豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

2017年12月

箱根駅伝のミカタ ②~横浜の熱きエース対決


『第94回箱根駅伝』の区間エントリーが発表されました。
この大会ならでは、当日のエントリー変更が1日2名まで可能というルールがあるため、戦略的に有力選手をあえて「補欠」としてエントリーし、他チームの動向や気象コンディションを睨み合わせてここぞという区間に投入してくるケースが多々あります。今回も有力校では下田裕太(青山学院大4)、山本修二(東洋大3)、栃木渡(順天堂大4)、館澤亨次(東海大2)といったあたりが“ジョーカー”の役割を担うことになりそうです。
ただ、毎回各チームともこの手法に頼らず正攻法のエントリーをしてくることが多いのが、ご存知「花の2区」。 エース・エース候補生に“影武者”は不要、というわけです。

◇“坂の街”を走り抜ける
『箱根』の2区がエース区間と呼ばれる所以は、距離の長さや良い流れを造る序盤の重要区間、といったことだけではありません。
鶴見から戸塚まで、横浜市内を西下するコースが、真の実力者にしか務まらないとんでもない難コースだというのも大きな要因になっているのです。
2区の「難所」としてしばしば名前が挙がるのが、中盤過ぎに立ちはだかる高低差20m以上の権太坂、そして国道1号が横浜新道に合流してから中継所までの約3㎞、大きくうねるように設けられた「戸塚の壁」と呼ばれる急坂です。
しかし、ランナーの脚力を苛む坂は、これだけに留まりません。

実は茨城在住の私は、現在仕事の関係で、週のうちの半分以上を横浜市で「暮らして」います。おまけに、ここ1カ月ほどは毎日のように、国道1号にある「戸塚中継所」の前を車で通っています。
茨城県民であり、またそれ以上に東京都民としての時期が長い私にとって、横浜は比較的近くても今まであまり馴染みのない土地だったのが、今年になって急に身近な場所になったのです。

「住んで」みて、また仕事上市内のあちこちに出向いてみて一番びっくりしたのが、坂道の多いことでした。東京にもあちこちに坂道はありますが、横浜はこの点、「異常」という言葉を使いたくなるくらいに、街の景観はまるきし異なります。
とにかく、平坦な道がしばらく続く場所など、滅多にお目にかかれません。街全体が関東平野の端っこにできたシワの塊といってよく、幹線道路などはまだ谷間を縫うようにして比較的平坦に通されていますが、ひとたび住宅地に入ればそりゃもう、坂だらけ。小さな丘の斜面に拓いたと思しき宅地ばかりで、面した道路から玄関まで30段以上の階段を登らなければならない住宅などが、当たり前のように建っています。距離は短いとはいえ「箱根」級の急坂も、あちこちにあります。お年寄りはさぞ苦労されていることと察します。
長年東京に住んでいて、横浜には横浜駅周辺や中華街、あるいは横浜アリーナや日産スタジアムなどに何度か出向いた経験しかなかった身としては、このことは驚き以外の何物でもありませんでした。地元暮らしが長い友人や知り合いはあまりそのことを意識していないらしいのが、不思議なくらいです。
こんな坂道だらけ、元をただせば大小の丘陵が連なる立地にあれほどの大都市が発達したのは、ちょっとした奇跡だと思います。東海道という「道」が育んだ街であり、すなわち箱根とともに『箱根駅伝』を象徴する一画と言ってよいでしょう。


そういう街を横断するのが、「花の2区」。テレビでは分かりづらくても、権太坂や戸塚の壁以外にも、小さな大地のうねりは至る所に、23㎞のコースを通して断続しています。力不足のランナーには、とても対処しきれません。過去に、今井正人(順天堂大)、伊達秀晃(東海大)、設楽啓太(東洋大)、神野大地(青山学院大)等々、2区での経験を踏まえて5区山登り担当へと“転向”したエース・ランナーが数多いのも、なるほどと頷かされるのです。
まあそういう意味では、海が近付くまで同じようにアップダウンが続く3区や細かい起伏の多い4区、これらの区間の裏返しである7・8・9区なども、すべてタフなコースではあります。『箱根』には、生易しい区間など一つもないということですね。



◇思い出の超エースたち

エースが集結する2区で、歴代名を馳せた「エース・オブ・エーセズ」と言えば、まず真っ先に瀬古利彦(早稲田大)の名前が浮かびます。私が初めて『箱根』を知った頃には、当時新記録となる11人抜きで話題となった服部誠(東京農業大)がいました。この両者ともに、4年連続して2区を走り、3・4年時に2年連続区間新を記録していること、1度も総合優勝を味わっていないことが共通しています。
残念ながら、当時はTV生中継がありませんでした。

少し時代が下ってからは、やはり渡辺康幸(早稲田大)とその同学年ライバルだったステファン・マヤカ(山梨学院大)でしょうか。
二人の2区での戦いは、1年時がマヤカ、2年時は渡辺が1区に回ったためマヤカの“不戦勝”(ただし渡辺は1区で佐藤悠基に破られるまでの区間記録を樹立)、3・4年時は渡辺が、いずれも当時では驚異的と言われた1時間06分台のタイムで走破してマヤカを抑えました。マヤカのベストは、3年時の1時間7分20秒でした。
結果の記録を見ては熾烈なライバル関係に胸を躍らせたものですが、当時(1990年代)私はイベント仕事の最前線にいたものですから、世間がお休みの正月はビッシリ現場業務。『箱根』をリアルタイムで観戦する時間がなかったのが、悔やまれます。

私が直接(ではないですがTVでリアルタイムに)見た中で最も強烈な印象を残したのは、何と言っても4年連続2区を走り区間賞3回、最終的に区間記録を1時間06分04秒にまで高めたメクボ・ジョブ・モグス(山梨学院大)でしょう。
ジョゼフ・オツオリに始まる海外留学生ランナーの中で「歴代最強」と言われ、また佐藤悠基(東海大)・竹澤健介(早稲田大)・佐藤秀和(順天堂大)・木原真佐人(中央学院大)・大西一輝、智也(東洋大)、また川内優輝(学習院大)などもいた「黄金世代」の中でも別格の存在でした。

「怪物」の評価が相応しい走りっぷりでしたが、1年時は前半のハイペースで終盤の急坂に失速して記録を阻まれ(それでも1時間7分29秒で区間賞)。この経験にも関わらず2年時はさらに無謀な突っ込みで終盤バッタリと止まってしまい(1区・佐藤の快走により首位と大きく差がついていたことが暴走につながったようです)、9人を抜きながら4人に抜き返されて区間6位にまで沈み、戸塚中継点で号泣しながら仲間に抱えられる姿が映し出されました。
3・4年時の連続区間新は、こうした苦い経験に基づいた冷静なレース運びの結果でしたが、それにしても学生時代にあれほどに強かったモグスが、その後の実業団選手としてのキャリアに何の勲章も付け加えられなかったのは、不可思議ではあります。現時点では留学生ランナーすべてに同じことが言えるのは残念な傾向で、いつか『箱根』からケニア、エチオピアなどを代表するランナーが育ってほしいものだと思います。



◇もう一つのお楽しみ「ゴボウ抜き」

序盤戦に位置付けられる2区では、しばしば「ゴボウ抜き」の記録もまた、話題に上ります。
言うまでもなくこの記録は、どんなに実力があっても狙って達成することはできません。中継した時点でチームが下位にいること、その割には上位とのタイム差が少ないことが、絶対条件となるからです。
その歴代記録は、モグスが今も残る区間記録を達成した第85回大会(2009年)で区間2位となったギタウ・ダニエル(日大)の20人抜き。
この大会は5年ごとの記念大会ということで学連選抜を含む23チームが出場しており、日大は1区で区間22位と出遅れながらもトップとは1分46秒差、この条件でモグス以外全員の前走者を追い抜いたダニエルによって達成されたものです。その区間タイムは、ちょうどモグスから1分遅れの1時間07分04秒でした。
出場校が多く、下位発進・僅差スタート、そして本人の実力とあらゆる条件が揃って出されたこの記録は、今後もう破られないかもしれません。

レギュラーの20チーム出場では、87回大会の村澤明伸(東海大→現・日清食品G.)の17人抜き。1区2分31秒差の最下位から、区間日本人歴代3位となる1時間06分52秒の爆走で3位にまで上り詰めました。その走法ゆえに個人レースでは今年の北海道マラソンまでなかなか“1等賞”がとれなかった村澤ですが、前を追う単独走では滅法強い本領を発揮したレースでした。

◇今回の「花の2区」は?
学生ランナーの頂点を競うエースが集まる『箱根』の2区。
今回の大本命は、『全日本』を制し優勝候補の呼び声もある神奈川大の主砲・鈴木健吾。対抗に挙げられるのは唯一のオリンピアンとしての意地がある塩尻和也(順天堂大3)。さらに、東海大最強世代の一角に名乗り出た阪口竜平の名前も挙がります。
決して総合優勝争いの決め手となる区間ではないのですが、ここで序盤の流れを確かなものにする重要区間であることは、前回区間賞の鈴木健が証明しています。
ライバル校が送り込んでくる強力なスナイパーたちを相手に、森田歩希を投入した青山学院大がいかに序盤をしのぐのか、今回もやはり「花の2区」は激動の予感がします。

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箱根駅伝のミカタ ①~ロケットスタートかG前叩き合いか…スリリングな1区の戦いを見逃すな


いよいよ2017年も押し詰まり、年が明けたと思ったら陸上ファンにとっては至福の三が日、“16時間駅伝漬け”の正月を迎えることになります。
いやあ、駅伝の大会がこんなにも国民的行事になるなんて、私が若い頃には考えられなかったですよ。

私が子供のころから、マラソンは人気スポーツの片隅にありましたけど、それが銭になるスポーツビジネスに発展したのは、ひとえに瀬古利彦さんというスーパーヒーローが現れたからこそ。その瀬古さんの存在をもってしても、当時の箱根駅伝は地味な学生スポーツ・イベントの域を出ないものでした。
1987年に日本テレビが全国中継を始めてから、状況は一変、さらにメディアの多様化や市民マラソンの普及が急速に進むにつれ、『箱根』の人気は加速しました。
まったく、サッポロビールさんのお陰、としか言いようがないですね。

綿密な取材をもとに編成された日テレの番組制作姿勢にも、いつも感心させられます。(日テレのアナウンサー自身による事前取材の緻密さは、『世界陸上』を放映していた頃からの伝統とも言うべきもので、それゆえ「細かすぎる解説」の増田明美さんの出番がないんだそうです)たまに未熟な若手アナウンサーによる空気を読まない暴走実況が水を差しますが、『ニューイヤー駅伝』と比較すると、局としてのスポーツ放送の実力差は明らかだと思います。

その『ニューイヤー』…正式名『全日本実業団対抗駅伝競走大会』もまた、『箱根』と同様に正月の風物詩として定着しました。
こちらは、文字どおり日本の男子トップランナーの大多数が一堂に会するオールスター戦の趣と、『箱根』を熱狂させたスター選手の“その後”を見られるところが人気の理由です。サッポロビールさん同様、山崎製パンさんにも感謝・感謝です。

さて、そんな国民的行事の一つ、『箱根駅伝』について、私なりの見どころ・感じどころを、大会まであと1週間と迫ったこの期に及んで、何回かに分けて記してみたいと思います。ただ現時点でもまだ多忙な仕事の真っ最中ですんで、どこまで書けますやら…ま、書き切れなかったテーマについては、また来年の同時期に続く、ということでよろしく。
初回のお題は、「1区のミカタ」です。

◇1区のスペシャリスト「ロケットスタートの鷲見知彦」
どの駅伝にも言えることですが、1区だけは「ヨーイ、ドン!」あいや、「On your marks、Don!」の一斉スタート。つまりは一般の個人レースと同じです。違うのは、ランナー全員が汗ひとつ浸みていない折り目のついたタスキを背負っていること、すなわち「ただ勝てばいい」のではなくて、レースの流れを作るオープニング区間の担当者として、チームのためにどんな勝ち方、どんな順位の取り方をすればいいかを考えなければいけないことです。
このことは、レース展開に非常にデリケートな、しかし決して小さくはない影響を与えると思います。「ただ勝てばいい」と思って走れば余裕で勝てる力を持った選手が惨敗したり、「勝てないにしてもトップとの差を最小限に」ということだけを考えて追走した選手が意外な好成績を収めたり、ということが頻繁に起こるのです。

多くの場合、駅伝1区のランナーは、力の差が多少あっても大集団が牽制し合いながらスローペースで進行するという展開になります。「区間賞でチームに勢いを」「遅れても何秒以内に」という思惑に囚われる選手がほとんどですから、この展開は必然と言えるでしょう。
稀に、スタートからポンと飛び出し、後続を引き離す独走態勢に持ち込んで、2位以下に大差をつけて2区に貯金を残そうというレースを試みる走者がいます。
あるいは、チームのためというよりも、自身の記録を狙っての(達成できればそれがチームのためにもなる)ハイペース作り、という場合もあります。過日の『女子全国高校駅伝』の田中希実選手(西脇工)がまさにそれでした。田中選手は後続集団に吸収されてからも実力者に相応しい粘りを見せて区間3位に食い込んだのはむしろ見事でしたが、この戦法はまかり間違うと、終盤の大失速を招いてチームに取り返しのつかないダメージを与えてしまうこともあります。
いずれにしろ、1区に起用される選手は「勝負強いこと」「そのためのスピード切り替えができること」「特にラストで他者に対して数秒を稼ぎ出すスパート力を持っていること」などの条件を基準に、選ばれているものと思います。その上で、どんな展開にも対応できる勝負勘・物怖じしないハートといった要素が重要になってきます。
こうした諸条件を兼ね備えるがゆえに、多くの駅伝で1区に起用される「スペシャリスト」と呼ばれる選手も、数多くいます。

私が『箱根』1区のスペシャリストで強く印象に残っている選手の一人が、第80回大会(2004年・1年生時)から3年続けて起用された鷲見知彦(日本体育大)です。
人呼んで「ロケットスタートの鷲見」。
1区を走った3回とも、午前8時の号砲が鳴るや猛然とダッシュして日比谷通りへ左折し、独りポーンと先頭に立った鮮やかなスタート。2年目以降は、これを見るだけでもドキドキしたものでした。
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 3年にわたって見られた鷲見(日体大)のロケットスタート

実は日体大にはそれより27年も前の第53回大会で、中距離のトップランナーだった石井隆士さんが同じようなロケットスタートを決め、そのまま独走に持ち込んで後続を1分以上ぶっちぎり、チームはそのまま1度も首位を譲ることなく完全優勝を決めたという歴史があります。
1年生の鷲見が放った27年ぶりのロケットスタート(ちなみに石井さんがその年に作った1500mの日本記録は、奇遇なことに27年後の2004年にようやく小林史和さんによって破られました)はしかし、そのまま独走とはならず、いったん集団に吸収されるや、今度は区間賞候補の筆頭と言われていた橋ノ口滝一(山梨学院大)が独り飛び出し、鷲見は追走集団を先頭で引っ張る形でレースは推移しました。
橋ノ口は六郷橋付近で力尽き、集団から抜け出した鷲見が太田貴之(駒澤大)とのデッドヒートを制して、みごとルーキーながら区間賞を獲得したのでした。
解説の瀬古さんが何度も「鷲見のラストは強いですよ、見ててください」と言ったとおりの素晴らしい瞬発力。果敢にして状況判断の確かなこと。まさに、1区のスペシャリスト現る、という感じだったのを覚えています。
この時、鷲見の心中には、
「今回はまだ力不足だったけど、いつかは石井先輩のように、スタートしてそのままぶっちぎるレースをしてみたい」
という気持ちが強く残ったのではないでしょうか。

2年目もロケットスタートから同じようなレース展開になったものの、この年の鷲見はいまいちキレが悪く、終盤のトップ争いにはついて行けなくなり区間3位。
そして3年生となった第82回大会、今度こそ正真正銘のロケットスタートが炸裂しました。スタートでいつものように一気に先頭に立つと、スピードを緩めることなく後続との差を開く、開く…。
一時は2位以下に1分以上の大差をつけ、いよいよ石井隆士さんの再現かと期待された鷲見はしかし、六郷橋を前にして急激にペースダウン。「1区は俺のもの」という自信がなせる先行逃げ切り策だったのでしょうが、完全なオーバーペースでした。
翌年、最後の『箱根』となった大会の1区に鷲見の姿はなく、7区に起用されて2度目の区間賞を獲得。類まれな実力を証明してくれはしたものの、走り終えた鷲見の表情には、どこか「やり残した感」が漂っているような気がしたものです。



◇痙攣しながら区間新!“怪物”佐藤悠基

鷲見が1区から姿を消した第83回大会、とんでもないロケットスタートを見せる選手が現れました。「天才ランナー」と言われ、ルーキーだった前年に3区で区間新記録を叩き出していた佐藤悠基(東海大→現・日清食品G.)です。


この年、大手町のスタートを最初に飛び出したのは同じ2年生の大西智也(東洋大→現・旭化成)でしたが、すぐに佐藤がとって代わると、1㎞を2分50秒前後という猛烈なハイペースで引っ張り始めました。通常3分程度のスローペースで進む区間で、このペースはないだろうということで、ピタリと追走した大西以外の選手はまったく反応しません。
やがて大西をも振り切った佐藤は、10㎞を28分台で通過。無駄のない柔らかなフォームからはそんなスピードが出ているようには見えないのですが、涼しい顔のまま後続を引き離し続けます。
ところが16㎞付近で突如、脚を叩き、腕をさするという異常な動きを見せました。後々佐藤の大成にブレーキをかけ続けることになった、痙攣の発症です。
ゲスト解説を務めていた徳本一善(法政大→当時日清食品G.)によれば、「調子が良すぎて筋肉の負荷が大きくなり過ぎた結果」とのことで、人間の身体の不思議さを見る思いがしたものです。
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 ハムストリングスに痙攣を起こし苦痛に顔を歪める佐藤(東海大)

それでも佐藤は大きくペースダウンすることなく神奈川県に入り、19㎞付近で再び襲った痙攣の発作にも怯まず、ハーフマラソンを超える21.3㎞(当時の計測では21.4㎞)を、1時間1分06秒という区間新記録で走り切り、区間2位に粘った大西に4分ちょうど、3位の髙橋優太(城西大→現DeNA)には4分12秒という空前の大差を造り上げました。痙攣さえなければ、あるいはもう少し距離を踏んでからの発症であれば、60分台は確実、ひょっとしたら59分台という途轍もない記録が生まれていたかもしれません。
この大会は5区で今井正人が3年連続区間賞を獲得し「山の神」の称号を得たレースでしたが、佐藤悠基の圧巻の走り、鷲見の7区での区間賞など、印象深い名シーンが数多く見られたものでした。

◇現王者・大迫傑の『箱根』1区
佐久長聖高校で佐藤の後輩にあたる大迫傑(早稲田大→現NIKE O.P.)も、1年、2年と2度にわたって見事なロケットスタートを決め、大器の片鱗を見せました。特にルーキー・イヤーの2011年・第87回大会では、ここでライバル東洋大学につけた約2分の差が決定的なものとなり、最終的に早稲田は僅か21秒という僅差で東洋を抑え、10年ぶりとなる三冠を達成することになります。
どちらかというと後方から次々と追い抜いていくというレースが似合わない大迫もまた、1区に起用されることの多かったスペシャリストと言ってよいでしょう。


3年時は3区にまわって区間2位となった大迫は、4年時にはみたび1区にエントリー。しかしこの年の1区には山中秀仁(日体大→現Honda)、中村匠吾(駒澤大→現・富士通)、田口雅也(東洋大→現Honda)、文元慧(明治大→現カネボウ)、一色恭志(青山学院大→現GMO)、市田宏(大東文化大→現・旭化成)、松村優樹(順天堂大→現Honda)、潰滝大記(中央学院大→現・富士通)といった錚々たる顔ぶれが揃い、しかもこの年は総合優勝の大本命と呼ばれるチームがいない大混戦の様相を呈していた(結果的には東洋大の圧勝)ために、さしもの大迫も簡単には勝てないだろうと、号砲が鳴る前から実にドキドキするレースが期待されていました。

第90回の記念大会を飾った1区の戦いは、実力者が揃ったレースにふさわしく、例によってハイペースで飛び出した大迫が独走を許してはもらえない展開となりました。
結局序盤に自力を使いすぎた大迫が、六郷橋以降の勝負どころに差し掛かって先頭集団から脱落したのを尻目に、山中、中村、田口、文元が熾烈なデッドヒートを繰り広げた末、山中が区間賞をもぎ取りました。区間タイムは1時間1分25秒と、当時歴代3位になる好記録で、5位に沈んだ大迫も1年時のタイムを上回るパフォーマンスでした。
近年では、最もスリリングで見ごたえのあった1区の戦いだったと言っていいでしょう。

さて、今回の1区では、ロケットスタートを決める選手がいるでしょうか、それとも大集団からスパートの機を伺う展開となるのでしょうか。
どちらにしても、正月だからといって寝坊を決め込んで、8時スタートの1区を見逃しました、なんてことのないように、観る方としてもしっかりとコンディションを整えて臨みたいものです。

今年も残すは「富士山」のみ!


『全国高校駅伝』は、ご承知のような結果となりました。(手抜き)
いやね、前にも書いたような気がしますけど、私、高校生スポーツにはイマイチ身が入らないタチでしてね、どこかチームを応援しようにも、毎年メンバーも戦力分布もガラリと変わることが多いもんで、その変化にどうも付いていけないところがあります。
(追記…詳しくは1年前の記事をご参照ください。同じようなことを、もっとシツコク書いてました)
したがって、『高校駅伝』は勝負を楽しむというよりも、個人の動向に注目ですね。何年か経った後に記録やビデオ映像を見返してみて、「ああ、あの年はこんな連中が走ってたのか」と振り返るクチ。
その点、今回の女子の1区はなかなか見ごたえがありました。
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どうしても1区の区間賞が欲しかった田中希実(西脇工)の果敢な飛び出しと終盤での粘り。5000mランキングではダントツの小笠原朱里(山梨学院)が置いていかれるほどのラストのビルドアップ。そして駅伝1区の勝ち方を知っている、和田有菜(長野東)の斬れ味!
他にも、最後まで区間賞を諦めなかった御崎舞(筑紫女学園)、森林未来(諫早)、矢田みくに(ルーテル学院)、林英麻(健大高崎)などなど、上位20人くらいまで逸材には事欠きません。今は目立った存在でなくとも、こうした世代の中で揉まれるうちに遅ればせながら素質を開花させていく選手もいることでしょう。
何年か後(早ければ来年にも)の、実業団や大学の中心選手として活躍する彼女たちの姿を見るのが、とても楽しみです。個人的には、来年もう1回都大路を走るチャンスを残している、小笠原選手に大きく期待しています。



さて、高校駅伝が終ったということは、年内あと残すは『全日本大学選抜女子駅伝』のみ。
この大会、『富士山女子駅伝』として行われるのは今年で5回目ですが、過去4回はすべて立命館大が優勝しています。『全日本大学駅伝(杜の都駅伝)』で3位と惨敗した今年、女王の座を守ることはなかなかに難しそうですが、どうなるでしょう?
昨日行われた『第18回日本体育大学女子長距離競技会』に、その立命館の主力選手が一部出場し、佐藤成葉が15分48秒72で4組(最終組)9着、以下、関紅葉が16分02秒37で14位、加賀山恵奈が16分03秒17で15位、田中綾乃は16分24秒01で3組10位と、それぞれまずまずの調整を見せました。
4年生コンビの太田琴菜と和田優香里の仕上がり具合がどうかというところで、また昨年山登りの7区2位と健闘した松本彩花がエントリー落ちで、誰が富士の裾野を登るのか、というのも課題です。
今回も、名城大の充実ぶり、松山大の巻き返しなどが立命館にとっては厳しく行く手を阻みそうな気配を感じますね。

なお、日体大競技会の5000m4組には豊田自動織機の主力メンバーの多くが出場、福田有以が15分31秒83で渡邊菜々美(パナソニック)、岡本春美、野田沙織(以上三井住友海上)らを抑えて1着、リッツの先輩・藪下明音が5着に続きました。(菅野七虹は12着)
ちなみに、3組の1着は「お久しぶり!」の高松望ムセンビ(大阪陸協)で、タイムは15分53秒01でした。

実業団も大学も、いま女子で元気なのは高卒2年目の世代ですね。代表格は一山麻緒(ワコール)ですが、前述の岡本や高松姉もそう。学生では、リッツのエース佐藤のほか、棟久由貴(東農大)、関谷夏希、山口可純(以上大東大)、向井智香(名城大)、森紗也佳(関大)、高見沢里歩(松山大)等々、いいタレントが揃っています。
年末の女子駅伝、優勝争いは二の次で、これらの選手に注目してみようと思っています。
きょう見た高校駅伝の選手たちも、何年後かに「ああ、あの年は豊作だったねえ」と振り返る、そんな将来を願ってやみません。

竹中理沙選手が引退表明


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 (日刊スポーツWEB記事より)

資生堂のマラソンランナー・竹中理沙選手がこのたび引退を表明、来年1月の『都道府県対抗全国女子駅伝』に滋賀県代表として出場するのがラスト・レースとなることが分かりました。

伝統ある資生堂ランニングクラブのスローガン「強く、速く、美しく」を体現するランナーとして活躍してきた竹中選手。少女漫画から抜け出してきたかのようなルックスには、きっとファンも多かったことでしょう。
ピョンピョンと飛び跳ねるようなフォームは、決して長距離走者として理想的なものではなかったでしょうが、バレエで鍛えたという体幹の強さとしなやかさに支えられた、彼女にしかできない走法だったという印象があります。

立命館宇治高では同期の沼田未知(立命館大→豊田自動織機)とともに3年連続で都大路を走り、3年時にはアンカーとしてみごと優勝のテープを切りました。すでに黄金時代に突入していた立命館大に進学後は、2年先輩のスーパーエース・小島一恵の後継者として期待され、3年時に2区で、4年時には1区でそれぞれ区間新記録を樹立、その後両区ともに距離変更がなされたため、この2つの区間記録は永遠に残るものとなりました。
資生堂での活躍ぶりは、高校・大学時代の華やかさに比べると今一つ物足りないものがあったとはいえ、分裂やリストラで崩壊寸前の状態にあったチームをルーキー時から牽引し、遅まきながら進出したマラソンでは2015年ゴールドコーストでの優勝をはじめ、堅実な成績を残してきました。



「故障により目指すレベルのトレーニングができなくなった」ことが引退を決意した理由だと言いますが、先日の『実業団女子駅伝』1区でのしたたかな走り(区間3位)を見る限り、まだまだやれたのになあ、という思いを禁じ得ません。
実は彼女、今春に男子マラソン選手の野口拓也(コニカミノルタ)と結婚し、今年のゴールドコーストでは夫婦そろって表彰台(野口優勝・竹中3位)という“快挙”を達成しています。まあ、そのあたりの、何と言いますか新婚生活との兼ね合いみたいなものが、引退の引金になったということは考えられますね。

資生堂は今年、立命館大で竹中の後輩になる池田睦美が引退、入れ替わるようにして同級生の田中華絵が第一生命G.から移籍してきたばかりです。そのあたり、それぞれにどんなコミュニケーションがあったのか、なかったのか、ちょっと知りたいところではあります。
2年続けて実業団駅伝のシード権に滑り込んだチームとしては、大黒柱の突然の引退はちょっと痛いところですが、来春には高見澤安珠(松山大)、今村咲織(順天堂大)など、大物ルーキーの補強が予定されています。「本戦」の優勝候補にも名前が挙がってこようかという戦力が、着々と整いつつあるようです。
竹中さん、長い間お疲れさまでした。後のことは心配なさそうですから、ゆっくりと骨を休めつつ、旦那さんを支えてやってくださいまし。

 

実業団女子長距離、「駅伝」のその後は…?


『全日本実業団女子駅伝』の事前展望記事をあれだけ気合入れて書いたにも関わらず、その結果についてはここまでノーコメントで申し訳ございませんでした。
今さら、ではありますが…「戦国」の予想に違わず、レースは終盤まで優勝争い、シード権争いともに予断を許さないスリリングなものとなり、5区・私メの大っっ好き!な中村萌乃選手でトップに立ったユニバーサルエンターテインメントが5年ぶり2回目の優勝を果たしました。
2012年の初優勝以降も毎回、優勝候補の一角に名が挙がりながらも2位、14位、3位、8位と意外なほどに不安定な成績に終わってきたユニバ。しかも今回はインターナショナル区間のワンジュグ、若手エースとして期待されてきた和久夢来を起用できず半数の3人が大会初出場というちょっと厳しい陣容でした。
しかしながら、木村友香、鷲見梓沙の主軸2人が役割を果たし、ワンジュグの穴を埋めた伊澤菜々花が学生時代以来の好走、そして“駅伝女”中村の苦しみながらの逆転走とルーキー猿見田裕香の区間賞で、混戦から抜け出す形となりました。

ワタクシ的には優勝争いを期待していた豊田自動織機がシード権すら奪えなかったのが少々残念ではありましたが、それ以外はトップ8入りを予想していたチームが順当にシード権内に入り、またヒイキの選手(中村)の活躍でユニバが優勝した結果は、まずまず祝着と言うべきものだったでしょう。

さて、実業団女子長距離のメインイベントから2週間。
一部の選手たちは、休む間もなく『第261回日本体育大学長距離記録会』(12月2日・日体大健志氏台競技場)、『日本実業団陸上競技連合女子長距離記録会』(12月9日・山口市維新百年記念公園競技場)で、今年の総決算をと記録狙いに挑んでいます。

まず、『日体大記録会』では3000mと5000mが行われ、5000mでユニバの木村が自己ベストの好記録を叩き出しました。
木村は昨年もこの大会で自己ベストをマークし、併せて昨年度のランキング1位に踊り出たのですが、今回はその記録を約6秒更新。ランク1位こそ鍋島莉奈(日本郵政G.)が世界選手権で出した15分11秒83には僅かに及ばなかったものの、昨年は順位で敗れたヘレン・エカラレ(仙台育英高3)をラスト1周でぶっちぎっての1着です。
また昨年この同じレースで続々と好記録を打ち出した、矢田みくに(ルーテル学院3 ※学年は今年)、佐藤成葉(立命館大2)、小笠原朱里(山梨学院大付高2)、森林未来(諫早高3)といった面々がこぞって参加してきましたが、いずれもPB更新とはなりませんでした。
上位の結果は次のとおりです。

 ① 15'12"47 木村 友香(ユニバーサル)
 ② 15'21"74 ヘレン・エカラレ(仙台育英高3)
 ③ 15'28"38 エスタ・ムソニ(仙台育英高1)
 ④ 15'38"70 岡本 春美(三井住友海上)
 ⑤ 15'39"11 緒方 美咲(松山大3)
 ⑥ 15'39"38 内藤 早紀子(パナソニック)
 ⑦ 15'39"82 荘司 麻衣(デンソー)
 ⑧ 15'39"87 矢田みくに(ルーテル学院3)
 ⑨ 15'41"34 森林 未来(諫早高3)
 ⑩ 15'41"54 出水田 眞紀(立教大4)




続いて昨日行われた『実業団連合女子記録会』は3000m、5000m、10000mの3種目が行われ、10000mには2週前に宮城路の1区や3区を賑わせた面々が大勢登場。
上位の顔ぶれは1区の再戦さながらとなり、宮城に続いて森田香織(パナソニック)が“連覇”。彼女はこれが初めての10000m公式レースだったと思われますが、いきなり「一流」の目安となる31分台にギリギリで滑り込みました。
2位の森智香子(積水化学)も、3000mSCが主戦場で長距離は苦手というイメージだったのが、PBを1分半近く縮める大躍進で、宮城1区での惨敗を雪辱です。
3位はワコールの元気印・一山麻緒。何が元気って、彼女、このレースの僅か40分ほど前に5000m第2組で1着(15'56"57)となって、この10000でも先頭争いに参戦。近い将来マラソンに、という意欲が満々に感じられるチャレンジですが、あんまり無理しないようにしてください。(動画は見つかりませんでした、ゴメンナサイ)

 ① 31'59"94 森田 香織(パナソニック)
 ② 32'05"99 森 智香子(積水化学)
 ③ 32'06"14 一山 麻緒(ワコール)
 ④ 32'07"11 松田 杏奈(京セラ)
 ⑤ 32'08"46 松﨑 璃子(積水化学)
 ⑥ 32'17"29 岡本 春美(三井住友海上)
 ⑦ 32'21"79 藤田 理恵(京セラ)
 ⑧ 32'21"92 堀 優花(パナソニック)
 ⑨ 32'26"93 野添 佑莉(三井住友海上)
 ⑩ 32'27"58 松下 菜摘(天満屋)

10位以下で目を惹くのは、今季設立された新チーム岩谷産業の高野智声(ユタカ技研から移籍)、大同美空(敦賀気比高出)がともに32分台の記録で14・15位に食い込んでいること。来年の駅伝には、新しいチームの参戦が見られそうで楽しみです。

5000mにも有力選手が多数参加、3組タイムレースの上位10名(すべて第3組)は次のとおりです。
 ① 15'38"82 西脇 舞(天満屋)
 ② 15'39"43 西原 加純(ヤマダ電機)
 ③ 15'40"69 佐々木 文華(第一生命G.)
 ④ 15'41"34 嵯峨山 佳菜未(第一生命G.)
 ⑤ 15'41"51 上原 美幸(第一生命G.)
 ⑥ 15'44"39 佐藤 早也伽(積水化学)
 ⑦ 15'45"32 石井 寿美(ヤマダ電機)
 ⑧ 15'46"89 筒井 咲帆(ヤマダ電機)
 ⑨ 15'47"24 菅野 七虹(豊田自動織機)
 ⑩ 15'50"71 堀口あずき(京セラ)




さてさて、今年の実業団女子長距離を振り返ってみますと、個人では10000mで松田瑞生(ダイハツ)、5000mで鍋島莉奈が日本選手権を制し、世界デビューを果たしたことが大きなトピックス。
一方で、昨年絶対エースの座に君臨した鈴木亜由子(日本郵政G.)は故障がらみで今一つ停滞気味。代わって高卒2年目の若手ホープとして大活躍したのが一山麻緒、中堅どころでは木村友香の安定感が光りました。
社会人選手全般では何といってもマラソンでの安藤友香、清田真央(ともにスズキ浜松AC)の活躍が一番のニュースでしょうが、実業団に加盟していないチームなので、次のマラソン出場までの間は、1月の都道府県対抗駅伝あたりでお目にかかれるのではないかと楽しみにしています。

駅伝の上位チームでは、引き続き熾烈な戦いが見られそうで、高卒・大卒ルーキーの補強が来年度の陣容を大きく左右するかと思われます。このあたりはまた、情報がまとまり次第掲載する予定でいます。

その反面、駅伝に束縛されることを嫌ったり新たな練習環境を求めたりで、有力チームを離れる選手の動向も気になりました。
主だったところでは、
 萩原 歩美(ユニクロ→豊田自動織機)
 野村 沙世(第一生命G.→ユニクロ)
 岩出 玲亜(ノーリツ→ドーム)
 下門 美晴(しまむら→ニトリ)
 田中 華絵(第一生命G.→資生堂)
など。このうち岩出選手の近況は、週刊誌に何やらキナ臭い雰囲気で取り沙汰されているのが気になりますけど、まあここではそういうことには触れません。
選手の異動で気に掛かるのが、来年3月をもって廃部が決定したユタカ技研のメンバーです。2年前には部員が1人になるなど、紆余曲折を経てきたチームがとうとう、ということになりましたが、何と言っても絶大な人気を誇る宮田佳菜代選手が、2度目の所属チーム崩壊という憂き目に立たされているのが何とも気の毒です。他のメンバーともども、どうにか現役を続けられる環境に恵まれることを、願ってやみません。

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