われる略語というのもあります。トラック種目ではすでに「ハードル→H」「スティープルチェイス→SC」「リレー→R」と略していますが、主にフィールド種目名をアルファベット略語で表すような場合ですね。
走高跳→HJ(High Jump)/棒高跳→PV(Pole Vault)/走幅跳→LJ(Long Jump)※私の若い頃にはBJ(Broad Jump)と言ってました/三段跳→TJ(Triple Jump)/砲丸投→SP(Shot Put)/円盤投→DT(Discus Throw)/ハンマー投→HT(Hammer Throw)/やり投→JT(Javelin Throw)/十種競技→DEC(Decathlon)/七種競技→HEP(Heptathlon)
略語と言えば、主に記録表記に関わる用語として、いくつかアルファベット表記が出てきますね。これも整理しておきましょう。オリンピックなど国際映像の画面や会場のビジョンには頻繁に表示される言葉なので、意味を正確に理解しておくとよろしいかと思います。
WR=World Record(世界記録)
NR=Nation Record(その国の国内記録…日本の場合は「日本記録」。日本に限って言うと「国内記録」には「日本国内で出された記録」という意味があるので注意)
AR=Area Record(世界をアジア・ヨーロッパ・アフリカ・オセアニア・北米・南米に分けた場合の国際エリア記録。ただし、「Asia Record」「Africa Record」等の略語である場合もある)
WL=World Leader(シーズン世界最高記録)
CR=Championship Record(世界選手権など選手権大会の大会記録)
MR=Meeting Record(選手権以外の大会の大会記録。ただし日本では国体などでGR=Game Recordも用いる)
なお、「~タイ記録」の場合は「=WR」などと表記します。
PB=Personal Best(自己最高記録…くだんの某知ったかぶり俳優氏は「プライベート・ベスト」と言って視聴者の失笑を買っていました)
SB=Season Best(シーズン自己最高記録…PBを上回ってはいない場合に使われる)
DQまたはDSQ=Disqualified(失格。「予選落ち」の意味にもなるが、陸上競技でこう表記された場合は規則違反による失格を示す。さらに細かい失格理由が略語で併記されることがあるが、ここではそこまで触れない)
DNS=Did Not Start(棄権=「途中棄権」と紛らわしいがエントリーしながら出場を取り止めること)
DNF=Did Not Finish(途中棄権)
Qとq=いずれもqualify(予選または準決勝通過)だが、トラック競技では着順で通過した場合はQ、着順で通過できずにそれ以下の中からタイム順に拾われた場合はq、フィールド競技ではあらかじめ設定された予選通過記録に到達した場合はQ、到達者が12名に達しなくてそれ以下から記録順に拾われた場合はqで表記する。
プロのアナウンサーの中にも、たとえば「世界記録」と「世界新記録」の区別がちゃんとできていない人がたまに見受けられるのは甚だ遺憾なことですが、一般の人となると違いが分からないという人もいるかもしれません。
違いは明らかなんですが、ちょっと言葉で説明するのは難しい…意味が、というよりも使う状況が違うんですね。
「世界記録」というのは、いま現在存在している、その種目の世界最高の記録(陸上競技の場合はIAAFが公認しているという条件付き)のこと。
「世界新記録」とはその記録が出た時の状況、つまり「世界記録が破られた」「新しい世界記録が生まれた」という状態を表す言葉で、記録が出た「その時」に関連付けられた場合の言い方。したがって「現在の世界新記録」「世界新記録保持者」といった言い方は間違い。
「一つのレースで2人が世界新記録」ということも、同着でない限りあり得ません。理論上は、1着の選手がゴールを通過した時点で世界記録は変わってしまっている(ビッグゲームの場合は即時公認)ので、2着の選手がそれを上回ることはできないからです。「それまでの世界記録を2人が破った」というのであれば、いいでしょう。また、フィールド種目であれば、一つのイベントで「2人以上が世界新記録」という状況はあり得ます。
なお、世界新記録誕生の瞬間であっても画面表記上は「NWR(New World Record)」などと表示されることはあまりないようで、だいたい「WR」の文字が点滅する、といった表現になります。
もっといろいろな用語にも言及しようと思ったのですが、結構長くなってしまいましたんで、このあたりで。
で、結局何が言いたかったのかというとですね、このブログ上では原則正しい陸上用語の表記に努めますが、たまにこうした略語も使いますよ、てなことです。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。