豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

2018年11月

“ボンバイエ駅伝”炸裂!?~『第38回全日本実業団女子駅伝』観戦記


 
◇「ボンバイエって何ですか?」
ううむ、増田さん、たぶん知ってて聞いたと思うんだけど、新夕アナは
「みんなで頑張ろうとか、そーゆーことです」
なんて、的確に説明できてなかったですね。
唐突に「ボンバイエ駅伝」なる珍妙なネーミングが紹介されたのはレース終盤、パナソニックが2連覇をほぼ確定させた状況でのことでした。命名者の安養寺監督は、「原晋監督の路線じゃないか?」との記者のツッコミに「真似をしているわけではない」とはぐらかしたようですが、多分に意識してないとこんな表現は出てこないですよね?

「ボンバイエ=Bom-ba-ye」とは、アフリカの言語(リンガラ語)で「やっちまえ!」「ぶっ殺せ!」くらいの意味。つまり、昔懐かしい近鉄バファローズ・「いてまえ打線」を「ボンバイエ打線」と言い換えるならまだしも、駅伝に応用するには少々不穏なニュアンスのフレーズですね。(別に語学に詳しいわけではないので、正確かどうか分かりません)

「20世紀最高のアスリート」と評されるプロボクサー:モハメド・アリが1974年に時の世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマンをKOして「キンシャサの奇跡」と言われた王座復帰を果たした時、会場となったザイール(現コンゴ民主共和国)のキンシャサ屋外特設リングに響き渡ったのが、「Ali,bomba-ye!」のシュプレヒコール。これをそのまま音源にして自伝的映画の挿入曲に仕立てたものを、アリが後に異種格闘技戦(1976年6月)で対戦したアントニオ猪木にプレゼント、冒頭のシュプレヒコール部分が「猪木、ボンバイエ!」とアレンジされて、あまりにも有名な猪木のテーマミュージック『炎のファイター』となりました。(初めの頃は「ボンバイエ」という言葉が分からず、「猪木、ガンバレ!」と聞こえていた人が大部分でした。関係ないけど、レコードのB面は倍賞美津子とのデュエット曲)

…という、オールド・プロレス&ボクシング・ファンにしか伝わらない意味を持つ言葉を、女子駅伝チームのキャッチフレースにするというのは…センスがいいんだかダサいんだか、微妙なところですな。
それにしても、“細か情報”を何気にスルーし続ける新夕アナに、ささやかな仕返しを試みたのか増田さん、この二人のコンビネーションは何ともチグハグです。


◇上位チーム寸評

と、そんなことがいちばん印象に残ってしまった今回の『全日本実業団対抗女子駅伝』。
昨年1位となったユニバーサルエンターテインメントのドーピング失格事件、予選会でのリタイア寸前の選手を巡る運営騒動と、芳しくない話題が先行する中、戦前に「3強」と位置付けられたパナソニック、ダイハツ、日本郵政G.を中心に熱戦が繰り広げられました。

上位3チームは、まずまず順当なところ。
パナソニックは「3本柱」がいずれも2年連続区間賞と、しっかり実力を発揮して盤石の優勝。
昨年に比べると区間によってややバラつきが目立ち、「層の厚さはピカイチ」とか「どこをとっても隙のない強力チーム」といった評価は下し切れないところがありますが、キャプテン内藤を含めた主力選手が(森田詩織を除き)いずれも順調にシーズンを推移したことが、今回の安定感につながりました。
若いチームだけにしばらくは優勝候補の一角を占め続けそうですが、逆に、それなら補強は要らないね、ということになりそうな気もします。大所帯の維持が許されるチーム事情ではなさそうなので、そのあたりが痛し痒しというところでしょうか。

天満屋には日刊スポーツの展望記事でかなりの高評価がつけられていたので、注目していました。なるほどエース2人が確実に仕事を果たすし3番手以下の選手もよく成長してるし、結果的には穴となる区間のない、最も堅実な成績となりました。特に、前田穂南の成長ぶりは著しく、もはや全盛期の重友梨佐に取って代わる大黒柱と言っていいでしょう。

ダイハツは“大砲”前田彩里の欠場という大きなハンディがありながら、その分を大森菜月の復調がカバーして昨年に続くベスト3。ここも全員が区間ひとケタ順位と粒を揃えての好成績です。松田・𠮷本・大森が計算できる存在に並んでいますから、ここに前田や久馬姉妹あたりが戻って来ると、来年はいよいよ大本命になるかもしれません。

ひと頃に比べて戦力ダウンの感を免れなかったヤマダ電機は、そこから更に西原加純が抜けて苦戦は必至かと思われましたが、サブリーダー格の筒井・石井が踏ん張り、アンカー市川珠李が殊勲の区間賞で、4位は予想外の上出来でしょう。(もっとも西原はこの駅伝で好走したためしがありませんけどね)

予選会トップのワコールも、天満屋とよく似たタイプのチームにまとまってきました。福士おばさんはまだまだ一級品の力を残していますし、充実著しい若手の中から、激しい5位争いを制した立役者に長谷川詩乃が名乗り出たのは、今後に向けて大きい。

私が過去数年間“優勝候補”に推していた豊田自動織機は、エースの福田有以が使えず、藪下・菅野の立命館コンビも調子が上がらない中、2区・山本菜緒が区間賞、6区・前田梨乃が区間3位と、“補欠組”が気を吐いて好位を死守しました。エカラレという超級のジョーカーを手に入れたこともあり、今後も目が離せない存在です。

パナ以上に「優勝候補」の呼び声が高かった日本郵政は、鈴木と鍋島を除いては計算外の凡走区間が続いて撃沈。創部3年目で全日本を制したチームだけに、いっそう駅伝の難しさ、摩訶不思議さを痛感していることでしょう。

私は秘かに、「3強+デンソーだ!」と注目しており、序盤はその通りの好ダッシュを見せたものの、森林・矢田の強力ルーキーが今一つ本領を発揮できずにシード圏ギリギリの8位でした。かつてのV3メンバーとは総入れ替えの陣容となり、荘司・池内あたりがリーダー格のフレッシュな顔ぶれは、今後が楽しみです。(私、池内綾乃選手のファンです)

惜しいところで3年連続のシードを逃してしまったのが資生堂。今季初めの記事では「一気に優勝候補」とまで期待していたのですが、高見澤・今村がトラック・シーズンから全く音沙汰なしでは、戦力アップになりませんでした。
“ビジュアル組”の総大将・須永千尋が今回でラストランということで、駅伝では遂にいいところを見せられなかったとはいえ、長年「こんな美人が」走るところを見られるだけでありがたい存在でした。

「来る来る」と思わせながら、なかなか来ないのが積水化学。ここも随分と顔ぶれが変わりましたけど、今回は予選会で佐藤早也伽がブレイクしたりして、毎年ちょっとずつ上昇気配を見せているところが、そう思わせてしまう所以なのでしょう。

大会史に残る不祥事を起こしてしまったユニバーサルは、いつの間にか大エース・木村友香の名前が消えていてまずビックリ。“当事者”の中村萌乃と併せて飛車角が一挙に抜けてしまった戦力では、失地挽回どころかシード権も危ういだろうと言われていた通りになってしまいました。救いは、1区の鷲見が終盤に意地を見せてくれたこと。鷲見がせめて高校時代の爆発力を取り戻し、ここに伊澤や和久、ワンジュグが本来の調子に戻って来れば、まだまだ強豪の一角には復帰できます。

シードの常連だった第一生命G.が、まさかの12位に沈没。1区・嵯峨山が(私、ファンです)途中まで好走しながら終盤大失速したつまづきが尾を引いて、頼みの上原が7ランク・ダウンの不調とあっては前半戦で“タオル投入”の状態でしたね。

山ノ内みなみの加入でシード圏入りが有望視されていた京セラ。1区・盛山が悪くない位置に食い下がって「あるいは?」と思わせたのですが、肝心の山ノ内が上原と同じく7人抜かれの絶不調で万事休す。実力未知数の“中途採用”から突然日本代表にまで躍り出た今年一番の出世頭が、この大事なレースに合わせられなかったのは残念でした。

14位以下のチームについては申し訳ないですが、まあ順当なところに落ち着いたかな、と。
一つ言うなら…私にとって気になるのは、予選会でどうやら脚を傷めてしまったらしい様子がチラリと映っていた横江里沙(大塚製薬)が、やはり姿を見せなかったこと。エントリーはされていましたので、さほど深刻な状況ではなかろうと思いますが、着々と復調途上にあったように見えていましたので、心配です。
同様に、エース区間で鈴木亜由子らと競り合う元気な走りを見せていたのに、突然消えてしまった加藤岬(九電工)も心配。今大会は予選会の経緯から、「早めのレフェリー・ストップ」が発動されたのではないかと推察するのですが、故障の状況は不明です。
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◇駅伝日本一決定戦が見たい

今回は、私的ヒイキ筋の横江に加えて、前田彩里(ダイハツ)、西原加純(ヤマダ電機)、菅野七虹(豊田自動織機)、小泉直子(デンソー)、高見澤安珠(資生堂)、木村友香(元ユニバーサル)、宮﨑悠香(九電工)、清水美穂(ホクレン)等々といった有力選手の欠場が目立ちました。
また、これはもともと出場カテゴリにない選手たちなので仕方ないのですが、新谷仁美、田中希実、安藤友香、清田真央、岩出玲亜、高松望ムセンビといったスター選手を見ることが出来ないのも残念なところ。これらの選手の中には、駅伝チームの事情に縛られたくないという意向からあえてクラブチームや一匹狼路線を選択しているケースも多く、それは今後ますます増えていくことが予測されます。
男子をも含め、『実業団駅伝』が“オールスター”“百花繚乱”のイメージから少しずつ後退しつつあることは、否定できません。
選手の体調管理にいっそうの努力と研究を切望するとともに、駅伝が罪悪視されることなくいっそうの盛り上がりを見せるような方策を、考えてもらいたいものです。

TBSが連呼する「駅伝日本一決定戦!」というフレーズも気に入りません。実情はその通りかもしれませんが、やはりファンとしては高校・大学・実業団・クラブチームが一堂に会する真の「日本一決定戦」=『駅伝グランプリ日本選手権』(勝手に命名)というものを、見てみたい気がします。『北九州駅伝』や『十和田八幡平駅伝』、昨年限りで廃止されてしまった『FUKUIスーパーレディス駅伝』などはそういう趣もありますが、シニアと高校とで区間を変えていたり実業団が二軍メンバーで臨んだりと、およそ「駅伝日本一」の大会ではありません。
年末の『全国高校駅伝』、年始の『全日本実業団(男子)駅伝』までが終ったところで、各カテゴリの上位チーム(上位8チームとか)が「チーム日本一の称号」と「高額賞金」を賭けて対決する…そんな大会を、何とか設けられないものでしょうかね?そりゃあ過密な個人レースのスケジュールもありますから、実現が困難なのは百も承知ですけど、『さいたま国際マラソン』みたいな要らないレースをいくつか整理していけば、3月中旬~下旬くらいで十分イケると思うんですが。そうなると、クラブチームだって黙ってないで、チーム編成や個々の強化に本腰入れると思いますよ。あるいは、「既存のチームが1人だけ外部から補強可能」といった特別ルール(ただし社会人・大学生・高校生のカテゴリは侵さない。外国人ランナーは国内居住者のみ)
を作るとか。
なんたって、基本的には「駅伝をみんなで走る」って楽しいものですからね。普段は一匹狼でも「それなら出たい」という選手もきっといるはず。
マラソンでオリンピックに出るばかりが長距離ランナーの目標じゃなくていい。「駅伝で日本一」を真剣に目指すチームがあっても、それは長距離界の裾野を拡げることにつながるのではないか、と思います。

<2018豊大先生特別講演採録>その③ 映画『炎のランナー』のミカタ(後篇)


『炎のランナー』には、陸上競技モンとして語るべきことがいっぱい詰まっているとは前々から思っていましたが、いざやってみてこんなに時間を要するものだとは、想像以上でした。そして、陸上競技というスポーツあるいはエンターテインメントにも深い歴史があり、歴史を知ることが未来につながるという、そんなことを教えてくれる作品です。

では、後半を見ていきましょう。

シーン⑧<開会式>

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1924年パリ・オリンピック開幕!しかし、これだけレトロで立派なスタンドを備え、なおかつトラックが土という競技場が、映画製作当時(1980年ごろ)にまだあったんでしょうか?それともスタンドはこの部分だけ、映画用に仮設で作ったんですかね?
「選手入場」に先駆けて、オリンピック旗が入場。しかも、選手団の先頭はお馴染みのギリシャではなくアメリカです。(フランス語では、アメリカはEで始まる国名になります)

☆オリンピック旗が『オリンピック讃歌』の演奏・合唱とともに入場するようになったのは、1960年のスクォーバレー冬季大会からのことです。これは日本が東京オリンピック(1964年)に向けての準備の過程で、第1回アテネ大会で歌われて以降埋もれてしまっていたこの曲を“発掘”し、あの大作曲家・古閑裕而氏の手でアレンジを施されて、NHK交響楽団の演奏により「復活」したことからです。
なお、ギリシャが選手団の先頭に立つようになったのはいつの大会からのことか、まだ正確なところを調べ切れていません。


シーン⑨<重要会議>
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エイブラハムズとリデルが出場するはずの100m予選は、日曜日に行われる…イギリスからの出航間際にそれを聞かされたリデルは、競技と信仰の板挟みに懊悩しますが、結論はただ一つ「安息日には走らない」…この緊急事態を打開しようと、イギリス陸連会長や理事、さらには皇太子(後の国王エドワード7世)まで加わって、リデルに翻意を促します。
そこへ颯爽と現れたリンゼイが、「僕はもう400mHでメダルを獲ったから、400mの出場をリデルに譲る」と八方丸く収まるナイスな提案、リデルも快く了承します。

☆何度も言うようですが、リンゼイは架空の登場人物、したがってこのエピソードもまた作り話です。逆に言えば、この展開を盛り込みたかったが故に、リンゼイという「若き高級貴族にして快速ロング・スプリンター」のキャラクターを創り出したのかもしれません。
いくら100年近く前の物語だからといって、オリンピックの、自分が出る種目の日程を船に乗るまで知らなかった、などということがあるはずないでしょう。確かにパリ五輪の100m1次・2次予選は7月6日の日曜日にスケジュールされていて、そのことは何カ月も前から分かっていたはずです。リデルがそれゆえに100mの出場を断念したのは本当かもしれませんが、少なくとも現地でこんな騒動が起こるはずはないのです。

☆実際のパリ五輪のスケジュールでは、7月6・7日に100m、8・9日に200m、10・11日に400mが行われています。しかもリデルは400mで金メダルを獲る前に、既に200mで銅メダルを獲得しています。
また映画のエイブラハムズは200mで一敗地にまみれた後にマサビーニに叱咤され、100mで雪辱を果たすということになっていますが、これもまた虚構であることが分かります。


シーン⑩<そして100m決勝!
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いよいよ大会の華、男子(当時はまだ女子はありません)100m決勝を迎えます。決勝のスタートに並ぶのはパドック、ショルツらアメリカ勢4人にイギリスのエイブラハムズとニュージーランド(当時は「国」ではなくイギリス支配下の「地域」)という「米英決戦」。

史実では、エイブラハムズが10秒6のオリンピック・レコードでショルツを破り優勝、連覇を狙ったパドックは最下位の6位に沈み、ニュージーランドのアーサー・ポリットが3位に食い込んでいます。

☆英国皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)がレース直前に出場選手を激励するシーンでは、ニュージーランドの選手は「トム・ワトソン」と紹介されますが、実際には上記のポリットという選手。
エイブラハムズとポリットはこの翌年から実に40年以上にわたって、決勝レースが行われた7月7日午後7時に夕食を共にするという「男同士の七夕」みたいなことを続けました。エイブラハムズの親友はオーブリーではなく、ポリットだったのです。(オーブリーとも仲良かったのかもしれませんがね)


☆スタート地点に就いた各選手。めいめいが銀色に輝く何かを手にしています。左官屋さんが使うコテみたいに見えるこの道具、地面にスパイクを入れるための穴を掘るスコップであることがやがて分かります。ちなみに、スターティング・ブロックが世に現れるのは1948年のことです。
※関連記事 →連載「100m競走を語ろう」④

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☆エイブラハムズ、歓喜の金メダル!…100mという僅か10秒のレースを映画のクライマックスとして表現するのは本当に難しいと思いますが、スローモーションを幾重にも重ねることでちょうどいい量感を創り出していると思います。
また、プロのコーチゆえにスタジアムに入場することすら許されなかったマサビーニが、ホテルの窓からイギリスの国旗が上がるのを見、『God Save The King』が流れてくるのを聞いてエイブラハムズの勝利を知る場面、私は大好きです。

☆1964年東京オリンピック当時のIOC会長エイヴリー・ブランデージ(通称“ミスター・アマチュアリズム”)の事績を知る世代としては、こうした徹底的なプロ排斥の気分は何となく理解できるのですが、今の人たちにとってはちょっとピンと来ないかもしれませんね。
マイナーリーグの試合にアルバイトで1、2度出たことがあるというだけの理由で、2種目制覇の金メダルを没収された陸上選手もいたんですぞ。(ジム・ソープ事件)


シーン⑪<リデル金メダルで大団円!>
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すでに金メダリストとなったエイブラハムズもスタンドから見つめる中、400m決勝に進出したリデルは下馬評こそ低かったものの、圧倒的なロング・スプリントの強さを見せつけ快勝します。そのタイムは47秒6。今でこそ日本の高校生レベルのタイムながら、堂々たる世界新記録でした。


☆作中、リデルがトラック1周のレースをする場面はこのクライマックスを含めて3回ありますが、いずれのレースでも彼はゴール間近になると極端に顎が上がって苦しそうに口を開き、そしてまるで水を掻くように両手をグルグルと回しながら走ります。そういう、走法上の著しい特徴を印象付けるキャラクターに設定されているのです。(実際のリデルがどうだったのかは、残念ながら判りません)

で!ここでマクラとも言うべき講演の前半部分でお話しした「空気抵抗」のお話にちょっと戻って…。


競走スポーツにおける空気の存在が、水泳における水と同じようなものだとするならば、手で水を掻いて水中を速く進もうとする技術が確立されているのですから、これを陸上競技に応用し得るのでは?…もしかして、そういう突飛な発想をするスプリンターが現れてもいいんじゃないか、と私は思うわけです。
苦し紛れの本能的な動きに見えるとはいえ、リデルの腕振りはまさにそれを求めているように映ります。

大昔、古代オリンピックを戦っていた陸上選手は、手にアイロンみたいな形のオモリを持って、ジャンプなどをしていた様子が絵に残っています。(オモリの反動でより遠くへ跳べると考えたのでしょう)
短距離を走る際にちょうどいい力加減で拳を丸めるために、ワインボトルのコルクを握って走ることを考えついた日本人選手がいて、それを実践していたら、海外のスポーツ雑誌にすでに商品化されている広告を見つけて驚いた、なんていう話もあります。(映画のリデルはレース直前にショルツから渡された激励のメッセージを手に走るのですが、これもマクナブならではの「コルクの代わり」だったのかもしれません)
そして、先述した100mの「フライング・フィニッシュ」というおバカな必殺技。

陸上競技という一見単純なスポーツで、単純であるがゆえに思いもかけない発想の転換が新技術を生み出すということは、これだけ情報や科学的知見が発達した現代にあっても、十分起こり得るのではないか…それがたとえフライング・フィニッシュのように結果的に間違っていたとしても、走高跳のフォスベリー・フロップ(背面跳び)のように歴史を変えてしまうほどのものだったとしても、人より100分の1秒でも、1㎝でも先んじるために考えたり試してみたりすることは、まだまだたくさんあるんじゃないかな…それが、陸上競技の持つ無限のロマンだと思います。

果たしてマクナブ先生がそこまで問題提起していたのかどうかは知る由もありませんが、私はリデルの走法に、そんなスプリンターの未来を感じてしまったのでした。

いやー、うまくつながったでしょう?
「平昌五輪」も「炎のランナー」も、本当はただ喋りたい話題だったというだけなんですけどね。
お後がよろしいようで。

(このシリーズおしまい)

<2018豊大先生特別講演採録>その② 映画『炎のランナー』のミカタ(前篇)


さて、講演の後半、というか“本編”は、1981年イギリス映画『炎のランナー』を鑑賞しながらのお話です。
過去の当ブログでも再三断片的にご紹介してきたトピックと一部重複しますが、それらを含めて総合的に、陸上競技映画の最高峰である本作について、映画としての素晴らしさとはまた別の角度から、陸上好きならではの楽しみ方をご案内しようという趣旨です。

シーン①<オープニング>
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映画史上に燦然と輝く、かどうかは知りませんが、印象深いテーマミュージックと登場人物たちのランニング風景であまりにも有名なオープニング(エンディングも同じ映像)・シーンです。(本当のオープニングは、功成り名を遂げ天寿を全うした主人公の葬儀の場面ですが、すぐに切り替わっての「若き日々の姿」こそがオープニングと呼ぶにふさわしいでしょう)

☆音楽は『ブレードランナー』のテーマでも名高いヴァンゲリスによる『タイトルズ』という曲。2012年のロンドン・オリンピックでは、開会式でこのシーンが場内ビジョンに映し出されたのをはじめ、音楽は表彰式などの式典BGMとして何回も流されました。

☆1924年パリ・オリンピックの陸上競技イギリス代表選手団が合宿練習中、という設定です。ランナーたちが走っている砂浜は、ゴルフの『全英オープン』でお馴染みのセント・アンドリュースの海岸。

☆画面に主要スタッフの名前がクレジットされていきますが、その中に「Athletic Consultant : TOM McNAB(陸上競技監修:トム・マクナブ)の表示が!
トム・マクナブは、陸上競技小説の傑作『遥かなるセントラルパーク』の著者として知られますが、本業は指導者。この映画から後の1990年代にはイギリス・ナショナル・チームのヘッドコーチを務め、あのジョナサン・エドワーズ(95年世界選手権で三段跳に18m29の世界記録を樹立。
余談ですが、ある時期まで「日曜日には競技をしない」というクリスチャンの信条を貫いており、本作の主人公の一人と重なる部分があります。)らの師匠筋にあたる名伯楽です。
つまり、この映画にはマクナブの持つ豊富な陸上関連の知識やノウハウ、歴史考証などが随所に散りばめられている、ということになります。

☆砂浜を走り終えた選手団が目指すのは、「CARLTON HOTEL」と表示がある大きな建物。ここで、早くもマクナブ先生の“ウンチク”が炸裂する演出が見られます。
選手たちは、敷地の白い柵を次々に跳び越えてホテルへと向かって走ります。これは、3000m障害物(3000SC=Steeplechase)競走の起源とされる風景をモチーフにした映像演出なのです。

イギリスでの原始的な長距離ロードレースでは、教会をスタートし、別の街の教会をゴールとして、当時は随一のランドマークであった教会の尖塔(steeple)を目標に、道など関係なく途中の柵や濠などを跳び越えて一目散にゴールを目指して走った、と言われます。それをトラック上で再現しようということで始まったのが、3000mSCという種目。映画のシーンでは教会ではありませんが、やはり尖塔のあるホテルを目指して選手たちが柵を跳び越え走っていっているわけです。
ちなみに、カールトン・ホテルとして描かれているこの建物は、実際はセント・アンドリュース大学の学生寮、その左にある建物はゴルフ場のクラブハウスだそうです。
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☆このシーンに続いて、オリジナル版では選手たちがクリケットに興じる場面が描かれます。主人公の一人ハロルド・エイブラハムズの性格の一端を表現する、短いながらも重要なシーンなのですが、アメリカ公開版では「クリケットというスポーツが解りにくい」という理由で、エイブラハムズが親友となるオーブリー・モンタギューと出会うシーンに差し替えられています。私がTVから録画したものはアメリカ版、購入したBDは英国オリジナル版でした。


シーン②<カレッジ・ダッシュ>

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ケンブリッジ大学キーズ校に入学した主人公エイブラハムズ(パリ五輪100mの優勝者)は、大学の伝統行事であり過去700年間に誰も成功者がいないという「カレッジ・ダッシュ」に挑戦します。中庭の外周を、正午の鐘が鳴っている間に走り切るというものです。伴走に名乗り出たアンドリュー・リンゼイとともに走り出したエイブラハムズは、みごと史上初の成功者となります。

☆実際にケンブリッジの伝統行事となっているのは「The Great Court Run」と呼ばれ、キーズではなくトリニティ・カレッジの中庭で、入学祝いのディナーが催される日に行われます。外周の距離は401ヤード(約367m)で、正午の鐘が鳴り始めてから最後の一打までの時間は約44秒(ただし機械調整からの経過日数や気候によって前後する)とされます。映画では「距離は約200メートル」と説明しています。

☆エイブラハムズがこれに成功したという記録はなく、史上最初の達成は1927年、6世エクセター侯爵デヴィッド・ジョージ・ブラウンロウ・セシル=通称デヴィッド・バーリーという学生によるものです。バーリーは翌1928年のアムステルダム・オリンピックで400mHの金メダルを獲得します。映画の主要登場人物であるリンゼイ(こちらも貴族)は、このバーリーをモデルとした架空の人物で、後にパリ五輪400mHで銀メダリストになるという設定ですが、そういう歴史的事実はありません。

☆またまた余談ながら、1988年に現在のIAAF会長であるセバスチャン・コーが、当時のイギリス中距離界第一人者だったスティーヴ・クラムとともに「The Great Court Run」にチャレンジしています。コーはこの時点ですでに現役引退した後ながら、中庭一周を46秒0で走り、最後の鐘の残響の中でゴールしました。これを「成功」とするか「最後の鐘が鳴る前にゴールしていないから失敗」とするかで、議論になったそうです。
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シーン③<ハイランド・ゲームズ>

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もう1人の主人公、エリック・リデルが登場。スコッツ(スコットランド人)であることを誇りに、カトリックの布教活動に従事する彼は、国内有数のラグビー選手として、大会にゲスト参加しています。

☆ハイランド・ゲームズは、スコットランド地方で独特に発展した大規模な運動会。陸上競技を中心に、フットボールなどのゲーム・スポーツありダンスあり、会場ではバグパイプが賑やかに演奏されます。起源は11世紀とされ、1820年頃から映画の時期(20世紀初頭)にかけて隆盛を究め、海外にも普及しました。マクナブ先生の著書(やはり1920年代を舞台にした『遥かなるセントラルパーク』『速い男に賭けろ』)にも、しばしばこの競技会の様子が描かれています。

☆後日のシーンですが、日曜日にラグビーボールで遊んでいる子に「(カトリックだから)安息日にはスポーツをしてはいけない」と諭す場面があります。これが、オリンピックの際のちょっとした騒動の伏線となります。
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シーン④<パリ・オリンピック・プレビュー>
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エイブラハムズを筆頭とするケンブリッジの陸上競技仲間はめきめきと頭角を顕し、新聞の一面を華やかに飾る活躍を見せます。写真は「ケンブリッジ四天王」と呼ばれ、やがて揃ってオリンピック代表となる盟友たち。
左から順に、ヘンリー・スタラード(1500m銅メダル)、アンドルー・リンゼイ(400mH銀メダル…ただし実際にはこの種目の銀メダリストはフィンランド選手)、ハロルド・エイブラハムズ(100m金メダル、200m6位)、オーブリー・モンタギュー(3000mSC6位)。

☆前述のように、リンゼイは架空の登場人物。

☆エイブラハムズの無二の親友として描かれるモンタギューは、実際にはオックスフォード大学出身。とうぜんナショナル・チームでは交流があったでしょうが、種目も異なりさほどの親交があったとは思われません。つまり、冒頭とラストでエイブラハムズの葬儀に2人の旧友が参列しているのは、ともに架空の設定ということになりそうです。


シーン⑤<パドックとショルツ>

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エイブラハムズの個人コーチに就任したサム・マサビーニが、ライバルたちの画像を見せながらエイブラハムズのイメージと闘志を喚起するシーン。(なんでわざわざ壁にスライドで大写しするのかって?もちろんこの映画を観てる人たちのためでしょう)
前回アントワープ・オリンピックでワンツーを独占したアメリカのチャールズ・パドック、ジャクソン・ショルツ、そしてリデルの名と写真を強調します。

☆映画で使われていたのは実際のアントワープ五輪100m決勝のゴールシーンを捉えた写真。大接戦の末に右端のショルツが思わずパドックを見たために負けた、と言われました。
優勝したパドック、そして左前方の選手は、手を拡げてジャンプをしながらゴールインしているのが分かりますか?
これは、1920年当時に一世を風靡した「フライング・フィニッシュ」もしくは「リープ・フィニッシュ」と呼ばれた“新”技術です。「最後の一歩は大きく跳んだほうが早くゴールに到達する」というトンデモナイ誤解から、世界のトップ・スプリンターが競って走幅跳のように5メートル以上もジャンプをしてフィニッシュしていたのです。
まあ当時は映像解析などの技術もありませんから科学的な比較実証は難しかったのでしょうが、さすがに「やっぱ駆け抜けた方が速い」ことに気付くまでそう時間はかからず、この映画の時期(1924年)にはすっかり廃れてしまっています。(ただし、後のオリンピックのシーンで、200mに優勝したショルツはついつい(?)ゴール前の一歩を軽く跳んでいます)


シーン⑥<エイブラハムズとリデルのトレーニング風景>
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マサビーニの厳しい指導に黙々と従うエイブラハムズ、荒野や海岸を疾走するリデル。イギリス期待の2人のスプリント・エースは、それぞれの流儀でオリンピックでの“頂点”を目指します。

☆「焼けたレンガの上を歩くつもりで足を動かせ!」と腿上げ・ピッチアップの指令に余念のないマサビーニ。一方、スプリンターなのにクロスカントリー(しかも普段着)に勤しむリデル。今では考えられないようなトレーニング法が延々と続きますが、まあ当時はそんなもんだったろうな、と何となく納得させられます。

☆そして、最後にはフライング・フィニッシュへのアンチテーゼとして、きちんと「正統派フィニッシュ」を教え込むコーチ。わざわざこのシーンを入れるなんざ、マクナブ先生、さすがです…ちょっと身体反らせすぎだろ、とは思いますが。

シーン⑦<アメリカ・チームのトレーニング風景>
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時は移っていよいよパリ・オリンピック開幕目前。現地入りしたアメリカ・チームがサブトラックで猛練習中です。とても代表選手と思えない水濠障害のこなし方をするランナーがいたり、見るからに力が強そうな投擲選手がいたり、パドックはまるで美容体操みたいなことをやってるし、これはこれで、見ていて楽しい光景です。
アメリカ選手団のトレーニング・ウェアは、現代ならお父さんの寝間着姿にしか見えませんが、当時としてはお洒落で画期的なグレーのスウェット・スーツ!

というわけで、舞台はいよいよ決戦の地・パリへ。
クライマックスは、この後すぐ!


(つづく)

<2018豊大先生特別講演採録>その① 平昌五輪を振り返って



先週土曜日の10日、私は人生2度目の<講演>なるものを1年ぶりにぶちかましてまいりました。

ま、講演といったって、出身校の陸上部OB会という、ごくごく内輪の集まりでのものなんですけど、とにもかくにも陸上競技をやってた方々、それも過半数は大先輩方を相手に陸上競技のお話をするのですから、そりゃもう緊張もんです。
今回の記事は、その講演内容について、その場では話しそびれたことも含めて、忘れないうちに文章でまとめておこうというのが趣旨です。

今年の講演は2部構成。というか、落語で言うところの「マクラ」があって「本編」があるという感じ。参照資料としてはパワーポイント文書を作るのが面倒だったので、映像1本のみで押し通しました。

まず、「マクラ」としてお話ししたのが『ピョンチャン五輪における日本選手の活躍』
…??陸上の講演のはずなのに何じゃそりゃ?
実はこれには伏線がありまして、前年の講演のテーマであった「日本の400mリレー・強さのヒミツ」の結びで、私は「男子ヨンケイと同じように、チーム・レースとしてぜひ注目してもらいたいのがピョンチャン五輪での女子パシュート!」と大胆な予言をカマしていたのです。それを受けて、という形です。
なお、実際の講演ではこのパート、10分程度の時間でしたが、かなり端折ったところがありますので、ここでは「実はもっと言いたかった」を含めて記述いたします。

<平昌五輪・スピードスケートの映像を見せながら>
ピョンチャン14

今回の五輪ほど「風圧・空気抵抗・空力」といったことが注目されたことはかつてありませんでした。スピードスケートの女子チーム・パシュート然り、マススタート然り、ノルディック複合での渡部暁人包囲網然り、はたまたスキージャンプは言うに及ばず…。
特に従来基本的には単独走(2人1組ながら選手どうしが相前後して滑るというシーンがほとんどない)で行われてきたスピードスケートでは、チーム・パシュート(2010年大会から)、マススタートという2つの新種目において、「空気抵抗との戦い」なる新たな局面が発生。これにいち早く着目して戦略・戦術・技術を磨いてきた日本チームの活躍が期待され、その期待どおりの結果となったわけです。

<自転車チーム・パシュートの映像>
チームパシュート自転車

これらの新種目は本来、自転車競技で行われている種目を参考にしたものです。ご承知のように、自転車競技ではケイリンなどのスプリント種目から、チーム・パシュートなどの中距離種目、ロードレースなどの長距離種目に至るまで、ほとんどのレースでこの「空気抵抗」を前提とした戦略・戦術によりレースが進行します。(日本の競輪における「ライン」戦略やツール・ド・フランスに代表されるロードレースでのアシストの役割など、本気で説明するとたいへん長くなります)

その自転車競技でも同様に、日本チームは近年、というより昨年あたりから着々と実力を向上させています。そのきっかけとなったのは、ブノワ・ベトゥ(短距離担当=FRA)、イアン・メルヴィン(中長距離担当=NZL)という2人の外国人コーチの招聘で、彼らの先進的指導によって、フィジカル面とともに戦術面で日本のナショナルチームが大改造を施された結果だと言えます。

自転車やスピードスケートに比べて競技者の速度がかなり落ちるとはいえ、我らが陸上競技において、この「空気抵抗にどう対処するか」ということが、これまであまり論議されてこなかったのは、不思議なことです。



<ジャカルタ・アジア大会男子4×400m決勝の映像>

一つは戦術面。
陸上の場合、短距離種目はセパレート・レーンで行われますからそうしたことは関係ありませんが、オープン・レーンで競う種目、たとえば4×400mリレーのことを考えてみましょう。
ライバル・チームから少し遅れてバトンを受け取った選手が、そのライバル・チームの自分とほぼ同等の力関係にある選手を追ってスタートしたとします。闘志満々で猛然と追いかけ、バックストレートで一気に追い抜いたはいいが、抜いた相手にピタリと背後に食い下がられて、結局ホームで再逆転される…こんな光景をよく見ませんかね?
むろん、前半のオーバーペースが祟って失速、ということも考えられますが、そもそも戦術として相手の直前で風を切って走るということのデメリットを全く意識していない、としか思えないケースが多いようです。

より走行速度の遅い種目、たとえばマラソンなどでも、意外にこのことは意識されていません。
ロードレースを走ったことのある方なら、人の背後について走ることがどれだけ物理的にメリットがあるか、身体が実感しているはずなのですが、どうかするとこれは「人に引っ張ってもらうことの気楽さ」という精神面の問題にすり替えられて意識されがちです。
また1人でランニングをしている時でも、風の向きや強さによってどれだけ走りに影響があるか、誰でも感じているはずなのですが、では追風の時、向い風の時、横風の時、どういうふうに走りをそれらに即応して調整するのか、そういうことを深く追求する議論というのはほとんど行われていないように思われます。
マラソンのように長い距離を苦痛とともに走り切るレースをする場合、いかに気持ちよくレースを進めるかという精神的な戦術は非常に大切なこと、これは否定できません。前が開けた状態で走らないと気分がよくない、つまり率先してフロント・ランナーになるという志向の人も少なくないでしょう。それはそれで選手としての個性でよいですし、前回の記事で新谷仁美選手について取り上げたように、私はこういうレースをする選手が大好きです。
ですが、生き物のように様相を変化させるレースにおいて、「人の背後について走ることは物理的にメリットがある」ということは、常に念頭に置かなければなりません。フロント・ランナーは、背後のライバルにそのメリットを供給しているのだという事実を認識し続け、変化するレース展開の中で自身の戦術を組み立てるべきなのです。
かつて「世界最強のマラソンランナー」の名を欲しいままにした瀬古利彦は、このメリットを最大限に活かした選手であり、そのライバルの一人として42.1㎞にわたりフロントを走り続けた(1983年福岡国際マラソン)ジュマ・イカンガー(TAN)こそは、当時マラソンの走力という意味では世界一のランナーだったかもしれません。
Fukuoka Marathon 1983
 錚々たる強豪を従えてトップを走り続けるJ.イカンガー

もう一つは、用具面。
たとえば空気抵抗以上に目に見える上に実感できる「水の抵抗」を軽減するため、競泳では2009年までいわゆる「高速水着」というものが一世を風靡しました。2010年から水着の材質・形状は厳格な規制のもとに統一されたのですが、現在でもなお、2009年に生まれた世界記録・日本記録が破られていない種目は少なくありません。(陸上競技よりも遥かに短いサイクルで記録が更新される競泳では、稀有なことと言えます)

とうぜん、陸上競技でもウェアの材質・形状は記録面に少なからず影響するはずだと思われます。
素材は昔と比べると随分進化したものだと思わされますが、フローレンス・グリフィス(後のフローレンス・ジョイナー)やキャシー・フリーマン(2000年シドニー五輪女子400m優勝&聖火最終点灯者)などが着用して一時期話題を呼んだ「全身スーツ型」のものは結局普及することなく、現在に至っています。(「全身スーツ型」は、競泳の高速水着化がピークに達した時にまさに行き着いた形状です)
ここでも、物理的なメリットよりも精神面での「着やすさ」「装着感」が重視されていることは疑いようがなく、最近スプリント種目での主流になっている半袖タイプのウェアでも、胸元のファスナーを開けてレースに臨んでいる選手を見るたびに「アホだなあ…」と思ってしまいます。
現在ではもちろん、競泳のような規格制限はないわけですから、このあたりは日本の技術力を傾注するチャンスではないか、と思うのですけど、さてどうでしょうか?
Cathy Freeman
 全身スーツ・スタイルでシドニー400mを快勝したC.フリーマン

さらに一つ、今後もしかしたら出て来るかもしれないテーマが技術面での空気抵抗対策。
これについては、講演本編の「オチ」としてご紹介した、私オリジナルの少々突飛な考えを一例としていますので、詳しくは次回に。

(つづく)

新谷仁美完全復活!…いや、それ以上?


2018-11-11 21.17.08

いやあ、ぶったまげましたねえ。
新谷仁美(NIKE TOKYO TC)が『第34回東日本女子駅伝』に東京チームのアンカーとして出場し、第8中継所で1分35秒あった先頭・長野との差を逆転、2003年に渋井陽子(栃木)が樹立した区間記録を3秒上回る31分08秒の区間新記録で優勝のテープを切りました。

新谷選手の電撃復帰については、以前の記事でご紹介したとおりです。
→ 「新谷仁美が帰ってきた!」
25歳で、しかも10000mのPBを出したレースを最後に最初の現役生活を終えた彼女にすれば、まだまだ仕上がり途上と思える数カ月前の状況でしたが、なんのなんの、復帰後初のロードレースでいきなり最盛期、あるいはそれ以上を思わせるほどの快走ぶりでした。
レース前に「1分半から2分差なら覆せる」と自信を漲らせていた新谷、お誂え向きにタスキを受け取ったのは先頭から1分35秒差の4番手。入りの1㎞を2分55秒(!)というケニア人なみの猛ダッシュで突っ込むと、4㎞を12分00秒、5㎞を15分22秒と刻むペースは、まさに私が大好きだった「男前な」ブレイブ・レース。(5㎞以外は中継アナウンサーの手動計時であり、彼らは平気で数秒速い数字をアナウンスしますから一概に信用はできません。また距離表示が間違っていたこともあり得ます)
1分35秒は追い付けるかどうかギリギリのラインかと思われましたが、間にいた千葉(篠塚麻衣)、静岡(清田真央)をあっさりとパスすると、残り2㎞を切ったところで早々に長野(玉城かんな)を捕まえてしまいました。
時計の比較で言えば、長野のアンカー・ 玉城との区間記録差は1分58秒で、もし2分差でスタートしていれば際どい接戦になったのかもしれませんが、実際に追い抜いてからの2㎞弱は新谷もややペースを緩めたように見えましたので、やはり競技場入口あたりで捕まえていたのではないでしょうか。
数々の駅伝に出場してきた新谷も、都道府県対抗戦では(最長区間ということもあり)アンカーを務めることが多かったように思いますが、ここまで鮮やかに大局をひっくり返して見せたのは、初めてのことでしょう。


(最初の)現役最後のレースが、10000mのベストレース!
現役復帰レースが、またまた駅伝でのベストレース!
こんなことをやってのけた選手は、まさしく前代未聞。
すでに「復帰するからには相手は世界」と眦を決している新谷選手。彼女が不在の間に、「世界」はアルマズ・アヤナ(ETH)によって驚異的な10000m世界記録が達成される(2016年リオ五輪)など、5年前とはまた様相を一変させています。
しかし、5年前に比べてもシャープに、凛々しく、そしてイイ女になったと思える新谷選手を、しばらくは力いっぱい応援できると思えば、もうワクワクです。
私とすれば、ヒイキの女子選手が相次いで引退して個人的に落ち込んでいた今季、それを一挙に覆す朗報でした。

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