豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

観戦記事

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記+α ⑦⑧



ちょっと更新が滞ってしまいまして、気付けば『日本選手権』から2週間以上が過ぎてしまいました。
『ホクレンDC』も今日から終盤戦、そして今日は陸上月刊誌の発売日とあっては、「何を今さら」感は免れませんが、大会中最も印象深かった2つのレースに触れずしてすっとぼけるわけにはいきませんので、「遅い!」を承知の上で書き残しておきたいと思います。

⑦3000mSCの栄光について
男子3000mSCは、現在の男子長距離界最大のホープ・三浦龍司(順天堂大2)が初優勝、2位の山口浩勢(愛三工業)、3位の青木涼真(Honda)ともども標準記録を突破しての代表内定、レースでは12着と惨敗した塩尻和也(富士通)がWR圏内ということで補欠選手に選出される結果となりました。

「転倒しながら日本新・優勝」という三浦選手の強さが大いにクローズアップされたわけですが、彼はまだまだ、こんなもんじゃないですね。
ラスト1周(421m)の“上がり”タイムは、約66秒。コーナーの外周に水濠がある競技場は日本独特みたいなものですから、一概に“世界”との比較がしにくいのですが、5月に国立競技場で最初の日本新をマークした時には内周水濠のコース(390m)で約60秒。「世界標準」は57~58秒といったところで、3000mSCの場合は平場の5000mや10000mのように爆発的なスパートが長く継続する形にはなりにくいため、キプルトやケンボイなど、ケニアのトップ選手でも大体こんなものです。
三浦選手の「鬼スパート」は関東インカレの1500m、5000mや箱根駅伝予選会のハーフマラソン・ディスタンスでも実証済み。もはや日本国内では傑出した瞬発力と言えますし、「世界」に伍しても遜色がないレベルに近付いていると言えると思います。

さらに、三浦選手は非常にハードリングのセンスがよく、中盤まで省エネの足掛け方式、終盤で綺麗なフォームのハードリングに切り替えるというあたりもスタイリッシュかつ合理的です。
3000mSCの障害飛越技術というのは非常に奥が深くて、飛越そのものにかかる時間的効率と脚への負担、スピードの維持をどう折り合わせるかが、常に重要な課題となります。水濠障害をノータッチで越えたり足を濡らすことなく水濠を跳び越えていったりするケニア人ランナーを「凄い!」と言いますが、逆に水濠の深みに着水したり、遠くへ跳ぶことによって大きなスタミナ・ロスを被ることのデメリットも、併せて考える必要があるのです。通常の置き障害にしても、よほど楽に美しくハードリングをするのでなければ、むしろ一旦足を掛けて勢いをつけることで、スピードを殺さない跳び方をするほうが効率的な場合も、多々見られます。
三浦選手は序盤で障害飛越に関わる疲労と他者との接触のリスクを極力抑え、終盤では走力とともに障害飛越エネルギーをも解放させるため、流れのいいラストスパートを繰り出せるところが最大の武器となっています。


長い間、日本の陸上界にとっては「お荷物」的な存在だった男子3000mSC。特に日本はマラソンに人気があることもあって、この種目に専念するという人材が少なく、将来的にマラソンを見据えた一つのプロセスとして取り組むケースが多くありました。(三浦選手も、いずれはそういうことになるかもしれません)
しかしながら、私が陸上競技を現地で観戦するようになった中学生くらいの頃は、この種目がトラックレースの花形の一つでした。
順大OBの小山隆治(クラレ)が1971年から日本選手権6連覇。もう一人、竹内章(日立造船)というライバルがいて、両者で何度も日本記録を塗り替えながら常に激しいデッドヒートを繰り広げたものです。さらに、『スポニチ国際陸上』などにはキプチョゲ・ケイノ、ベン・ジプチョというケニアのトップ選手が来日し、「世界のサンショー」を披露してくれていました。72年ミュンヘン・オリンピックでは金・銀をケニアのその2人が占め、小山選手は予選で初めて8分30秒を突破する日本新で決勝に進み、9位になっています。これが、オリンピックにおける日本人選手の最高成績です。

小山選手の6連覇の後を承けたのが、新宅雅也選手(日体大~エスビー食品)です。4連覇を含む5度の日本選手権優勝。新宅選手はその後トラックの5000、10000、さらにはマラソンと距離を延ばして、最終的には史上最も激しい代表争いが繰り広げられた、88年ソウル五輪のマラソン代表となりました。アジア大会では3000mSC・5000m・10000mと異種目で3大会連続金メダル。オリンピックでも、不参加のモスクワから3000mSC・10000m・マラソンと異種目で3大会連続代表となった偉大なランナーでした。

「新宅時代」に1度だけ、日本選手権を制しているのが、現在陸連の重鎮であり、また『ホクレンDC』では本日も軽妙なパーソナリティを務めてくださるであろう、河野匡さん(筑波大:当時)です。
河野さんはむしろ、指導者となってから世にその名を知られる存在となった感がありますが、その大大先輩と言えるのが、1947年から日本選手権9連覇を果たした高橋進さん(広島陸協~八幡製鐵)。前の東京オリンピックの時代には君原健二さん(1968年メキシコシティ・オリンピック、マラソン銀メダル)のコーチとして名を馳せ、テレビのマラソン解説者としても1984年のロス五輪あたりまで、唯一無二と言える存在の方でした。
いま、「名選手から名指導者へ」の道を歩みつつあると思われるのが、2001年から5連覇、さらに1年置いて3連覇を重ねた岩水嘉孝さん(順大~トヨタ自動車~富士通)です。まさに三浦選手に破られるまで18年間、日本記録保持者であり続けた21世紀のレジェンドは、今年から資生堂の監督として、「強く、速く、美しい」女子ランナー育成の大任に就いています。
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この他にも、歴代日本チャンピオンの中には陸上長距離界で名を遺す名ランナーの名が並びます。
1961年優勝は、中央大黄金時代の一翼として箱根路に健脚を誇り、NTVの箱根駅伝解説でもお馴染みだった横溝三郎さん。
64年東京オリンピックの年には、大東文化大監督、関東学連会長、日大監督などを歴任した青葉昌幸さん(日大)。ただし青葉さんは、前述の横溝さんや後述の猿渡さんを含む五輪代表3人の中には選ばれませんでした。
翌65年からは、猿渡武嗣さん(八幡製鐵)が5連覇して、一時代を築きます。確か、66年か70年のアジア大会だったと思いますが、水濠で頭から墜落するように転倒しながら金メダルを獲得したことがあったという記憶があります。
外国人選手も正式参加を認められていた大会で、仙台育英高時代の94年に8分19秒21という大会記録、当時のジュニア世界記録を叩き出したダニエル・ジェンガ選手の走りは衝撃的でした。全国高校駅伝で史上初の3年連続区間賞、流通経済大進学後はさらに日本選手権を2度制覇。後にマラソンに進出し、東京国際マラソンと東京マラソン(初代王者)の両方を制覇した唯一人のランナーとなりました。
岩水さんが連覇中に唯一敗北を喫したのが、2006年、当時中央学院大の篠藤淳選手。今なお残る箱根9区の区間記録保持者です。最後の水濠、乾坤一擲のノータッチ・ハードリングで常勝・岩水を振り切った名勝負でした。2014年に再度王座に就いた、息の長い3000mSC専門ランナーです。

そして、6連覇の小山さん・8回優勝の岩水さん・新王者三浦選手とともに、脈々と伝統を受け継いでいるのが「サンショーの順天堂大」ですね。
88・89年に連覇した山田和人さん、92年優勝の仲村明さんは、86~89年に箱根駅伝V4を達成した順大黄金時代の超強力ツートップ。(ただし2人の4年生時は5連覇を阻まれる)
そして、2016年、順大1年時にリオ五輪代表となり、18年に日本選手権を初制覇した塩尻和也選手(富士通)。
日本記録もまた、小山さんの後、新宅さん(日体大)を挟んで岩水さん、そして三浦選手と、順大の面目躍如たる受け継がれ方をしてきています。

そしてまた、三浦選手の日本人離れしたスパート力も、順大の大・大・大先輩になる澤木啓祐さん以来だと思います。半世紀以上前のヨーロッパのレースでモハメド・ガムーディ選手やキプ・ケイノ選手をバッサリと斬り捨てたと言われる澤木さんのラストスパートもまた、順天堂大のもう一つの伝統として、若き三浦選手に継承されているような気がしてなりません。
そんな日本のサンショーがオリンピックの舞台で世界にチャレンジするのは、陸上競技が始まる7月30日の、しかも“いの一番”のオープニング・レースです!


⑧スプリント・ハードル界にも伝統の風

伝統についてもう一つ。サンショーだけでなく、男子110mHと400mHにも、根強い伝統校の勢力が隠然と残されていますね。
そう、ハードルといえば法政大の伝統です。今回も、110mHには金井大旺選手(法政大~ミズノ)が、400mHは黒川和樹選手(法政大2)がしっかりと名乗りを挙げています。
過去には、400mHで苅部俊二・斎藤嘉彦・為末大・岸本鷹幸と、立て続けに日本のエースを輩出。110mHのほうでは、今世紀初頭に「谷川・内藤時代」を築いた内藤真人さん(法大~ミズノ)、少し間を置いて矢澤航選手がトップで活躍しました。もっと古いところを言えば、1969・70年の日本選手権を勝ち、その後母校の教授・解説者として長く活躍された渡部近志さんという方がいました。3連覇を狙った大会でしたか、私の観戦する目の前で派手に転倒して敗れ去った姿を、よく憶えています。

ヨンパーには順大勢力というのも侮りがたく、山崎一彦・河村英昭・吉澤賢(現競輪選手)といったオリンピアンを輩出していますが、最近は少々低迷気味。
110mHの順大勢はそれに比べるとこれまで劣勢でした。パッと思い浮かぶのは、日本選手権を制し、その後ボブスレーで冬のオリンピックに出場を果たした井上将憲さんくらい。(確か、奥様は鯉川なつえさんでしたか?)
※7/15追記 初めて13秒台の世界を切り拓いた岩崎利彦さんを忘れてましたね!
ところが、その劣勢を一気にひっくり返す大攻勢に出ることになったのが、泉谷駿介選手と村竹ラシッド選手の大活躍でした。

泉谷選手には、たまげましたね。4月の織田記念での金井選手の日本新記録・13秒16にもたまげたもんですが、それを一気に0.1秒も更新して13秒06とは!!
0.1秒“も”更新したのはあくまでも金井選手の記録でして、自身のPBは実に0.24秒も、咋シーズンからは0.30秒も伸ばしちゃったんですから、まさかまさかでした。
その後を追うようにして村竹選手も予選で13秒28。「鉄壁」と思われていた代表候補トリオのうち、調子が今一つ上がってこない高山峻野選手あたりが食われそうな勢いを感じさせました。この時点では、泉谷選手のベストをも上回っています。石川周平選手ともども、決勝のフォールス・スタートは返す返すも残念でした。

男子110mHという種目は、ここ数年世界的に記録のレベルが停滞していて、先ごろの全米トライアルでは久々に12秒台の声を聞いたとはいうものの、主要な世界大会での優勝タイムは概ね13秒0前後。年間トップリストでも、泉谷選手の13秒06はここ5年間どの年でも世界の4位以内、仮に昨年ならナンバーワンとなる記録でした。
大体のところで言うと、世界大会の決勝進出ラインが13秒2台、13秒0台ならば確実にメダル争いというのが、目安となってきます。
ということは…調子が悪いといっても13秒37でまとめた高山選手(PBは13秒25)までを含め、日本選手は順当にいけば全員準決勝進出はまず安泰。そのまま決勝に3人の名を連ねることも、あながち夢ではありません。そして、再び13秒0台の記録が出るようなら…!
もちろん、五輪の大舞台で実力をまったく発揮できずに終わる、というのが日本人選手の悪しき伝統ではあり、殊にワンミスで奈落に転落するような種目のことですから、過度の期待はするべきじゃないんでしょうけど、でも、期待しちゃいますよねえ。

2004年のアテネオリンピックで谷川聡さんが13秒39を出して準決勝に進出して以降、私は日本の110mHにずっとやきもきし通しで、どちらかというとあんまり見たくない種目の一つになっていました。それが、この3年間で急激にこんな状況になるとは、想像もできませんでした。
世間的には100mの盛り上がりの方が遥かに上ですが、実はそれよりもずっと「世界」に忍び寄っている激熱種目、男子110mH。オリンピック選考会のフィナーレを飾る(実際にはその後、男女の200mが残っていましたけど)に相応しい、素晴らしいリザルトでした。

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記+α その⑤⑥



その⑤ 男子4×100mリレー代表選考事情

7月2日、オリンピック陸上競技代表選手の全容が発表されましたね。
発表されてみれば、結局のところ個人種目で資格(標準記録突破またはワールドランキング圏内)を持つ選手は、種目あたり3人を超えない限りは全員が、4人目がいる場合は補欠として、すべて代表に選出されたことになります。( 2日以降にWR圏内に入った3000mSCの塩尻選手も、補欠に追加されました)
実はWRでぎりぎりターゲットナンバーに届かず涙を呑んだ選手の何人かは、今後最終エントリーまでの間に出場辞退を表明する選手が出ると、追加で招集される可能性があります。
女子やり投では、今季ブレイクの上田百寧選手が“次点”の33位。佐藤由佳選手が34位。また男子10000mではTN27に対して田澤簾選手が29位と、このあたりは結構な確率でインヴィテーションが来るのではないでしょうか?ただ女子JTの場合、33位と34位はまったくの同ポイント(ビッグポイントの差)で、32位とは僅か1点差。このまま追加がなかったとしたら、日本選手権の結果が悔やみきれないものとなるでしょうね。(日本選手権で1つでも順位を上げていれば、圏内でした)

またリレー代表としては、事前に陸連が提示した「代表選考要領」のとおりにロジカルな手続きを以て、代表選出となりました。
全体として結果を見ると、女子やり投のように順位がポイントにシビアに影響したケース、およびリレーのような特殊ケース以外は、日本選手権の成績はあんまり関係がなかったのかな、というのが率直な感想です。

この中で一般の方々に分かりにくかった点としては、リレー代表の選考過程でしょうね。
まず、3年前の世界選手権で既に代表権を得ていた男子4×100mRと、今年のワールドリレー・シレジア大会で権利を獲得した男子4×400mRおよび女子4×100mRとでは、選考過程が異なります。また、今大会ではリレーのエントリーについてのWA(世界陸連)ルールが変わり、従来の「1カ国6名」から「5名」に、また4×100mRならば100m、4×400mRならば400mの個人種目で代表に選出されている選手は必ずメンバー入りするというように、編成が条件づけられているのです。

男子4×100mRの場合、これに従って日本選手権で100mの代表内定となった多田・山縣の両選手は、リレーメンバーとしても即日内定。7月2日の時点で3人目の100m代表となった小池選手もこれに加わりました。残る2枠には、第2の選考要綱として「第 105 回日本選手権、参考競技会の成績を総合的に判断し、リレーの特性と戦略を考慮して 選考された競技者」とあり、これに沿って桐生・デーデーが選出され、高校生の桝田選手が補欠となりました。
この第2の選考要綱というのが結構曖昧模糊としていて、陸連幹部による「総合的判断」が働いたであろうことは、仕方がないでしょう。

もともと男子4継は金メダルを目標とする最重点種目であり、最終選考会の結果はもとよりそれ以外の要素も勘案したうえで、最高の布陣を築くことが求められています。純粋にロジカルな選考過程を踏まえなければならない一方で、私が本ブログでも再三指摘してきたように、「100mの走力×4人分が400mRの実力ではない」という、奥深い4継理論を具現化するメンバー選びが必要なのです。つまり、
 ①100m競走の絶対的走力
 ②実際の4継で個々が担当する距離および走路条件を考慮し、200mの走力および走順適性
 ③バトンワークの熟練性…経験値と合同練習の頻度
 ④現時点から本番までの過程における心身のコンディション
 ⑤その他
と、さまざまな要素を加味して検討していくと、まず個人での参加資格を持ちながら個人種目で代表選出が叶わなかった桐生のメンバー入りは問題なく確定。上記では④にやや不安がありますが、その他の要件としては文句なしの有資格者です。
続いて、最終選考会の順位からいうとデーデー選手。実績としてはサニブラウン選手、さらには200mで追加代表となった飯塚および山下選手の比較ということになりますが、当面のメンバー選出としてはデーデー選手で妥当でしょう。
彼は①についての実績がまだまだ不十分ながら、最終的なメンバー選定への選択肢として残しておくためには、ここで「リレー代表」としておかなければなりません。結果的に、日本選手権の100m上位5人がリレー代表となることで、内外の賛同も得られやすい選考と言えます。
サニブラウン選手に関しては、①②の実績では抜きん出ていますが③④に大きな問題があって、「最強メンバー」の名を採るか実を採るかというところで、構想からは外れざるを得ないところがありました。

今後、選出された5人および桝田選手を加えた6人以外に飯塚・山下両選手を含めた中から、5人の最終エントリー・メンバーが絞り込まれ、予選・決勝のオーダーが組まれていくものと思われます。
最終的には代表メンバーの5人がそのままエントリーされると思いますし、全員のコンディションに問題がなければ、決勝のオーダーは「多田-小池-桐生-山縣」ということになるのではないか、というのが私の予想です。バトンワークの予行演習とメンバーの調子の確認の意味で、予選もまた同じメンバーとなることでしょう。
飯塚選手にはチームJAPANのリーダーとして、また桝田選手には将来の幹部候補生として、それぞれチーム内での役割を果たしていただけたら、と思います。
RIO040


その⑥ 男子4×400mR・女子4×100mR選考事情

この両種目の代表選考については、「オリンピック代表候補選手のうち、…」という前提条件が提示されています。この「オリンピック代表候補選手」というのは、「シレジア世界リレー選手権大会(選手権大会ではないんですけど、まあいいか)の日本代表派遣者」および「参考競技会(WAが記録を認定する競技会)でのリレー代表候補選手設定記録突破者」となっており、要は「シレジアでメンバーだったこと」が一つの条件になっています。4×400mRの場合は、混合の代表も含みます。ちなみに後者の「リレー代表候補設定記録突破者」という要件を満たしたのは、女子100mの兒玉選手ただ一人です。

さてここからは、両種目で少し選考要領が異なります。
まず男子マイル継は、「①400m代表選手」「②オリンピックリレー代表候補選手のうち、第105回日本選手権400m/200mの結果から、リレーの特性と戦略を考慮して先行された競技者」となっていて、まず個人枠で代表になったウォルシュ選手が確定。残りの4名は、世界リレーの銀メダル・メンバーがそのまま日本選手権の上位4名を占め、すんなりと決まりました。
もしも5位以下で記録的に図抜けていたり、実績・経験で考慮すべき選手がいれば一考の余地はあったかもしれませんが、まず順当な選出と言えるでしょう。

一方の女子4継は、「①100m代表選手」でこれは該当者なし。で、肝心の②ですが
「オリンピックリレー代表候補選手のうち、シレジア世界リレーに出場し、出場権を獲得した競技者…」云々となっており、これに該当するのが兒玉・鶴田・齋藤・青山の4選手。実際のレース(予選・決勝)に出場できなかった石川選手もまた、代表メンバーです。したがって、こちらもすんなりと、5人のメンバーが確定したと思われます。
ネット・ニュースの書き込み欄などを見ますと、日本選手権100m2位の壱岐あいこ選手や3位の名倉選手が選ばれなかったことについて、「不公正だ」とか「陸連に説明責任を求める」などといったコメントが目につきました。中には「8位の青山選手が選ばれたのはどう考えてもルックス重視」などという声もありましたが、調べればすぐに分かる事情をきちんと調べもしないで、無責任な投稿をするのはいかがなものかと。(とは言うものの、陸連さんの「選考要領」ページ、かなり分かり辛い処にありましたね)
今回、メンバーの1人・鶴田選手が体調万全でなかったために100mを回避、200mで2位になったことで「本番はOK」を証明してみせましたが、もし鶴田選手の脚の状態が深刻なものであれば、100m2位の壱岐(妹)選手は真っ先に選考されたでしょうが、結局補欠登録に留まった事情は、そういうことです。

かつての女王・福島千里選手の全盛期に近い実力を身に着けつつある兒玉芽生選手を筆頭に、学生陣にずらりと実力者が揃う女子短距離は、今季11秒4~5台が7人と、徐々に全体のレベルが上がっています。とりわけ兒玉選手の日本人離れした雄大な(?)下半身や石川、青山両選手の育ち切った(?)長い手足を見ていると、ますます数年後を期待してしまいます。東京大会をステップに、彼女たちが福島選手や髙橋萌木子さん、中村宝子さんらが築いた女子スプリントの財産を受け継いでくれることを、心から願っていますよ!

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記 その③④



その③ 解けた靴紐
注目中の注目は、第2日・最終レース、男子100m決勝。
実は不謹慎にもSNS友達と「3連単予想」をやってました。ちょうど都合よく、当日のN刊スポーツに「馬柱」を模した出走表が載ってたもんですから。
人気は④枠・山縣選手と⑥枠・多田選手に集中。続いて⑤枠・桐生選手の底力への期待が続きます。順当に来ていれば本命だったかもしれない③枠・サニブラウン選手はやや劣勢。
私の予想は、③と⑤は調整に難ありと見て、④-⑥-⑧(山縣-多田-小池)!
……結果、誰も当たらず⑥-⑤-④の特大万馬券あいや万人券となったのはご承知のとおりです。デーデー選手の2着は予測不能ながら、私の見立てはまあまあだったかなと、自画自賛。

この日の放送は、進行がやや押し気味だったらしく、100mがフィニッシュして代表内定者のインタビューが済むと、解説者(高平さん)とともにじっくりレースを振り返る時間がなくなってしまった感じで、番組終了となりました。
見ていた限り、多田選手は実に素晴らしいレースをしたとはいえ、2着確保は間違いないと見えていた山縣選手がデーデー選手に交わされ、さらに後続の塊に飲み込まれかけたのが、私にはどうにも腑に落ちませんでした。そのあたりの状況をもっと知りたいと思っていたところで、一度だけ再生された横からのスロー映像を見て、私は思わず「あっ!」と声を上げてしまいました。

ゴールまで残り10歩ほど(後でビデオ再生して確認)、ということは80メートル付近でしょうか、山縣選手が一瞬腰を落とし、手足の調和を完全に狂わせています。一瞬で立て直したのはさすがですが、これがあって、一時はサニ選手や桐生選手に1メートル以上つけていたリードが見る間に縮まり、ゴールラインでのあの大混戦となっていたのでした。
「つまずいた?…まさかね」と思いながら、続いて再生された正面からのスローを見て二度ビックリ。なんと、そのガクッときた瞬間から、スパイクから白く細長いモノが飛び出して、ヒラヒラと舞っています。
「靴紐が解けたんだ!むしろそれで、よく3着に粘ったもんだなあ…。」
100mで、これほどのビッグイベントの有力選手が、靴紐が解けた状態でラスト20mを走り切ったのは、前代未聞の珍事と言っていいのではないでしょうか。
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このことはTVの生放送中は全く指摘されず、現場のマスコミもほとんど気付いていなかったようで、ようやく翌日になってチラホラと記事になった程度。
何よりも当の山縣自身が一言もそのことに触れず、後に取材されても「影響はなかった」みたいなことをコメントしていたので軽く流されてしまった感がありますけど、いやいやいやいや…!
私みたいな末端の市民ランナーだって、ジョギング中に靴紐が解けたりしたら、走れなくなりますよ。ましてやスピードの限界に挑んでいる最中に、そんなあり得べからざることが起きて、影響がないはずはありません。現に、山縣選手はその瞬間に体勢を崩し、急激に減速してるじゃあありませんか。

当人がそれに触れず、聞かれてもさらりと受け流したのは、理解できます。
だってトップ・スプリンターとしては、実にお恥ずかしい失態ですもの。もしそれで五輪代表を逃していたとしたら、自身は一生後悔するし、「いや靴紐のせいで…」と言ったところで人からは「自業自得」と評価されるしかない、そんな大チョンボですから。

九死に一生を得た山縣選手、これでオリンピック本番では万に一つも、同じチョンボを犯す心配はないでしょう。そのことだけは、万々歳でしたね。



その④ センゴは楽しい
ここのところ、TWOLAPS横田真人氏の活動や情報発信を軸に、中距離界がたいへん賑やかに盛り上がっています。オリンピック選考会ということで言えば、男子の800mも1500mも代表選出は下馬評でもほぼ望み薄の状況ながら、なぜか仲間内で独自の盛り上がりを呈しつつ、白熱の好レースを見せていたのが、面白かったです。
『Track Town JPN』(文化放送Podcast)では、そうした盛り上がりにまつわる、中継映像には映らない裏話をいくつか披露してくれていましたので、ここに簡単にまとめておきましょう。

*なぜ男子1500m予選2組が、いわゆる「死の組」になったのか?…河野匡さん情報によれば、「直前になって“田”の字のつく奴が800一本に絞ることにしたもんで、当初の割り振りが1個ずつずれちゃったんだよ」とのこと。

*その予選、1組の序盤が超スローペースになった瞬間、控えでモニターを見ていた2組の選手全員が、「よっしゃ!」とガッツポーズした。

*1組のタイムが悪かったため、2組は7着まで予選通過の可能性が高まったとは言っても、その順位確保のためには先頭を引っ張りたくないと皆が思っていたところ、高校生の佐藤圭汰選手が果敢にペースを作ってくれた。1着通過の舘澤選手は「高校生に引っ張っていただいた」と敬語になるし、佐藤選手は今や「サンキュー・サトウ」と呼ばれている。決勝でも、サンキュー・サトウは活躍した。

*望み薄でも一応選考会とあって、招集所には予選から独特の張りつめた空気が漂っていた。が、ただ一人ヘラヘラとしてまるで緊張感のない男がいた。他ならぬ、優勝した河村一輝選手である。

*男子1500m決勝。スタート直前から突然の豪雨に見舞われ、客席大移動が始まったため、観客はほとんど誰もスタートを見ていなかった。報道陣も、「この後の男子100m決勝に支障があっては大変」と機材保守に走ったため、ほぼ全員がセンゴを捨てた。その大雨の中、優勝した河村選手がウィニングランを始めたのを、報道陣は呆れて見ていた。日本選手権出場者の中で一番ふざけていたのが河村選手。

その他、細かいヨタ話を含め、パーソナリティの西本武司さん(EKIDEN News主宰・OTT理事)の語り口で大いに脚色されているところもあるでしょうが、捧腹絶倒の一部始終が楽しめます。
 Track Town JPN → https://omny.fm/shows/podcastqr1/playlists/track-town-jpn


大盛り上がりの中距離ブロック、最終日は“田”の字の人こと田母神一喜(阿見AC)と卜部蘭(積水化学)と、800mをTWOLAPS勢がアベック制覇。横田コーチにとっては至福の一日となりました。

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記 その②



その② 男子5000m問題
さて、6月24日の初日・最大の話題は、男子5000mがスタート後の1000m少々からフィニッシュ直前まで、まるっきりレースの状況が中継されなかったという珍事への批判でした。
これについては『Track Town JPN』(文化放送Podcast QR)の中でも笑い話として、ただ本音のところでは「何とかならんかねえ…」といったニュアンスで取り上げられていました。

中継をご覧になっていない方のために簡単に説明しますと、男子5000mがスタートしてすぐ、中継がフィールドの方に切り替わりまして、これはまあいつもの、というかよくあるパターン。ところがちょうど、同時進行していた男子走高跳・女子走幅跳ともに大詰めの局面を迎えていたこともあって、両種目をテレコで切り替えていくばかりでなかなかトラックの実況に戻りません。
「5000はどうなったんだ!?」といいかげん視聴者のイライラが募るうちに、とうとうラスト1周を告げる鐘の音がBGMふうにカラカラカラン♪と聞こえてくる始末。ようやく画面が切り替わった時には、先頭のジャクソン・カベサ(Honda=オープン参加)がゴールする瞬間、ということになったわけです。3番手の遠藤日向選手以降に日本勢が雪崩れ込みますが、こう切り替えられてすぐでは誰が誰やら、咄嗟には判別できません。…

この日のシニア決勝種目は、この3つのほか男子円盤投の計4つだけ。プログラム的には男女100m準決勝がメインイベントの扱いでしたが、男子5000mは何といってもトラック・シニア唯一の決勝種目。しかも出場者全員が13分38秒以内の資格記録を持っているというレベルの高さで、標準記録の突破も十分に期待される注目のレースでした。
そして実際のレース内容も、結果的には実らなかったものの遠藤選手の記録への挑戦と、メイン集団でのスリリングな展開があり、見どころ満載の好レースの末に、松枝博輝(富士通)がWRでの五輪出場権をほぼ確実に射止めた結果となったのです。
NHKが“お詫び”のつもりかどうか、HPにフルサイズの動画をアップしていますので、いちおうリンクを貼っておきましょう。(そのうち削除されると思いますが)
https://sports.nhk.or.jp/olympic/video/e7d144eef2b64c8c953db3dcc1d291a5/



なぜこの“事件”が起こったのかについて、『Track Town JPN』では主にプログラムの組み方と中継技術の面から語っていました。特にU-20選手権を併催したことの皺寄せは大きく影響したでしょうし、また分割画面での中継や、NHKなんだからサブチャンネルを使って両方見せれば、などの意見もあると思いますが、技術面や費用面を考えると難しいかも。
放送開始に先立って行われていたライブ配信でも、「メインチャンネル」と「フィールドチャンネル」の2本立てにしておきながら、レース後の選手の表情などよりも記録画面を長々と映したり、頻繁に挟まれる表彰式の映像にイライラしたりと、それでも5年前のライブ中継に比べたら格段の進歩ではありますが、課題は山積といったところでした。
少し話は逸れますが、TV放送の開始とともにライブ配信が打ち切られるのが通例になっているのは、局側の要望ということなんでしょうが視聴者ファーストではありませんね。こういう時のために、またTVが視られない状況にある人のためにも、残しておくべきではないでしょうか。5年前の日本選手権でも、ちょうどTV開始と同時にスタートした女子10000mが、スタジオ・トークによる長い前フリのために全く画面に映らず、ライブ配信も打ち切り済み。ようやく映った時には先頭集団が3人になっていた、なんてことがありましたっけ。

さて、私が思うにこの「5000m問題」の根本にあるのは、「どうせ長距離種目は視聴者が途中で飽きるから、スタートとゴールだけ見せときゃいい」という、昔から陸上競技の中継放送制作者に根を張っている誤った考え方です。
ご存じのように、『世界陸上』(まず、この略し方がキライ)を独占放送する某民放が、長距離を放送する時には必ず2回以上のCMを平気で挿入します。3000mSCの場合8~9分のレースのうち、4分間がCMです。同局が最初に中継した1997年の世界選手権では、10000mのレース中に90秒CMをなんと5回もぶっこみました。今でも120秒×3回+フィールド挿入が普通です。
「長距離種目は視聴者が飽きる」という先入観を持っているのはNHKとて同じようで、必ずと言っていいほどにフィールド種目の状況が途中挿入されます。
こちらからしてみたら、まあフィールドも気にはなるけど必ずしもリアルタイムである必要はない。それより間を少しでもカットされたら、長距離走の魅力は半減してしまうよ、と言いたい。ここに陸上を愛する視聴者との大きな乖離が生じてしまうのです。
幸い今年は男女10000mのみ別開催となってノーカット版を堪能できましたが、誰か見てて飽きましたか?

スポーツ中継放送にも台本(もしくは簡略化した進行表)というものがあり、たとえばこのタイミングでこの告知をしなければならないとか、競技進行上ここでトラックとフィールドを切り替えてとかの放送予定を決めておかないと、映像と字幕の切り替え、アナウンサーの喋り、VTR挿入といった進行の流れを各スタッフが共有することができません。今回の“事件”は、当然のように5000m序盤を過ぎたらいったんフィールドへ、という台本があったはずです。そうしたら思いがけずも両種目が佳境に入ってしまったため、戻すに戻せなくなった、というところでしょう。
ここの匙加減はディレクター氏の判断によるもので、残念ながら当該ディレクターさんは陸上ファンの気持が分かってなかった、ということになります。

今回の“悲劇”を繰り返さないためには、放送スタッフ(特にディレクター職)が経験を積んで、視聴者の気持を理解した番組構成(台本作り)と現場判断をしていくことが必要です。
ただ、陸上競技の中継というのは非常に現場数が少ない(NHKの場合で織田記念、日本選手権、インターハイ、国体の4大会のみ。それも開催地により現地局の人材が投入されるのだとすれば、経験値はより分散される)ため、その場数がなかなかこなせない。特にディレクター職という立場は組織内の役職が昇進するとすぐにプロデューサー職や他の部署に代わってしまうので、熟練者が育ちにくいというジレンマがあります。(むしろ下請けの制作会社などが行っている場合はスポーツ競技ごとにベテラン・ディレクターが育つ環境となる)
放送スタッフの中では最も経験豊富で競技に精通しているのが、アナウンサー職のベテランですから、そうした方々の意見を十分に参考に、今後の改善を図っていただきたいと思います。
私たちは、熱い競技内容とともに、それを熱く伝えてくれる中継番組を視たい!…ただそれだけであります。

今回も長くなりましたので、「その③」は引き続きということで。

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記 その①



『第105回日本陸上競技選手権』が終わりました。
5年前のリオ選考会の時は、種目ごとに「速報ニュース!」みたいな感じでこのブログをアップしまくってたんですが、今じゃTwitter見てるほうがよっぽど早いし、情報の、というか速報の洪水みたいなもんだから、今回は出しゃばらずノンビリと、それでも熱く観てました。月陸Onlineさん、EKIDEN Newsさん、いつもお世話になります。
となると、長文ブログの使命としては、じっくりと観戦記を書き残しておくことかと。私なりに強く印象に残った出来事を、いくつかピックアップしてみたいと思います。

JAC37

その① 福島千里選手について、私信ふうに語ります…
福島千里選手、あなたはこの10余年間というもの、間違いなく日本陸上界・唯一無二のヒロインでした。
女子短距離種目では、長い間、オリンピックにただ出場するということすら誰にも果たせない遠い遠い夢でした。アスリートにとっても、ファンにとっても。それを、あなたは3度も叶えてくれました。
日本の女性でも、もしかしたら100mで11秒を切れるかもしれない、そんな夢のまた夢さえ抱かせてくれました。
2011年6月、私は、日本選手権に出場するあなたを現地で見たいがために、はるばる熊谷まで出かけたものです。(茨城から埼玉北部って、電車だと案外行きづらい…)
当時のあなたは、日本のみならずアジア最速の絶対女王。新進気鋭の高校生と注目された土井杏南選手をぶっちぎっての優勝、本当にカッコよかった。
それから、いくばくかのスランプ期間を経てのリオ代表選考会。降り注ぐ陽光の中で200mのゴールを22秒88で駆け抜けた時の、輝かしい笑顔は忘れられません。
そんなあなたにとって、この5年間は、栄光の日々を帳消しにしてしまうほどに、長く苦しいものだったかもしれません。


昨年末、NHKで放映された『スポーツ×ヒューマン』を視ました。
冒頭から、訥々と語り始めた女性のナレーション。その声の主が字幕で紹介されたとき、衝撃を受けました。あなたにとっては高校時代のライバルだった、中村宝子さん…今はNHK福岡放送局に勤務し、番組のディレクター兼カメラマンとして、あなたの密着取材を任されたのだと知りました。
福島選手と中村さん、そして先ごろ公式に引退を表明した髙橋萌木子さん。髙橋さんは100m史上初のインターハイ3連覇と高校記録を、中村さんは3年時のインターハイ200mで驚異的な高校記録を樹立したスーパースターで、あなたは常に2人の陰に隠れる存在でしたが、後に立場を逆転して短距離界の絶対女王となります。
女子の短距離にこれほどの逸材が集まった、驚異の世代。3人はまた、プライベートでも親しい友人どうしであったことが知られています。

その中村さんの目がカメラのレンズと同化して、苦悩するあなたの姿を冷徹に追う45分間。序盤では、山﨑コーチとの間で「11秒8とか…まさか(そこまでは)ね…」といったやり取りが見られますが、試合を重ねるにつれて、その「まさか」が現実として突き付けられます。無名の高校生にすら勝つことができずに、とうとう昨年の日本選手権出場権を逃してしまった経緯が、耽々と語られていきます。
取材中、オフレコであなたと中村さんは何をどう語り合ったのだろうか?競技への挫折をいち早く経験している中村さんが、どんな言葉をかけたのか…敢えてそのあたりを封印したまま、あなたの表情を追い続けた結果、この番組は優れたドキュメンタリーになりました。(沢木耕太郎氏が開拓した「私ノンフィクション」という表現手法を勘違いして、自分自身が出たがるジャーナリストがどれだけ多いことか!)どん底を味わいながらも、100均でちょっとした練習道具を購入して家路につくあなたの背中を映しつつ、番組はエンディングに向かいます。
あなたの魅力であるホンワカとした笑顔が、終始泣き顔の代わりに思えるほど、このドキュメンタリーの主人公には救いが訪れません。ひたすら苦悩し、しかしまだ終わるつもりはないともがく、かつてのスプリント女王。その余韻を響かせて、2020年が暮れるのに併せるかのように、中村さんとあなたが共有したひと時はフェードアウトしていきました。

2021年の陸上シーズンが始まった時、華やかな記録ラッシュの期待に沸く一方で、福島選手の動向に思いを馳せたファンは少なくなかったはずです。12秒も切れない最悪の状態を
どうやら脱したかに見えたあなたが、とうとう布施スプリントで日本選手権の参加資格に到達したとき、そうしたファンの快哉が、静かに鳴り響きました。
その控えめな快哉はしかし、もはや残り僅かな時間ではかつての女王としての力を取り戻すことは不可能だろうという、諦めの入り混じった反応でした。すでに女子短距離界の主役は大学生を中心とした新世代の面々に移っており、出場の決まっている400mリレーのメンバーに入ることさえ、余程の奇跡でも起こらない限り無理だと分かっていたからです。
そして、その通りの結果が待っていました。

100m予選を終えて、かつてのヒロインに向けられた半ば儀礼的な取材に対して、あなたは今後の進退について明言はしませんでしたね。
「まだやり尽くしていない」という思いがあるのでしょうか?
だとしたら、一度思い切って、ある程度の時間…そうですね、たとえば丸々2年間くらい、競技を離れてみてはどうでしょうか?
慢性の故障を抱える脚を徹底的に休ませ、次に何をすべきかを熟考する時間が、あなたには必要だと考えます。大好きな駆けっこから離れられないというのであれば、今では陸上界には指導者や裏方として活躍できる場が多数用意されていますから、そうした環境でリフレッシュしつつ、自分自身を俯瞰してみることは、いいことに違いない気がするのです。
33歳という年齢でそれを決断することには途轍もない勇気が必要でしょうが、新谷仁美選手や後輩の寺田明日香選手がどうして数年間のブランクを成長の糧に替えることができたのか、そこにはきっと、「一度離れたからよかったのだ」という確たる理由がある筈なのです。
もちろん、スポンサー関係はじめ生活上の難問もあるでしょうが、第一線に復活するには、もうそれしかないと私には思えます。

そして、もしもこのまま、あなたがひっそりとスパイクを脱ぐことになったとしても、あなたが陸上界の輝かしいヒロインであり続けた事実は、褪せることはありません。どちらにしても、私たちは心からあなたに感謝し、将来も応援し続けることでしょう。
とりあえずは、東京五輪代表へのチャレンジ・ロード、お疲れさまでした。
最後になりましたが、2日遅れのハッピー・バースデイ!当日に間に合わなかった筆不精をお許しください。

(思いのほか長くなってしまいましたので、②以降は次回に)

ギャラリー
  • 『第42回全日本実業団対抗女子駅伝』大胆展望
  • <再掲載>連載「懐かしVHS時代の陸上競技」#3 ~1987年/第22回福岡国際マラソン
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