私の地元のヒーローでもある稀勢の里フィーバーに沸いた、大相撲春場所初日。
2次ラウンドを迎えたWBCでは、日本がオランダとの死闘に劇的勝利。
かと思えば、サッカー界のレジェンドが世界にも例がないという50歳での公式戦ゴール。
海の向こうでは、スピードスケートの小平奈緒が500m15連勝で今季の締めくくり。
“小さな女王”スキージャンプの高梨沙羅は、W杯最多勝更新を来季に持ち越し…
…しかしっ!
あたしゃ、そんなこんなはどうだっていいです。
遂に、遂に、日本マラソン界の閉塞状態に風穴が開いた、記念すべき日曜日。
初マラソン日本最高記録!(これまでの記録保持者は、あの坂本直子)
日本歴代4位! (上位3人は、サブ・トゥエニィのレジェンドたち!)
日本人国内歴代2位!(1位の野口みずきまで18秒!)
2017年世界ランク4位!(キルワは2位)
鮮烈としか言いようのないデビューを飾ったニュー・ヒロイン、安藤友香(スズキ浜松AC)こそ、昨日のトップ・アスリートと申し上げて、はばかりませんよ。

単に好記録というだけではなくて、その内容が素晴らしいじゃありませんか。
ペースメーカーが何をトチ狂ったか、キロ3分10秒を切るペースに跳ね上がった序盤の揺さぶりにビクともせず、いま世界で最も安定した強さを誇るユニス・ジェプキルイ・キルワ(BRN)のためのペースに淡々と対応。世界のキルワと10km以上にわたってマッチレースを戦いながら、30km以降も自身のペースは決して落とすことなく、最近陸連が盛んに騒ぎ立てる「ネガティヴ・スプリット」に近いフラットな前後半でフルマラソンを走り切りました。34kmからキルワには引き離されたとはいえ、それは自身のスタミナ切れによるペースダウンではなく、単にキルワとの地力の差が出たというもの。その地力の差も、キルワにとってのPBに対して僅か19秒=100m足らずということです。

大阪を制した重友梨佐(天満屋)にしても、前半を自重してネガティヴ・スプリットが可能な展開に持ち込みながらも終盤の落ち込みは抑えきれず、ともにキルワに挑んだ同僚・清田真央がそのペースに付いていけなかったのと比べて、安藤の完璧なレース運びには何も言うことがありません。2年前に同じようにキルワに挑み、近年稀な22分台の好タイムを叩き出した前田彩里(ダイハツ)にしても、昨年大阪の福士加代子(ワコール)にしても、これほど42.195kmを最後までまとめ上げたわけではなかったのです。

どの局のTV中継でもレースの前半から盛んに繰り返される「ゴールタイム予想」で、これほど最後までぶれない数字が続いたレースというのも、なかなか見ることができないですよ!(20~25kmに“中だるみ”があったために、むしろ良いほうに数字が変わりました…前週の『びわ湖毎日』なんて、村澤明伸のゴール予想が2時間6分30秒なんて出てましたからね)
ここ数年、「マラソン界期待の新星」たちは、どうしても42kmを自分のものにすることができていない。現在のエースである福士選手にしたところで、突き詰めていくと「マラソンを走り切る」力を十分に持っているとは言えないんじゃないかと、私はそう考えます。
昨日、男女を通じて本当に久しぶりに、「マラソンを走り切った」日本人選手を見せてもらえた、という思いなんですよ。

早くもマスコミからは「忍者走り」なんて形容が奉られていますが、その特異なフォームに孫英傑(CHN)のシルエットをつい重ね合わせてしまうのは、昨日の記事のとおり。あんな走り方でもあんなに速い、というのは当時本当に衝撃的でしたからね。
そして、安藤も、速い!
本ブログではしばしば、2012年に『全国高校駅伝』2位になった豊川高校の“黄金メンバー”(岩出玲亜・宮田佳菜代・鷲見梓沙・関根花観・堀優花)を引き合いに出しますけれども、安藤はその前年、3回目となった豊川全国制覇時の不動のキャプテン。1年時は2区(区間6位)でしたが、2年(11位)、3年(3位)と1区を走り、同じコースの『全国女子駅伝』1区でも高校時代から常連。今年こそ7位に終わったものの、2015年、16年と続けて鮮やかなラストスパートを決めて区間賞を獲っています。

走りの切れ味もさることながら、まるで能面のような無表情で淡々と走る姿と、区間賞のインタビューなどに応える時の柔和な笑顔…そのコントラストが、彼女の魅力ですね。「スタア」の素質は十分、と私はずっと注目してきたわけです。


『びわ湖』前の記事で、「今季の日本マラソン界は日進月歩の僅かな一歩」てなことを述べました(結果的には、安藤・清田の快走で「大きな一歩」ということになっちゃいました)が、その根拠としては、早い段階からマラソンにチャレンジする若いランナーが少しずつ増えてきた、ということがあります。
ここしばらく男女を通じて続いてきた傾向は、「トラックでじっくりとスピード能力を蓄えて、実績を積んだ上でマラソン転向」というロードマップ。高岡寿成さんや弘山晴美さん、あるいは福士選手などが「ある程度それで上手くいった」ことも影響してか、この方針はスタンダードなものになりつつあり、素質に恵まれながらもマラソン・デビューに時をかけ、そうこうしているうちに故障やら何やらで、中にはとうとう一度もマラソンを走ることもなく姿を消してしまう“元”有望選手も少なくありませんでした。

女子では10代日本最高記録をマークした岩出玲亜選手(ノーリツ)や、佛教大学時代にデビューを果たし好走した前田彩里選手などが引き金となって、徐々に早くからマラソンに取り組む選手が出始めてきました。男子でも、先日NHKの『クロ現』で原晋監督も語っていたように、「そればかりじゃいかん!」とこの点に問題意識を持つ関係者が増えているようです。現に、青学勢をはじめとして学生のマラソン・チャレンジが少しずつ増えてきています。
「東京オリンピックに間に合わせるには、もう実戦を走り始めないと…!」という意識も、大きく作用していると思われます。
今回も、初マラソン組では安藤選手は破格としても、石井寿美(ヤマダ電機)、宇都宮亜依(宮崎銀行)などが上々のデビュー戦を走っています。
近年では、最も鮮烈な若手デビュー戦として、2007年の第1回東京マラソンで初マラソン初優勝を飾った新谷仁美(当時豊田自動織機)が思い出されます。彼女の場合は本質的に長い距離を走ることが好きでなく、その後トラックやクロスカントリーに専念する道を歩むことになったわけですが、こうした向こう見ずなチャレンジが好きそうな小出義雄監督など、もっと自チームの選手をマラソン戦線に送り出してもらいたいものです。(鷲見梓沙が順調に来ていれば、今頃デビューしていたかもしれませんね)

若い選手が安藤選手のようにブレイクするということは、「トラックの王(女王)」的なベテランがマラソンに進出してくるのとは、まるで違う影響を周囲に与えると思います。清田選手を筆頭に、現役の大多数を占める同世代のランナーたちが、一斉に目の色を変えるはずだからです。前述した「豊川高校の後輩たち」なども、測り知れないエネルギーを注入されたのではないでしょうか。
かつて、高橋尚子さんが猛暑のバンコクで当時の世界記録に1分差と迫る2時間21分47秒を出した時、それは従来の日本記録を4分も破る大記録だったのですが、堰を切ったようにそれに近いタイムで走る日本人選手が続々と現れました。反面、当時まだ現役だった有森裕子さん、浅利純子さん、安倍友恵さん等々の「旧勢力」が、時代の変わり目を悟ったかのようにレースから去っていくことにもなりました。
いよいよ、ほとんど20年ぶりにそういう流れが来るんじゃないか…そう思わせてくれるほど、安藤友香選手の走りは大、大、大殊勲だったと、声を大にして言っておきましょう!