『第105回日本陸上競技選手権』が終わりました。
5年前のリオ選考会の時は、種目ごとに「速報ニュース!」みたいな感じでこのブログをアップしまくってたんですが、今じゃTwitter見てるほうがよっぽど早いし、情報の、というか速報の洪水みたいなもんだから、今回は出しゃばらずノンビリと、それでも熱く観てました。月陸Onlineさん、EKIDEN Newsさん、いつもお世話になります。
となると、長文ブログの使命としては、じっくりと観戦記を書き残しておくことかと。私なりに強く印象に残った出来事を、いくつかピックアップしてみたいと思います。

その① 福島千里選手について、私信ふうに語ります…
福島千里選手、あなたはこの10余年間というもの、間違いなく日本陸上界・唯一無二のヒロインでした。
女子短距離種目では、長い間、オリンピックにただ出場するということすら誰にも果たせない遠い遠い夢でした。アスリートにとっても、ファンにとっても。それを、あなたは3度も叶えてくれました。
日本の女性でも、もしかしたら100mで11秒を切れるかもしれない、そんな夢のまた夢さえ抱かせてくれました。
2011年6月、私は、日本選手権に出場するあなたを現地で見たいがために、はるばる熊谷まで出かけたものです。(茨城から埼玉北部って、電車だと案外行きづらい…)
当時のあなたは、日本のみならずアジア最速の絶対女王。新進気鋭の高校生と注目された土井杏南選手をぶっちぎっての優勝、本当にカッコよかった。
それから、いくばくかのスランプ期間を経てのリオ代表選考会。降り注ぐ陽光の中で200mのゴールを22秒88で駆け抜けた時の、輝かしい笑顔は忘れられません。
そんなあなたにとって、この5年間は、栄光の日々を帳消しにしてしまうほどに、長く苦しいものだったかもしれません。
昨年末、NHKで放映された『スポーツ×ヒューマン』を視ました。
冒頭から、訥々と語り始めた女性のナレーション。その声の主が字幕で紹介されたとき、衝撃を受けました。あなたにとっては高校時代のライバルだった、中村宝子さん…今はNHK福岡放送局に勤務し、番組のディレクター兼カメラマンとして、あなたの密着取材を任されたのだと知りました。
福島選手と中村さん、そして先ごろ公式に引退を表明した髙橋萌木子さん。髙橋さんは100m史上初のインターハイ3連覇と高校記録を、中村さんは3年時のインターハイ200mで驚異的な高校記録を樹立したスーパースターで、あなたは常に2人の陰に隠れる存在でしたが、後に立場を逆転して短距離界の絶対女王となります。
女子の短距離にこれほどの逸材が集まった、驚異の世代。3人はまた、プライベートでも親しい友人どうしであったことが知られています。
その中村さんの目がカメラのレンズと同化して、苦悩するあなたの姿を冷徹に追う45分間。序盤では、山﨑コーチとの間で「11秒8とか…まさか(そこまでは)ね…」といったやり取りが見られますが、試合を重ねるにつれて、その「まさか」が現実として突き付けられます。無名の高校生にすら勝つことができずに、とうとう昨年の日本選手権出場権を逃してしまった経緯が、耽々と語られていきます。
取材中、オフレコであなたと中村さんは何をどう語り合ったのだろうか?競技への挫折をいち早く経験している中村さんが、どんな言葉をかけたのか…敢えてそのあたりを封印したまま、あなたの表情を追い続けた結果、この番組は優れたドキュメンタリーになりました。(沢木耕太郎氏が開拓した「私ノンフィクション」という表現手法を勘違いして、自分自身が出たがるジャーナリストがどれだけ多いことか!)どん底を味わいながらも、100均でちょっとした練習道具を購入して家路につくあなたの背中を映しつつ、番組はエンディングに向かいます。
あなたの魅力であるホンワカとした笑顔が、終始泣き顔の代わりに思えるほど、このドキュメンタリーの主人公には救いが訪れません。ひたすら苦悩し、しかしまだ終わるつもりはないともがく、かつてのスプリント女王。その余韻を響かせて、2020年が暮れるのに併せるかのように、中村さんとあなたが共有したひと時はフェードアウトしていきました。
2021年の陸上シーズンが始まった時、華やかな記録ラッシュの期待に沸く一方で、福島選手の動向に思いを馳せたファンは少なくなかったはずです。12秒も切れない最悪の状態をどうやら脱したかに見えたあなたが、とうとう布施スプリントで日本選手権の参加資格に到達したとき、そうしたファンの快哉が、静かに鳴り響きました。
その控えめな快哉はしかし、もはや残り僅かな時間ではかつての女王としての力を取り戻すことは不可能だろうという、諦めの入り混じった反応でした。すでに女子短距離界の主役は大学生を中心とした新世代の面々に移っており、出場の決まっている400mリレーのメンバーに入ることさえ、余程の奇跡でも起こらない限り無理だと分かっていたからです。
そして、その通りの結果が待っていました。
100m予選を終えて、かつてのヒロインに向けられた半ば儀礼的な取材に対して、あなたは今後の進退について明言はしませんでしたね。
「まだやり尽くしていない」という思いがあるのでしょうか?
だとしたら、一度思い切って、ある程度の時間…そうですね、たとえば丸々2年間くらい、競技を離れてみてはどうでしょうか?
慢性の故障を抱える脚を徹底的に休ませ、次に何をすべきかを熟考する時間が、あなたには必要だと考えます。大好きな駆けっこから離れられないというのであれば、今では陸上界には指導者や裏方として活躍できる場が多数用意されていますから、そうした環境でリフレッシュしつつ、自分自身を俯瞰してみることは、いいことに違いない気がするのです。
33歳という年齢でそれを決断することには途轍もない勇気が必要でしょうが、新谷仁美選手や後輩の寺田明日香選手がどうして数年間のブランクを成長の糧に替えることができたのか、そこにはきっと、「一度離れたからよかったのだ」という確たる理由がある筈なのです。
もちろん、スポンサー関係はじめ生活上の難問もあるでしょうが、第一線に復活するには、もうそれしかないと私には思えます。
そして、もしもこのまま、あなたがひっそりとスパイクを脱ぐことになったとしても、あなたが陸上界の輝かしいヒロインであり続けた事実は、褪せることはありません。どちらにしても、私たちは心からあなたに感謝し、将来も応援し続けることでしょう。
とりあえずは、東京五輪代表へのチャレンジ・ロード、お疲れさまでした。
最後になりましたが、2日遅れのハッピー・バースデイ!当日に間に合わなかった筆不精をお許しください。
(思いのほか長くなってしまいましたので、②以降は次回に)









