今年の『ツール・ド・フランス』は、稀にみる接戦の総合優勝争いとなり、結局大本命のクリストファー・フルーム(チームSKY=GBR)が3年連続4回目のマイヨジョーヌを獲得しました。
自転車レースの総合成績というのは、よく事情を解っていないと理解できないカラクリがありまして、そこが大変に複雑で面白いところなんですが、まあ要は「個人の力だけでは絶対に勝てない」ということに尽きるでしょう。
ツール・ド・フランスは9人1組のチームごとの参加となる大会で、それぞれのチームが1人のエース選手を勝たせるために、時によってはライバルチームのエースを「潰す」ために、総力を挙げて臨みます。今回のフルームの場合も、21日間の長丁場の中で何度も訪れたピンチを、イギリスが誇る最強のプロ集団・チームSKYのチーム力で切り抜けた結果であり、今回ほどチーム力の優劣や方針の違いが個人の成績に反映された「ツール」もなかったと思いました。

いきなり関係のない話ですいませんね。
実は男子10000mを見ていて、ついつい先日終わったばかりの『ツール・ド・フランス』を思い出さずにはいられませんでした。
モー・ファラーという1人の大本命を倒すという、他の有力選手の一致したテーマのもとに進められた、珍しいタイプのレース展開。実況でもそのようなコメントがありましたけど、そこには自転車レースではごく日常的にみられる「チーム戦」の様相が垣間見えました。一方の大本命は、長年連れ添った相棒(ゲーレン・ラップ)を今回は欠いて、“一人ぼっち”の孤独な戦いを強いられていたのです。
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ただ決定的に違う点は、自転車レースでは1人の選手を勝たせるために、チームメイトは己を犠牲にしてエースをサポートすることに全力をあげるのですが、陸上競技ではあくまでも「最後は自分が勝つ」ことを前提として連携を図る、というところです。
たとえば今年の「ツール」のチームSKYでは、2014年のロードレース世界チャンピオンであるミハウ・クフィアトコフスキー(POL)という、他のチームにいれば間違いなくフルームの強敵となるほどの選手が、長いレースの大半を集団の先頭でペースを作り、時には飛び出した他チームのライバルを牽制するために一人追走してマークし、また勝負どころで自転車が故障したフルームの大ピンチに自分の自転車のパーツを譲り渡して追走させるなど、文字どおり献身的なサポートでフルーム優勝の最大の功労者となりました。こうした「アシスト」と呼ばれる選手たちは、状況によってはステージ優勝(単日のレースでの1着)を目指す場合もあるとはいえ、自身の個人総合成績は完全に捨てることを求められます。
もし陸上競技で、そのようなあからさまなサポートを他の選手に行なえば、反則行為と見なされます。とはいえそれも程度問題で、「このくらいなら」と見過ごされるケースも多々ありますから、陸上レースでもある程度のチーム戦術は十分に成立し得ます。
「陸上競技はあくまでも個人の戦い」という固定観念があると、こうした考え方には強い違和感を覚えることでしょう。しかし、たとえば今では日本の国内レースでも定番化しているペースメーカーという存在も、自転車レースの盛んなヨーロッパ圏では早くから容認されていた、ということを思えば、将来の長距離・ロードレースでは当たり前に見られることなのかもしれないですよ。


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もしも、今回の10000mレースで後半までファラーを“包囲”した10名ほどのライバルたちが、事前に示し合わせて(たとえばSNSのグループになって事細かに作戦を練り合うとかして)チーム戦を仕掛けていれば、さしものファラーといえども抗しきれなかったかもしれません。
しかしながら実際には、「速いペースでファラーを消耗させよう」という思惑が一致していただけで、それほどのチーム戦術はとられていなかったでしょう。あったとすれば、国は違えど同じチームのジョシュア・チェプテゲイ(UGA)とジョフリー・カムウォロル(KEN)、また同じ日本実業団連合から参戦のポール・タヌイ(九電工=KEN)とビダン・カロキ・ムチリ(DeNA=KEN)、あるいはエチオピア勢3人、といった小規模の合同作戦程度だったことでしょう。
たとえば5000m付近で飛び出したカロキによる強烈な揺さぶりが、自身は途中壊滅覚悟のロングスパートでタヌイをサポートしたものだったとすれば、ファラーに大きなダメージを負わせることができたかもしれません。大逃げを放置するにはカロキ自身が実力者であり過ぎるため、ファラーとしても追わないわけにはいかなくなり、それをじっくりとマークすることでタヌイに大きなチャンスが生まれるからです。
ですがカロキには己を犠牲にするという意図はなく、これはあくまでも自分の勝機を見出すための仕掛けということでしかありませんでした。チェプテゲイとカムウォロルの間で頻繁に繰り返された「先頭交代」も同様で、どちらかがアシスト役ということではなかったようです。
最終的な目標は、ファラーを負けさせることではなくて、自分自身が勝つこと。陸上競技なんですから当たり前ですね。そこの微妙な匙加減やジレンマが、とても面白かったです。
そして、長距離界の絶対王者は些細なチーム戦術には小動もせず、圧倒的な力の差を見せつけて最後の10000mレースを締めくくりました。

他のレース競技を見ることは、陸上競技を観戦する上で非常に参考になることがたくさんあります。中でも自転車競技は、常に「風圧」への対策ということが戦術の大前提にあり、チーム戦術、共同戦線といった発想の原点になっています。オリンピックなどのロードレースでは、普段のチームではなく同じ国どうしで新たなチームを組み、そこにまた他国ながら普段のチームどうしの連携も生まれるなど、なかなか面白いことが起こったりします。
見たことがない人は、ぜひ一度ご覧になってみてください。ただし1回のレースが5,6時間の長丁場、「ツール」はそれが21日間続きます。ちなみに私は生中継の放送局には加入していないので、日々のダイジェスト版でしか見てませんけどね。