いやっははは、2018年は初っ端から赤っ恥続きです。
展望の片隅にも触れなかった東洋大が往路優勝、そーっとイチオシの順天堂大は主砲コンビがズッコケて8位折り返し。
いやね、1~3区の顔ぶれを見たら、東洋は挙げておくべきでしたね。昨年も往路が終った段階で「復路はシード権争いに汲々としそう」だなんて書いたのに総合2位。今回の往路1位もそうですが、どこか地味~で華のなさを感じさせる、それでいてスキを作らない全員駅伝がいちばん強いってことなんですよね。それを実践した4・5区の1年生が想定以上でした。
まあ、駅伝の予想と結果なんて、こんなもんでしょう。(と開き直る)
神奈川が15位、東海が9位だなんて、誰が予想できますか?

まあ、青山学院大に関して言えば、往路の結果はいろいろな想定のちょうど真ん中あたりに来たなという感じがします。4連覇は、見通しが立ったんじゃないでしょうか?
何と言っても、復路の口火となる山下りに、最高のスペシャリスト・小野田勇次がいますからね。

◇新春のスペクタクル・6区の面白さ
標高差800m以上を一気に駆け下る…陸上ロードレースで、こんなダウンヒル・ゲームは他に類を見ません。山登りレースというのは稀にありますから、その意味では5区以上に特殊なコースが6区の山下りということになります。
下りの走りというのは一見ラクそうですが、普通の人が普通に走ると重心を後ろにして踏み出す脚を突っ張るような姿勢になり、知らず知らずのうちにブレーキをかけながら走ることになります。これを長い距離続けると、脚の筋肉といい、膝などの関節といい、さらに足裏の皮膚といい、ことごとく重大なダメージを被ってしまいます。
私のような素人ランナーの場合、「坂をボールが転がり落ちるように、力を使わずに走る」という意識を持つことくらいしかできませんが、プロの走り屋たちはさらに細かいフォームや適切なストライドとピッチに気を配り、「転がり落ちる」走りを具現化していきます。
それでも、上手な人とそうでない人とではスピードも下りの持久力も大きな差が生じやすく、上りの5区ほどではないにしろ、意外なほどのタイム差になりがちです。区間上位でゴールした選手であっても、ひとたび控えテントに入ってみると足裏の皮がベロリと剝けている、なんていう様子が時折後日談的に紹介されたりします。

【あす楽】【箱根駅伝MAP付き】サッポロ 黒ラベル 箱根駅伝 デザイン缶 350ml×1ケース/24本《024》

価格:4,880円
(2018/1/3 00:53時点)
感想(1件)


◇濃霧を突き破った仲村明(前順大監督)
「山下り名人」についてまとめてみようか…と考えていたら、年末の日テレG+でちょうど同じような企画で過去の大会ダイジェストを再放送してまして、「山の神」と称された3人のクライマーとともに、「下りの名人」として仲村明(第64回大会・順天堂大)、川島伸次(第65回・日本体育大)、金子宣隆(第77回・大東文化大)といったダウンヒラーが区間賞を獲得した大会が放映されていました。

私が当時強烈な印象で記憶していたのが、1988年第64回大会の仲村明(一昨年までの順大監督)です。
この時の箱根は、すっぽりと厚い雲の中に閉ざされたような天候で、スタートから恵明学園付近あたりまで、選手は視界のほとんど利かない濃霧の中を次々と駆け降りていきます。霧の中に監督が乗るジープのヘッドライトが黄色くぼうっと浮かび上がり、その光に照らされた選手の姿が辛うじて見えるという状態がしばらく続きました。中でも2位に6分以上の大差をつけてスタートした小柄な仲村が、ただ一人で、まさにコロコロと転がり落ちるように、脚をもの凄いスピードで回転させながら走る姿が非常に印象的でした。
当時は往路・復路とも、芦ノ湖と元箱根を結ぶ経路が現在とは異なるものの距離は大差なく、仲村は第62回大会で若干のコース変更があってから初めての60分切りとなる59分26秒の区間新記録で駆け抜け、2位との差をさらに1分42秒も拡げました。
途中、箱根登山鉄道の踏切では、仲村の通過時にちょうど遮断機が降りるというアクシデントが発生し、仲村だけが素早くこれをかいくぐったものの中継車、先導の白バイなどが立ち往生するということが起こりました。このため、テレビの映像には先行する仲村を白バイが猛スピードで追いかけ、これをさらに追走する中継車が前向きに走者を捉えるという珍しい光景が映し出されました。

私がテレビを通じて見た中では最も印象深い山下り名人が、この時の仲村でした。同時に、この時以来6区という区間が大好きになりました。
ただ、6区で「史上最強のダウンヒラー」と言えば、第57回から3年連続で区間賞を獲得し、59回には57分47秒という驚異的なレコードで駆け降りた谷口浩美(日本体育大)ということになります。
(詳細は不明ですが、6区のスタート地点または小田原中継点、もしくは道路の形状に微細な変更があったようで、62回大会から新たな区間記録が認定されました)
後年、男子マラソンでは日本人選手唯一の世界チャンピオン(91年・東京大会)となる谷口のダウンヒラーぶりは、日テレによるTV中継がない時代のことで、何かのダイジェスト映像でちらりと見た記憶があるだけですが、回転するというよりは「地を這う」ような、猛烈なピッチ走法が印象に残っています。


◇死闘制した高野寛基のガッツ
仲村と同じくG+で取り上げられた金子宣隆が、コース変更のあった第75回以降の区間記録を塗り替えたのが第77回(2001年)。この時の58分21秒は千葉健太(駒澤大)が破るまで、10年という時間を要しました。
その2011年・第87回大会の熾烈なダウンヒル・バトルもまた、強烈な印象を残しています。それは、区間賞の千葉の遥か前方で、総合3連覇を狙う東洋大・市川孝徳(現・日立物流)と千載一遇の3冠のチャンスをものにしようとする早稲田・高野寛基の間で繰り広げられました。

3回目となった「山の神・柏原劇場」で往路優勝を遂げた東洋はしかし、早稲田の5区・猪俣英希の踏ん張りによって、アドバンテージは僅かに27秒。復路がスタートすると猛然と差を詰めた高野が追い付き、小涌園前から抜きつ抜かれつの激しいバトルが始まりました。
4年生ながら駅伝でも個人レースでも全くと言ってよいほど実績のなかった高野。しかし、4年連続6区を務めることになるスペシャリスト・市川の度重なるスパートをそのつど凌いでは逆襲に転じる、闘志をむき出しに走るその姿は、見る者の心を震わせるに十分なものでした。寒さに凍結した路面に足を滑らせ激しく横倒しに転倒した時も、素早く立ち上がるとすぐに先行する市川の前に出るという、鬼気迫るようなガッツに魅了されたものです。
397721_380763072015453_1774350883_n

結局高野は箱根湯本を過ぎた平坦部分で渾身のスパートを放って市川をねじ伏せ、逆に36秒のリードを奪って早稲田を再びトップに押し上げました。
最終的に21秒差で早稲田が東洋を振り切ったこのレース、直接的には1区・大迫傑の果敢なロケットスタートで築いた貯金が大きくモノを言った一方、勝敗を決めたMVPは山で奮闘した猪俣・高野の、ともにこれが引退レースとなった4年生コンビだったと言えるでしょう。
特に高野は、記録には残らない、しかし私の記憶の中では稀代の名ダウンヒラーとして残り続けます。

◇寝坊厳禁!6区の逆転劇を見逃すな
函嶺洞門バイパスができて距離が約40m長くなったのが3年前。一昨年、昨年と、2年続けて秋山清仁(日本体育大)によって区間記録は58分01秒にまで高められ、おそらく現行コースよりも距離が短かったであろう時代に唯一人、谷口だけが記録した57分台の世界も間近に見えてきました。
秋山が新時代のダウンヒラーとして名を馳せたここ2年で、いずれも区間2位の好走を見せているのが、青学復路の切り札・小野田勇次です。

小野田のダウンヒルは、高速回転のハイピッチ走法というよりは、脚の長さと柔軟さを活かしたソフトタッチのストライド走法です。1・2年時に見せたパフォーマンスからすれば、58分31秒という1年時のタイムをさらに大きく縮める可能性は、十分にありそうです。
受けて立つ東洋は2年生の今西駿介をエントリー。下りの実力は未知数ですが、東洋は市川の卒業以降、6区が一つの弱点となっているのが気がかりなところでしょう。
7年前の高野だけでなく、その前にいた加藤創太、現行コース最初の区間賞・三浦雅裕と、意外に6区に好選手を輩出しているのが近年の早稲田。ノウハウは持っています。
優勝候補から一転シード権獲りに奔走しなければならなくなった神奈川大は、前回6区4位の鈴木祐希を10区にエントリーしてしまったため、どういう人材を持ってくるか?
首位・東洋から2位・青学までは僅か36秒。3位・早稲田までは1分56秒。
スピード感あふれる逆転劇が見られそうな予感がします。
1区同様、復路の戦いもまた、寝坊は許されませんよ!