◆初め良ければ・・・スタートから目を離すな!

どんな競技でも、スタートはスプリント種目の生命線。アスリートは出遅れや失敗がないよう超人的な集中力をここに注ぎ込み、観客はその瞬間を息を呑んで見つめます。

100メートル競走は、たった10秒内外の時間で、すべてが決してしまいます。選手の疾走スピードは最大秒速11メートルを超えるわけですから、100分の1秒といえども移動距離にすれば10センチ以上ということになります。10センチといえば、ゴールを真横から見ていれば肉眼でもはっきりと認識できるほどの差であり、選手にとっては決定的な距離と言えます。

この10センチ、0.01秒を削り出すために、選手は時に己の人生を賭けて努力を積み重ねているのでありまして、特にスタートの成否はこの0.01秒という時間をいとも簡単に稼ぎ出したり、逆に放出してしまうという、極めて重要な局面なのです。


もちろん、「100m競走はスタートがすべて」などと言うつもりはありません。むしろスタートをあまり重要視しないことで好結果に結びつけたというスプリンターの話も、たくさんあります。それはそれとしてまた後述する機会もありましょうが、仮に同じようなトップスピードとスピード持続力を持つ選手が並走したとすると、勝敗を分けるのはやはり、スタートおよびそれに続くダッシュの能力と技術、そしてピストルの音を聞いてから走り出すまでの反応時間、ということになるのです。
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◆スタートにまつわるルール
100mをはじめとする短距離競走では、「スターティングブロック(以降、時々「スタブロ」と略します)を使用し」「両手を地面に着いた姿勢で構える」ことがルールとなっています。すなわち「クラウチングスタート」が義務付けられているのです。逆に、800m以上の中長距離競走では、スターティングブロックの使用も、地面に手を着く構えも認められません。
このルールがいつ明文化されたのかは調査不足で分かりませんが、私が記憶する昔には、「スタートの構えは自由」とされていて、短距離でスタンディングスタートをしても構いませんでしたし、ごく稀にですが800m競走でクラウチングスタートをする(さすがにスタブロは使いませんでしたが)選手をかなり大きな大会で目撃したこともあります。

なぜ「短距離はクラウチングスタートが義務」となったのか?……おそらく、スタートの姿勢そのものよりも、現在では計時システムの重要な1パートとなっているスターティングブロックの使用をマストとする必要からではないか、と思われます。つまり、「フライング判定にスタブロの使用は不可欠」だからです。

スタートの構えが自由だった時代には、「もしかしたらスタンディングスタートの方が有利なのではないか?」という議論が常にありましたし、現在でも上記の縛りがない小学生の競技などでは、このことが話題になります。
クラウチングスタートの原理は、ごく簡単に言ってしまえば「前につんのめる力」を推進力に変えるということで、これにより、緩慢になりがちな「動作の始まり」をスピードアップさせるということです。つまり鋭いスタートダッシュを生むために最適の方法、ということです。
しかしながら、そのためには本当につんのめって転倒してしまわないように、体を支える強い脚力や体幹も必要になります。だから、筋力の十分でない小学生程度の子供では、むしろスタンディングスタートのほうが、初めからランニング・フォームがとれるために滑らかにスピードアップできるとされていて、これを科学的に検証した事例などもあります。

また、スターティングブロックなしにクラウチングスタートを行おうとすると、スパイクシューズを履いていたとしても水平に近い向きに前足を蹴り出す際に滑ってしまい、どうしてもうまくいきません。

「スターティングブロックを用いる」「クラウチングスタートを行う」という短距離走の2つのスタート・ルールは、切っても切り離せない関係になるわけですね。

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◆クラウチングスタートの始まり
クラウチングスタートを初めて世に知らしめたのは、近代オリンピックの第1回・アテネ大会(1896年)で100mと400mの短距離2冠に輝いた、トーマス・バーク(アメリカ)だと言われています。記録は100が12秒0、400が54秒2でした。現在の女子高校生の全国レベルくらいですが、これが当時の世界最高峰でした。
彼が実際にどのようなスタイルのスタートをしていたのかは、残された写真からでしか窺い知ることはできませんが、現在のクラウチングスタートとさほど変わりないように見受けられます。
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左から2人目がバーク選手。隣のレーンの選手が木の杭のようなものを使って構えているのが、面白い光景ですね。
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◆スタブロのない時代

陸上短距離選手を主人公にして描かれた映画『炎のランナー』(1981年、イギリス)では、1924年のパリ・オリンピックがクライマックスの舞台となっています。
控室からレースのトラックに向かう選手たちの寡黙な表情が迫力たっぷりに描かれているシーンがありますが、どの選手も手に銀色の鏝(こて)のようなものを持っています。
これは、スタートの位置に足を入れる穴を掘るためのスコップなんですね。すでにクラウチングスタートが当たり前になっていたこの当時、どの選手も自分専用の“マイ・スコップ”を持って競技に臨んだ様子がよく分かるひとコマです。スターティングブロックが登場するのは1948年のことですから、戦前はオリンピックといえども常にこうした光景があって、レース前の選手の“儀式”になっていたのです。アテネ大会当時のバーク選手が穴を掘っていたかどうかは写真からは確認できませんが、スタンディングスタートの構えをとる選手の中にも、軽く靴で引っ掻く程度の足場を掘っていたらしき跡は見受けられますね。
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各々の“マイ・スコップ”で足場の穴を掘る選手たち。(映画『炎のランナー』より)



◆木槌の時代

時代が下って記録映画『東京オリンピック』(1965年、東宝)では、100m決勝のスタート位置に集まった選手たちが、地面に木槌を打ち付ける様子がスローモーションで紹介されます。

今でも土のグラウンド用としてありますが、この当時はまだ全天候型トラックがなく、自分の足の位置にスタブロを五寸釘のようなもので地面に固定するという作業が、どんな大きな大会でも短距離のスタート前の“儀式”でした。ただし、スタブロも木槌も、大会側が用意したものです。映画では、釘を打つ金属音が乾いた響きをたてて、独特の緊張感を見事に演出しています。

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スタブロを打ち付けるボブ・ヘイズ。「スタート前の選手たちは、緊張のあまり、むしろ悲しげに見える…」とナレーションが入ります。(記録映画『東京オリンピック』より)

現在の全天候型トラック用のスタブロは、舗装樹脂に押し付けるようにして爪のような金具を食い込ませるだけで、簡単に固定されます。そして、競技で使用されるものの多くは、ケーブルで計時システムに接続されています。したがって、大規模な競技用のスターティングブロックは一般的なスポーツ用具メーカーの製品ではなく、その競技会をサポートする時計メーカーによって製作・提供されているものです。