豊大先生流・陸上競技のミカタ

陸上競技を見続けて半世紀。「かけっこ」をこよなく愛するオヤジの長文日記です。 (2016年6月9日開設)

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記 その③④



その③ 解けた靴紐
注目中の注目は、第2日・最終レース、男子100m決勝。
実は不謹慎にもSNS友達と「3連単予想」をやってました。ちょうど都合よく、当日のN刊スポーツに「馬柱」を模した出走表が載ってたもんですから。
人気は④枠・山縣選手と⑥枠・多田選手に集中。続いて⑤枠・桐生選手の底力への期待が続きます。順当に来ていれば本命だったかもしれない③枠・サニブラウン選手はやや劣勢。
私の予想は、③と⑤は調整に難ありと見て、④-⑥-⑧(山縣-多田-小池)!
……結果、誰も当たらず⑥-⑤-④の特大万馬券あいや万人券となったのはご承知のとおりです。デーデー選手の2着は予測不能ながら、私の見立てはまあまあだったかなと、自画自賛。

この日の放送は、進行がやや押し気味だったらしく、100mがフィニッシュして代表内定者のインタビューが済むと、解説者(高平さん)とともにじっくりレースを振り返る時間がなくなってしまった感じで、番組終了となりました。
見ていた限り、多田選手は実に素晴らしいレースをしたとはいえ、2着確保は間違いないと見えていた山縣選手がデーデー選手に交わされ、さらに後続の塊に飲み込まれかけたのが、私にはどうにも腑に落ちませんでした。そのあたりの状況をもっと知りたいと思っていたところで、一度だけ再生された横からのスロー映像を見て、私は思わず「あっ!」と声を上げてしまいました。

ゴールまで残り10歩ほど(後でビデオ再生して確認)、ということは80メートル付近でしょうか、山縣選手が一瞬腰を落とし、手足の調和を完全に狂わせています。一瞬で立て直したのはさすがですが、これがあって、一時はサニ選手や桐生選手に1メートル以上つけていたリードが見る間に縮まり、ゴールラインでのあの大混戦となっていたのでした。
「つまずいた?…まさかね」と思いながら、続いて再生された正面からのスローを見て二度ビックリ。なんと、そのガクッときた瞬間から、スパイクから白く細長いモノが飛び出して、ヒラヒラと舞っています。
「靴紐が解けたんだ!むしろそれで、よく3着に粘ったもんだなあ…。」
100mで、これほどのビッグイベントの有力選手が、靴紐が解けた状態でラスト20mを走り切ったのは、前代未聞の珍事と言っていいのではないでしょうか。
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このことはTVの生放送中は全く指摘されず、現場のマスコミもほとんど気付いていなかったようで、ようやく翌日になってチラホラと記事になった程度。
何よりも当の山縣自身が一言もそのことに触れず、後に取材されても「影響はなかった」みたいなことをコメントしていたので軽く流されてしまった感がありますけど、いやいやいやいや…!
私みたいな末端の市民ランナーだって、ジョギング中に靴紐が解けたりしたら、走れなくなりますよ。ましてやスピードの限界に挑んでいる最中に、そんなあり得べからざることが起きて、影響がないはずはありません。現に、山縣選手はその瞬間に体勢を崩し、急激に減速してるじゃあありませんか。

当人がそれに触れず、聞かれてもさらりと受け流したのは、理解できます。
だってトップ・スプリンターとしては、実にお恥ずかしい失態ですもの。もしそれで五輪代表を逃していたとしたら、自身は一生後悔するし、「いや靴紐のせいで…」と言ったところで人からは「自業自得」と評価されるしかない、そんな大チョンボですから。

九死に一生を得た山縣選手、これでオリンピック本番では万に一つも、同じチョンボを犯す心配はないでしょう。そのことだけは、万々歳でしたね。



その④ センゴは楽しい
ここのところ、TWOLAPS横田真人氏の活動や情報発信を軸に、中距離界がたいへん賑やかに盛り上がっています。オリンピック選考会ということで言えば、男子の800mも1500mも代表選出は下馬評でもほぼ望み薄の状況ながら、なぜか仲間内で独自の盛り上がりを呈しつつ、白熱の好レースを見せていたのが、面白かったです。
『Track Town JPN』(文化放送Podcast)では、そうした盛り上がりにまつわる、中継映像には映らない裏話をいくつか披露してくれていましたので、ここに簡単にまとめておきましょう。

*なぜ男子1500m予選2組が、いわゆる「死の組」になったのか?…河野匡さん情報によれば、「直前になって“田”の字のつく奴が800一本に絞ることにしたもんで、当初の割り振りが1個ずつずれちゃったんだよ」とのこと。

*その予選、1組の序盤が超スローペースになった瞬間、控えでモニターを見ていた2組の選手全員が、「よっしゃ!」とガッツポーズした。

*1組のタイムが悪かったため、2組は7着まで予選通過の可能性が高まったとは言っても、その順位確保のためには先頭を引っ張りたくないと皆が思っていたところ、高校生の佐藤圭汰選手が果敢にペースを作ってくれた。1着通過の舘澤選手は「高校生に引っ張っていただいた」と敬語になるし、佐藤選手は今や「サンキュー・サトウ」と呼ばれている。決勝でも、サンキュー・サトウは活躍した。

*望み薄でも一応選考会とあって、招集所には予選から独特の張りつめた空気が漂っていた。が、ただ一人ヘラヘラとしてまるで緊張感のない男がいた。他ならぬ、優勝した河村一輝選手である。

*男子1500m決勝。スタート直前から突然の豪雨に見舞われ、客席大移動が始まったため、観客はほとんど誰もスタートを見ていなかった。報道陣も、「この後の男子100m決勝に支障があっては大変」と機材保守に走ったため、ほぼ全員がセンゴを捨てた。その大雨の中、優勝した河村選手がウィニングランを始めたのを、報道陣は呆れて見ていた。日本選手権出場者の中で一番ふざけていたのが河村選手。

その他、細かいヨタ話を含め、パーソナリティの西本武司さん(EKIDEN News主宰・OTT理事)の語り口で大いに脚色されているところもあるでしょうが、捧腹絶倒の一部始終が楽しめます。
 Track Town JPN → https://omny.fm/shows/podcastqr1/playlists/track-town-jpn


大盛り上がりの中距離ブロック、最終日は“田”の字の人こと田母神一喜(阿見AC)と卜部蘭(積水化学)と、800mをTWOLAPS勢がアベック制覇。横田コーチにとっては至福の一日となりました。

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記 その②



その② 男子5000m問題
さて、6月24日の初日・最大の話題は、男子5000mがスタート後の1000m少々からフィニッシュ直前まで、まるっきりレースの状況が中継されなかったという珍事への批判でした。
これについては『Track Town JPN』(文化放送Podcast QR)の中でも笑い話として、ただ本音のところでは「何とかならんかねえ…」といったニュアンスで取り上げられていました。

中継をご覧になっていない方のために簡単に説明しますと、男子5000mがスタートしてすぐ、中継がフィールドの方に切り替わりまして、これはまあいつもの、というかよくあるパターン。ところがちょうど、同時進行していた男子走高跳・女子走幅跳ともに大詰めの局面を迎えていたこともあって、両種目をテレコで切り替えていくばかりでなかなかトラックの実況に戻りません。
「5000はどうなったんだ!?」といいかげん視聴者のイライラが募るうちに、とうとうラスト1周を告げる鐘の音がBGMふうにカラカラカラン♪と聞こえてくる始末。ようやく画面が切り替わった時には、先頭のジャクソン・カベサ(Honda=オープン参加)がゴールする瞬間、ということになったわけです。3番手の遠藤日向選手以降に日本勢が雪崩れ込みますが、こう切り替えられてすぐでは誰が誰やら、咄嗟には判別できません。…

この日のシニア決勝種目は、この3つのほか男子円盤投の計4つだけ。プログラム的には男女100m準決勝がメインイベントの扱いでしたが、男子5000mは何といってもトラック・シニア唯一の決勝種目。しかも出場者全員が13分38秒以内の資格記録を持っているというレベルの高さで、標準記録の突破も十分に期待される注目のレースでした。
そして実際のレース内容も、結果的には実らなかったものの遠藤選手の記録への挑戦と、メイン集団でのスリリングな展開があり、見どころ満載の好レースの末に、松枝博輝(富士通)がWRでの五輪出場権をほぼ確実に射止めた結果となったのです。
NHKが“お詫び”のつもりかどうか、HPにフルサイズの動画をアップしていますので、いちおうリンクを貼っておきましょう。(そのうち削除されると思いますが)
https://sports.nhk.or.jp/olympic/video/e7d144eef2b64c8c953db3dcc1d291a5/



なぜこの“事件”が起こったのかについて、『Track Town JPN』では主にプログラムの組み方と中継技術の面から語っていました。特にU-20選手権を併催したことの皺寄せは大きく影響したでしょうし、また分割画面での中継や、NHKなんだからサブチャンネルを使って両方見せれば、などの意見もあると思いますが、技術面や費用面を考えると難しいかも。
放送開始に先立って行われていたライブ配信でも、「メインチャンネル」と「フィールドチャンネル」の2本立てにしておきながら、レース後の選手の表情などよりも記録画面を長々と映したり、頻繁に挟まれる表彰式の映像にイライラしたりと、それでも5年前のライブ中継に比べたら格段の進歩ではありますが、課題は山積といったところでした。
少し話は逸れますが、TV放送の開始とともにライブ配信が打ち切られるのが通例になっているのは、局側の要望ということなんでしょうが視聴者ファーストではありませんね。こういう時のために、またTVが視られない状況にある人のためにも、残しておくべきではないでしょうか。5年前の日本選手権でも、ちょうどTV開始と同時にスタートした女子10000mが、スタジオ・トークによる長い前フリのために全く画面に映らず、ライブ配信も打ち切り済み。ようやく映った時には先頭集団が3人になっていた、なんてことがありましたっけ。

さて、私が思うにこの「5000m問題」の根本にあるのは、「どうせ長距離種目は視聴者が途中で飽きるから、スタートとゴールだけ見せときゃいい」という、昔から陸上競技の中継放送制作者に根を張っている誤った考え方です。
ご存じのように、『世界陸上』(まず、この略し方がキライ)を独占放送する某民放が、長距離を放送する時には必ず2回以上のCMを平気で挿入します。3000mSCの場合8~9分のレースのうち、4分間がCMです。同局が最初に中継した1997年の世界選手権では、10000mのレース中に90秒CMをなんと5回もぶっこみました。今でも120秒×3回+フィールド挿入が普通です。
「長距離種目は視聴者が飽きる」という先入観を持っているのはNHKとて同じようで、必ずと言っていいほどにフィールド種目の状況が途中挿入されます。
こちらからしてみたら、まあフィールドも気にはなるけど必ずしもリアルタイムである必要はない。それより間を少しでもカットされたら、長距離走の魅力は半減してしまうよ、と言いたい。ここに陸上を愛する視聴者との大きな乖離が生じてしまうのです。
幸い今年は男女10000mのみ別開催となってノーカット版を堪能できましたが、誰か見てて飽きましたか?

スポーツ中継放送にも台本(もしくは簡略化した進行表)というものがあり、たとえばこのタイミングでこの告知をしなければならないとか、競技進行上ここでトラックとフィールドを切り替えてとかの放送予定を決めておかないと、映像と字幕の切り替え、アナウンサーの喋り、VTR挿入といった進行の流れを各スタッフが共有することができません。今回の“事件”は、当然のように5000m序盤を過ぎたらいったんフィールドへ、という台本があったはずです。そうしたら思いがけずも両種目が佳境に入ってしまったため、戻すに戻せなくなった、というところでしょう。
ここの匙加減はディレクター氏の判断によるもので、残念ながら当該ディレクターさんは陸上ファンの気持が分かってなかった、ということになります。

今回の“悲劇”を繰り返さないためには、放送スタッフ(特にディレクター職)が経験を積んで、視聴者の気持を理解した番組構成(台本作り)と現場判断をしていくことが必要です。
ただ、陸上競技の中継というのは非常に現場数が少ない(NHKの場合で織田記念、日本選手権、インターハイ、国体の4大会のみ。それも開催地により現地局の人材が投入されるのだとすれば、経験値はより分散される)ため、その場数がなかなかこなせない。特にディレクター職という立場は組織内の役職が昇進するとすぐにプロデューサー職や他の部署に代わってしまうので、熟練者が育ちにくいというジレンマがあります。(むしろ下請けの制作会社などが行っている場合はスポーツ競技ごとにベテラン・ディレクターが育つ環境となる)
放送スタッフの中では最も経験豊富で競技に精通しているのが、アナウンサー職のベテランですから、そうした方々の意見を十分に参考に、今後の改善を図っていただきたいと思います。
私たちは、熱い競技内容とともに、それを熱く伝えてくれる中継番組を視たい!…ただそれだけであります。

今回も長くなりましたので、「その③」は引き続きということで。

『第105回日本陸上競技選手権』観戦記 その①



『第105回日本陸上競技選手権』が終わりました。
5年前のリオ選考会の時は、種目ごとに「速報ニュース!」みたいな感じでこのブログをアップしまくってたんですが、今じゃTwitter見てるほうがよっぽど早いし、情報の、というか速報の洪水みたいなもんだから、今回は出しゃばらずノンビリと、それでも熱く観てました。月陸Onlineさん、EKIDEN Newsさん、いつもお世話になります。
となると、長文ブログの使命としては、じっくりと観戦記を書き残しておくことかと。私なりに強く印象に残った出来事を、いくつかピックアップしてみたいと思います。

JAC37

その① 福島千里選手について、私信ふうに語ります…
福島千里選手、あなたはこの10余年間というもの、間違いなく日本陸上界・唯一無二のヒロインでした。
女子短距離種目では、長い間、オリンピックにただ出場するということすら誰にも果たせない遠い遠い夢でした。アスリートにとっても、ファンにとっても。それを、あなたは3度も叶えてくれました。
日本の女性でも、もしかしたら100mで11秒を切れるかもしれない、そんな夢のまた夢さえ抱かせてくれました。
2011年6月、私は、日本選手権に出場するあなたを現地で見たいがために、はるばる熊谷まで出かけたものです。(茨城から埼玉北部って、電車だと案外行きづらい…)
当時のあなたは、日本のみならずアジア最速の絶対女王。新進気鋭の高校生と注目された土井杏南選手をぶっちぎっての優勝、本当にカッコよかった。
それから、いくばくかのスランプ期間を経てのリオ代表選考会。降り注ぐ陽光の中で200mのゴールを22秒88で駆け抜けた時の、輝かしい笑顔は忘れられません。
そんなあなたにとって、この5年間は、栄光の日々を帳消しにしてしまうほどに、長く苦しいものだったかもしれません。


昨年末、NHKで放映された『スポーツ×ヒューマン』を視ました。
冒頭から、訥々と語り始めた女性のナレーション。その声の主が字幕で紹介されたとき、衝撃を受けました。あなたにとっては高校時代のライバルだった、中村宝子さん…今はNHK福岡放送局に勤務し、番組のディレクター兼カメラマンとして、あなたの密着取材を任されたのだと知りました。
福島選手と中村さん、そして先ごろ公式に引退を表明した髙橋萌木子さん。髙橋さんは100m史上初のインターハイ3連覇と高校記録を、中村さんは3年時のインターハイ200mで驚異的な高校記録を樹立したスーパースターで、あなたは常に2人の陰に隠れる存在でしたが、後に立場を逆転して短距離界の絶対女王となります。
女子の短距離にこれほどの逸材が集まった、驚異の世代。3人はまた、プライベートでも親しい友人どうしであったことが知られています。

その中村さんの目がカメラのレンズと同化して、苦悩するあなたの姿を冷徹に追う45分間。序盤では、山﨑コーチとの間で「11秒8とか…まさか(そこまでは)ね…」といったやり取りが見られますが、試合を重ねるにつれて、その「まさか」が現実として突き付けられます。無名の高校生にすら勝つことができずに、とうとう昨年の日本選手権出場権を逃してしまった経緯が、耽々と語られていきます。
取材中、オフレコであなたと中村さんは何をどう語り合ったのだろうか?競技への挫折をいち早く経験している中村さんが、どんな言葉をかけたのか…敢えてそのあたりを封印したまま、あなたの表情を追い続けた結果、この番組は優れたドキュメンタリーになりました。(沢木耕太郎氏が開拓した「私ノンフィクション」という表現手法を勘違いして、自分自身が出たがるジャーナリストがどれだけ多いことか!)どん底を味わいながらも、100均でちょっとした練習道具を購入して家路につくあなたの背中を映しつつ、番組はエンディングに向かいます。
あなたの魅力であるホンワカとした笑顔が、終始泣き顔の代わりに思えるほど、このドキュメンタリーの主人公には救いが訪れません。ひたすら苦悩し、しかしまだ終わるつもりはないともがく、かつてのスプリント女王。その余韻を響かせて、2020年が暮れるのに併せるかのように、中村さんとあなたが共有したひと時はフェードアウトしていきました。

2021年の陸上シーズンが始まった時、華やかな記録ラッシュの期待に沸く一方で、福島選手の動向に思いを馳せたファンは少なくなかったはずです。12秒も切れない最悪の状態を
どうやら脱したかに見えたあなたが、とうとう布施スプリントで日本選手権の参加資格に到達したとき、そうしたファンの快哉が、静かに鳴り響きました。
その控えめな快哉はしかし、もはや残り僅かな時間ではかつての女王としての力を取り戻すことは不可能だろうという、諦めの入り混じった反応でした。すでに女子短距離界の主役は大学生を中心とした新世代の面々に移っており、出場の決まっている400mリレーのメンバーに入ることさえ、余程の奇跡でも起こらない限り無理だと分かっていたからです。
そして、その通りの結果が待っていました。

100m予選を終えて、かつてのヒロインに向けられた半ば儀礼的な取材に対して、あなたは今後の進退について明言はしませんでしたね。
「まだやり尽くしていない」という思いがあるのでしょうか?
だとしたら、一度思い切って、ある程度の時間…そうですね、たとえば丸々2年間くらい、競技を離れてみてはどうでしょうか?
慢性の故障を抱える脚を徹底的に休ませ、次に何をすべきかを熟考する時間が、あなたには必要だと考えます。大好きな駆けっこから離れられないというのであれば、今では陸上界には指導者や裏方として活躍できる場が多数用意されていますから、そうした環境でリフレッシュしつつ、自分自身を俯瞰してみることは、いいことに違いない気がするのです。
33歳という年齢でそれを決断することには途轍もない勇気が必要でしょうが、新谷仁美選手や後輩の寺田明日香選手がどうして数年間のブランクを成長の糧に替えることができたのか、そこにはきっと、「一度離れたからよかったのだ」という確たる理由がある筈なのです。
もちろん、スポンサー関係はじめ生活上の難問もあるでしょうが、第一線に復活するには、もうそれしかないと私には思えます。

そして、もしもこのまま、あなたがひっそりとスパイクを脱ぐことになったとしても、あなたが陸上界の輝かしいヒロインであり続けた事実は、褪せることはありません。どちらにしても、私たちは心からあなたに感謝し、将来も応援し続けることでしょう。
とりあえずは、東京五輪代表へのチャレンジ・ロード、お疲れさまでした。
最後になりましたが、2日遅れのハッピー・バースデイ!当日に間に合わなかった筆不精をお許しください。

(思いのほか長くなってしまいましたので、②以降は次回に)

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