さてさて、オリンピック・イヤーだったはずの2020年も半分が経過しようというのに、いまだほとんどのスポーツでシーズンインが迎えられていない現在。
競馬や競輪などの国営・公営競技は一部を除き緊急事態中もひっそりと開催されていましたし、プロ野球が開幕日程を打ち出すなどして、ようやくぼちぼちと動き始めた、という状況。しかしながら、ある意味閉鎖社会の中で運営が可能なこれらのジャンルとは異なり、学校体育や観客との境界線が曖昧な陸上競技が“復活”する日は、まだまだ遠そうな気がいたします。本来ならば代表選考で沸きに沸いていたはずのこの時期、指を咥えるだけでいるのは何とも無念ですが、今しばし、耐えてまいりましょう。

「Stay Home!」のこの2か月余り、私が何をしていたかと申しますと、古いVHSビデオテープの山を引っ張り出し、通販でHD/BD/VHS一体型の中古ビデオデッキを取り寄せて(いつも使っている録画機はVHS機能がなく、それ以前に使っていたHD/DVD/VHS一体型は故障してウンともスンとも言わないため)、昔録り貯めた懐かしい映像を眺めてはそれをBDに落とし、編集し、保存したら元のテープは廃棄する、といった作業に没頭しとりました。

私の人生最大の趣味は、陸上をはじめとするスポーツを「観る」こと。それに加えて、TV放映された中継番組を「録って」「削って」(保存形態をできるだけスリムにするためCMや織田裕二など不要部分を削除編集)「残して」「時々見る」ことなんです。
もちろん一番思い入れがあるのは陸上競技ですが、競泳・自転車競技・競輪・競馬・モータースポーツ・スピードスケート・ノルディック&アルペンスキー…といった「競走」競技はどれも大好き。加えて格闘技やらボールゲームの一部なども含めて、「録って残したい」スポーツは沢山あります。小学校1年生で遭遇した1964東京オリンピックが原点なもんですから、どれもこれもな感じです。
 
そんなわけで、所蔵しているビデオ映像の量は、膨大と言えるでしょう。2003年からはHD/DVD機器を導入しましたが、それ以前の20年余に録ったアナログ映像テープは、ざっと2000本以上やそこらはあると思います。あの馬鹿デカいテープですから場所も取ります。長年の放ったらかしで、テープの劣化損傷も気になります。そいつらを丹念にチェックしては、自分にとって必要なところをBDに残していく、という作業に熱中していたわけです。スポーツばかりでなく、バラエティ番組やらドラマやら、お宝エロシーンなんかも出てきます。2か月じゃあ、とうてい時間が足りません(笑)

で、新たな競技結果なども当面出てこない昨今、世の陸上ファンのお慰みに、それらの古ビデオから厳選した映像をもとに、懐かしい陸上談義などをお届けしていこうかな、というのが久々に活動再開した当ブログの趣旨であります。
映像をそのままアップ出来たらよいのですが、残念ながら当方そうしたスキルがありませんので、ビジュアルはキャプチャー画像(というか画面をスマホで撮影した写真)でご容赦願います。
また、発掘したVHS映像は時系列的に順序良く並んでいるわけではないため、時代は1980年代から21世紀初頭までの範囲で、あちこちに飛びます。
ご承知おきの上で、お読みいただければなと思います。


第1回 1997年IAAF世界陸上競技選手権アテネ大会
1997ATHENS03.htm

◇物議醸したTBSの初中継
それまで第1回大会をテレビ朝日が、第2回から第5回までを日本テレビが独占中継していた世界選手権を、初めてTBSが制作中継した大会です。
以後現在に至るまで、陸上競技報道に悪名高い歴史を刻み続けた放送の始まり。メインキャスターは以後22年間・12大会にわたり、織田裕二と中井美穂のスチャラカコンビが務めることになります。

案内役やゲストに人気タレントを起用するという民放ならではの手法を、私は否定するものではありません。陸上競技が国内ではまだまだマイナースポーツの域を出なかった当時、それはある意味当然な企画とキャスティングだったでしょう。事実、「織田裕二が出ているから陸上を見るようになった」という知り合い(女性)が、私の身近にいたくらいです。
しかしながら、TBSの制作方針が、「陸上競技をよく知らない人にアピールする番組作り」に偏り過ぎてしまっていたところに、根本的な問題がありました。
とは言えこれもまた、
仕方のない方向性ではあります。深夜に至る時間帯ながら大量の放送時間枠を確保するために社運を賭けるほどの広告営業に奔走し、スポンサーとなった企業への当然の対応として、マイナー競技の視聴率を稼ぐことが至上命題となるのは当たり前のことですから。根本的な問題というのは、その手法と演出能力です。

その第一が、織田裕二。
当時まだ20代の押しも押されもせぬ超人気俳優。精悍で健康的で正義感の強そうなイメージには、世間一般的に高い好感度がありました。この人物をキャスティングしたことは、まずはスタッフの大手柄と言ってよいでしょう。
ところが番組が始まるや、次々と勉強不足を露呈してはトンチンカンなコメントを繰り返し、相方の中井美穂もそれに追従するばかりで、期待されたプロのアナウンサーらしさは微塵も発揮できません。
“陸上素人”なのは見ている方も知ってる事ですから、いくら勉強不足でも本来は気にもならないのですが、「お前ら陸上なんて知らないだろ?僕は詳しいんだぜ」というその知ったかぶりオーラが、もろに鼻につきました。たった1回全米選手権の取材に出かけたことだけを何度も吹聴しては、そこでインタビューしたアメリカ人選手を年来の友達か何かのように、或いは直前に資料で読んだだけの有力選手を長年注目してきたかのように紹介する図々しさに、陸上ファンは思いっきり引いちゃったのです。コメントの端々からヨーロッパやアフリカの陸上事情にはまるで知識がないこと、国内の代表選考大会すら見ていないことなどはバレバレで、だったらもう少し殊勝な態度で、もしくは傍らに専門家を立ててその説明を拝聴しつつナビゲーションできないものかな、と思わされてしまったわけです。

私のもとに残っているビデオでは、早いうちからそういう違和感を覚えていたものらしく、スタジオトークの場面になると一時停止でカットされている部分がほとんどで、正確に織田らが何を喋っていたのかを十分に検証することはできませんが、このアテネ大会は初回ということで、まだまだ大人しめのコメントだったように思えます。

もう一つ、現在も残る“悪癖”が、長距離のレース中に容赦なく挿入されるCMタイムです。
いかにも陸上競技素人、
本質的にスポーツへの愛がない制作者の考えそうなことですが、「どうせ長距離レースなど、視聴者は退屈に違いない」という先入観があるのでしょう。たかだか30分前後の10000mレース中に、90秒のブレイクを5回もぶち込んでいるのです。確かこの後の大会(セヴィリア以降)では、3000mSCで3回CMを挟んだケースがあったと記憶しています。
長距離レースは、たとえ2時間超のマラソンであっても、興味のある者にとっては退屈する場面などありません。(さすがに5時間超の駅伝となると疲れますが)
民放TVの世界でも、サッカーやラグビーなどの試合では、CMはハーフタイムに集中してゲーム実況を寸断するようなことはしなくなりました。おそらく、熱心なファンからの強い抗議が殺到した結果だと思います。
陸上競技には、何もレースを分断せずともプログラムの合間には十分な時間が取られている(むしろこの時間が退屈)のですから、CMチャンスはいくらでもあります。どうしてそこで、不愉快なスチャラカトークやら何度も見たVTR映像を優先するのか?…そろそろ、この長距離レースに対する素人臭い偏見は改善していただきたいものです。

◇まあマトモだった初回の「世界陸上」
以上は番組の編成や構成上の問題。
肝心な中継自体は、ベテランの林正浩アナを中心に正統派の実況が貫かれていて、たとえば今のように『世界陸上』という番組名に固執せず「世界陸上競技選手権…」「陸上競技の世界選手権…」と何度も呼称しているのには好ましいものを感じます。
本来TBSは陸上競技中継には実績があって、実業団の各大会や系列新聞社主催の国際大会などをレギュラー放送していましたし、この時には既に鬼籍に入られていたものの、石井智アナという、全局を通じて最も陸上競技に精通した名アナウンサーもいました。
次のセビリア大会から始まる奇妙奇天烈な「個々の選手のキャッチフレーズ」や、佐藤文康を筆頭とする暴走若手アナによる「絶叫中継」、そして数時間も後の種目を「この後すぐ!」と虚偽告知するといった、耳を覆いたくなるような過剰演出はまだ出てきていません。佐藤アナは棒高跳の実況で、その片鱗を伺わせてはいますけど。

実況アナと言えば、この大会での秀逸な企画は、女性の香川恵美子アナの起用で、室伏広治が初出場したハンマー投など投擲3種目を実況しています。上手いとは言えませんが、適宜にユーモアを交えたなかなか味のある実況ぶりで、新鮮でした。
女子アナによるスポーツ実況は、前年のアトランタ・オリンピックでテレビ朝日の宮嶋泰子アナが女子マラソンなどを実況したのと、遥か以前の札幌オリンピックで女子フィギュアスケートを実況していた(アナウンサー名など不明)のが晴れ舞台での実績として残るくらいで、香川アナのその後が大いに期待されたのですが、翌年に結婚(初婚)・退局してしまったこともあって、TBSの果敢なる挑戦はこれ一度きりで終わってしまいました。
なお香川さんは現在、元メジャーリーガー田口壮さんの奥さんです。

総じて、「まともな『世界選手権』中継が見られた最後の大会」と言えますかね。
解説陣は、トラックを懐かしや渡部近志さん(元110mH日本王者・法政大教授)、長距離を増田明美さんや谷口浩美さん、『箱根駅伝』でお馴染みだった碓井哲雄さんら。跳躍は三段跳の日本王者・村木征人さんなど。
そして投擲は、この大会でまさかのベスト8落ちを喫したやり投の帝王ヤン・ゼレズニー(CZE)に対して思わず、
「おいヤン、何してるんだよっ!?」
と痛烈なコメントを発した吉田雅美さん。1984年のロス五輪で5位入賞を果たし、引退後は若くして陸連投擲部長を務めていた方ながら、残念ながらこの3年後に自ら生命を絶ちました。以後、投擲の解説役は、小山裕三さんの名調子に引き継がれます。吉田さんの語り口も小山さんのそれに、よく似ていました。

中継を支えたレポーター陣は、現地通訳兼インタビュアーの冠(かんむり)陽子さん、バックヤード・レポーターの小谷実可子さん、現地キャスターの青島健太さん、スタジオキャスターの進藤晶子アナと、なかなかの役者ぞろい。
中でも冠さんは、スポーツ・インタビュアーとしては別格な存在で、その英語力は言うまでもなく、質問の内容や外国人選手の語り口の描写など、実に的確でした。彼女が初めて陸上の国際大会に登場した時は、「追い風」「向かい風」を「フォロってた」「アゲてた」と訳すなど、変にゴルフ用語の多用が目立ったものでしたが、このアテネ大会の頃には円熟した陸上インタビュアーになってましたね。
そして小谷さんは今でもスチャラカコンビとともに現役バリバリ。今もそうですが、本当に美しくまたウィットに富んだコメント力の持ち主です。2000年代に入ってテレビ朝日が「世界水泳選手権」を放送するようになると、奇数年の夏は立て続けに小谷さんのレポートが楽しめたものです。
青島さんは、面識はありませんが私の大学での同級生。プロ野球からスポーツ・ジャーナリストに華麗なる転身を遂げて、オリンピックになるとBSのキャスターなども務めていました。「アサヒスーパードライ」のCMにも起用されていました。今は何してるんでしょうね?

◇日本勢の活躍、スーパースターの栄光と落日
おっと、前フリばかりで長くなりましたので、続きは次回ということで。
内容的にも見どころの多い世界選手権だった、とだけ書いておきましょう。(続く)